新たな恋
それから数週間後。ケルゼン王国から帰ってきたルークスと、久しぶりに屋敷で顔を合わせることになりました。しかも、今回はただのお茶会ではありません。婚約者として初めての顔合わせなのです。
「カリナ。どこかおかしなところはないかしら?」
「とても素敵ですよ、お嬢様」
「髪は乱れていないかしら?」
「結った私も惚れ惚れするほどの完璧な出来です」
「顔に、パンとかついていない?」
「お顔は三回洗っていらっしゃったので、そのようなものはいっさいついていません」
「そう……」
もう少しでルークスがやってくるというのに、私は落ち着かず鏡の前を行ったり来たり。
「お嬢様、これ以上鏡を見ても変わりませんよ」
「わかってはいるのだけど」
そのときドアをノックする音。
「お嬢様、お客様がいらっしゃいました」
「そう!」
私としたことが、声も上ずってしまうほど緊張していたようです。思わず大きく深呼吸をしてしまいました。
「行きましょう」
大きく深呼吸をして心を落ちつけている私を見て、カリナがクスクスと笑っています。
「もう、行くわよ」
私はちょっと怒ったようにカリナをにらんで、それから部屋を出ました。カリナはまだ少し笑っていますけど。
応接室の前まで行くと私はもう一度大きく深呼吸をして、ドアをノックしました。中から「入りなさい」と言う父の声。私がドアを開けると、そこにはルークスとレーゼン伯爵、そしてもうお一人、ルークスの伯父にあたるフェイザー公爵です。
「大変お待たせいたしました」
私が挨拶をするとレーゼン伯爵とフェイザー公爵は「ほぉ」と小さく言って、ニコニコとあいさつを返してくださいました。
「カトレア。私たちは別室で話があるから、ルークスとゆっくり話をしなさい」
「え?」
(い、いきなりですか? まだ、心の準備が)
しかし、父は私の動揺など気にも留めないで、レーゼン伯爵とフェイザー公爵を伴って部屋を出ていってしまいました。
「……」
突然のことにしばらく沈黙をしてしまった私たち。
カリナが手際よく紅茶を準備してくれましたが、それが終わるまで二人して黙ったまま。カリナが離れた所に立ったタイミングで、ようやく口を開いたのはルークス。
「元気にしていた?」
「うん。……ルークスも?」
「ああ」
「あの、ルークス?」
「え?」
「本当に私でいいの?」
「……当たり前だ」
ルークスは美丈夫というより、精悍とか凛々しいなんて言葉がぴったりの面立ちで、成績も優秀ですから、女の子たちに人気があります。夜会に行けば、たくさんのきれいな令嬢にダンスに誘われている、と兄が言っていました。
そんなルークスが私に求婚してくれるなんて、いまだに信じられない気持ちなのです。
「私、あなたの周りにいる令嬢たちみたいにきれいじゃないわ」
「何を言っているんだ。俺には、レアが一番きれいだし、かわいいよ」
なんて顔を赤くしながら言われたら、私まで恥ずかしくなってしまいます。
「……ありがとう。それから、ごめんなさい」
「何がだ?」
私はこれまでルークスに、リチャード殿下とのことを相談したり、励まされたりしてきました。でも、もしルークスがそのときから私のことを好きでいてくれたのなら、ルークスはいやな気持ちだったでしょう。聞きたくなかったと思います。それなのに、ルークスはいつも私の味方になって、応援をし、心配をしてくれていました。
「私はとても無神経だったわ」
知らなかったとはいえ、ずっとルークスを傷つけてきたことを理解したとき、ただ浮かれているだけではいけないのだと強く思いました。
「そんなことか。気にしなくていいよ」
「気にするわ、当たり前よ」
「あのころはさ、レアもすごく苦しんでいただろ? 正直に言えば、もし、このままレアが婚約者に選ばれなければ、俺が貰うのにな、なんて考えたこともあるんだ」
「そ、そう」
上目遣いにじっと私の見つめるルーカス。
「嫌いになった?」
な、なんて――! あざとすぎます! でもかわいい!
私は思わずぶんぶんと大きく首を振ってしまいました。だって、嫌いになるわけがありませんもの。
「俺はずっと後悔していたんだ。もっと早く求婚していれば、何か違っていたかもしれないのにって。……まぁ、レアは殿下のことが好きだったんだから、俺に求婚されても困っていたかな」
多分、以前の私だったらそうかもしれませんね。でも。
「ルークス――」
「レアは俺のことを男として意識していないかもしれないけど、お、俺はレア一筋だからさ」
「そ、そんなこと!」
「――ない?」
そう言ってルークスが私の顔をのぞき込むので、顔が赤くなってしまいました。
これまで友達だと思っていた存在が、急に婚約者というこれまでとまったく違う立場に変わってしまったあの日。
ずっと私を支えてくれていていた友達のルークスが、異性として私を見ていてくれたことを知って、私のルークスに対する認識も変わってしまいました。
毎日暇さえあればルークスのことを考えて、あのときのことこのときのことを思いだしては、幸せな気分になって。
私の乙女脳は全力で花を咲かせ、一気に恋愛モードです。本当に単純な私で恥ずかしい。でも、温かくて優しい気持ちになるのです。
これは、あれですね。会えない時間が思いを育てるというあれです。気がつけば、あんなに長く思いを寄せていた人のことなど頭の片隅にもおらず、思いだすのは、ルークスのことばかり。
「とっくに男性として……意識しているわ」
私がそう言うと、ルークスはとろけるような笑顔で私の横まで来て跪き、私の手を取りました。
「カトレア嬢。私と結婚をしてくれますか?」
そう言って私を見つめるルークスの瞳は真剣で「はい、よろしくお願いします」と言った私の声が自分には聞こえないほど、私の頭はふわふわとしていました。
小さく開けた窓から入ってくる優しい風が、ほてった私の顔の熱を少しでも奪ってくれたらいいのに。
頬に添えられたルークスの手が、ますます私の顔を赤く染めさせ、近づいてくるその凛々しい顔を見つめることもできずに、思わず目をつぶってしまったのでした。
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