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戴冠 ─蝶々姫第二章─  作者: 薄氷恋


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11.精霊と化す

 守る事。

 それはどれだけ大変なことだろうか? 守護にならないと駄目なのか?

 幼いハルモニアにはフィローリが肩代わりの縛りで倒れる姿が目に焼き付いて離れない。

 彼は400年もの間、何度死んだのだろう。

 あれがしょっちゅうあったら身が保たないと、ハルモニアは思う。


【守護にはならない方が良い。ほら、まただ】


ハルモニアの意を汲んだ様に、延時の声が聞こえてきた。


『延時!? 何を…!』


 くらりと目眩がしたと思ったら、なんとハルモニアに向かってフィローリが倒れてきた。

 見開いた瞳は彼のものではない金色。

 下敷きになるのはごめんだ、と身を強張らせ、後退った途端、するりとすり抜けてフィローリは床に倒れ伏してしまった。


『あ、そうか……。俺はすり抜けるんだった……』


「フィローリ! どうしたの!?」


 10歳くらいのラゼリードと、居合わせたクリスチユが椅子を蹴って立ち上がる。


「これは?」

 

 赤く光る前頭部と頸。

 騒ぎを聞きつけ、担架が運ばれてきたが、柱のように長い体躯は担架に収まらず、使用人が足を抱えた。

 この城の医務室にはフィローリが収まる大きさの寝台は無い事から、彼が使っている寝室に運ばれる事になった。

 特注品の寝台である。


「嫌な予感がする……」


「ええっ!?」


 クリスチユは目敏かった。フィローリの光っていた患部をラゼリードに説明する。


「まず頚椎だ。 首の骨だね。 あの部分が損傷するとまず死ぬか、運が良くても寝たきり生活だ。それに前頭部も光っていた。脳挫傷の可能性が高い」


「それ……誰が……?」


 ラゼリードは小さく呟く。

 クリスチユは言葉を飲み込んだ。


【これが真相だ、小さな末裔よ】


 気がつけば、ハルモニアは崖下に立っていた。

 豪雨の中、目の前に横転した馬車がある。

 折れて外れた扉にはシルオンナート領の紋章。

 事故に遭ったのはクリスチユ達の両親にして、王位継承権第一位のセファーレンと妻のジザベルだった。


歴史は動く――。


 王位継承権第一位にラゼリード。

 同じく二位にクリスチユ。

 あまりに若い二人が選出された事は、後に国中にざわめきを与える事になる。


 クリスチユの推測通りの怪我で亡くなったセファーレンとジザベルの葬儀が終わり、眠りの丘に遺体が運び込まれても、クリスチユは泣かなかった。

 甲斐甲斐しく妹達の世話をした。とりわけ、下の妹の桃の様なふっくらした頬に流れる涙を拭ってやる。

 泣き言も言わず、完璧な兄を演じきった。


 クリスチユの涙が決壊したのは、かつてラゼリードがポッチリと名付けた猫を追って落ちた斜面の前である。

 その場にはラゼリードも居た。


「チユにいさま……いいえ、クリスチユ。わたくしに出来る事はある?」


「やっと名前で呼んでくれたね。悪いけど、その肩を貸して」


 細いながらもクリスチユと同じくらい背が高いラゼリードは突然抱きしめられて戸惑ったが、肩に熱い滴を感じておとなしくハンカチーフになった。


『俺のラゼリードだぞ。仕方なく貸してやるが』


【小さな末裔よ。守護になるのはおすすめしないと言っただろう】


『だろうな。父上も守護ではない。俺も守護になんかなりたくない』


 ラゼリードさえ無事ならば。それで。


【そろそろ加速するぞ、小さな末裔】


『出来るのか!?』


【毒を食らわば皿まで。この速さでは、戴冠式が終わって、もっとも現在に近い過去のエルダナに会う事が出来なくなるぞ】


『大事な要件以外は飛ばしてくれ』


 そう呟いた途端、レースのカーテンに光を届ける太陽が彼ら二人を射た。


「僕達の大切な君に名前を贈るよ」


 フィローリとシャロアンスが食卓で笑う。

 王子服のラゼリードがこっそり袖で涙を拭った。


『エイオンに名前が贈られたんだな』


【正解だ。11歳の時らしい】



 と、思っていたらローブ・デコルテで父王を相手にクルクルと大広間で踊るラゼリードが目の端を掠めていった。

 社交界デビューだろうか。


 様々なドレス姿、色んな髪型、色んな表情のラゼリードが四方八方からハルモニアの視界を通り抜ける。

 どんどん大人びていく彼女は長い期間を経て熟れていく果実の如く。



◆◆◆

「お見合いって何よ!」


 泣きながらドレスの裾を捌き、黒髪を振り乱して城内を駆けていくラゼリードの姿に、ふとハルモニアの意識が引っ掛かった。


『延時、今のは何だ?』


【フィローリがセオドラにラゼリードの見合いを注進したんだ】


『何!? ラゼリードは俺がいつか娶るんだ! 過去を変える方法は無いのか?』


【右手が右手を助けられるとでもいうのか? 僕の魔法だが使役者は違う】


『とにかく追い駆ける!』


 鼻息も荒く走ったハルモニアだが、延時に肩を掴まれ、扉が目の前で固く閉じてしまった。


『何をする!?』


【待ちなさい、小さな末裔。今宵は風の守護とラゼリードが婚姻を結ぶ日だ。嫌が応でも話し相手になってもらうぞ】


 ハルモニアは嫉妬が身を焦がすのを止められなかった。

 なんというどす黒い感情だろう。

 ハルモニアは扉に耳を当て、中の様子を探る。


「何故ここに!?」

 ラゼリードの叫びが聞こえる。

「……風から…………なんて」


『何故フィローリがここに居るんだ!?』


【窓が開いていたのだろう。風の道からなら、先回りはたやすい。そんな事より小さな末裔、聞き耳を立てるなど恥ずかしくないのか?】


 ハルモニアは渋々扉から離れた。

 途端に景色が塗り潰したように黒になる。


【お茶でも如何かな? ハルモニア】


 延時が何も無い暗い空間に下げられた飾り紐を引っ張ると、天使の羽根の様な青い吊り下げランプがぶら下がっていた。

 その下にはケーキと、淹れたてと思しき紅茶が湯気を立てるテーブル。


『……頂こう』


 茶や菓子に釣られた訳では無い。

 延時の持っている情報が欲しかったからだ。


【お茶請けは僕が作ったドゥーブルフロマージュでいいか?】


『随分本格的だな』


 ここまで暇潰し対策を練られると従わざるをえない。

 延時がどこからかナイフを出して、ケーキを切り分ける。


【ハルモニア、召し上がれ】


『戴きます』


 1口ケーキを口にしたハルモニアは目を見張った。


『この味、時編む姫の作るケーキと同じだ……! 延時、貴方と時編む姫はどういう関係だったんだ!?』


 延時は、優雅に紅茶を味わっている。

 ふと、その目が陰った。


【……婚約者だったと言ったら信じるか?】


『え……そんな馬鹿な。生きている時代が違い過ぎる!』


【本当に婚約者だったんだ。詳しくは帰ってから月夜(つくよ)から聞くといい。彼女の生い立ちも、僕との繋がりも】


『延時、貴方は《最初の七人》で間違いないか?』


【そうだよ。そして《最後の一人》だ。僕以外の五人は寿命を全うして、先に逝ってしまったし、残る一人は愛する人を失って狂い死にしてしまった。……それが朧だ】


 ハルモニアは衝撃の事実にフォークを落としてしまった。

 金属と陶器のぶつかる甲高い音が虚空に響く。


『朧…様? 我が王家の始祖の朧様か!?』


【そうだ。妻のもえぎが寿命を迎え、彼は狂った。我々には手に負えない状態になり、やがてもえぎを《吸収》してしまった】


『吸収……』


【そして僕の半分も含め、全員吸収され、朧は世界を漂う思念体となり、長い長い漂流の末、桃色の瞳を持つ白い猫の姿でとある女性の前に現れた】


『まさか……』


【そう、アーキアだ。朧は思念体の自分を見つけてくれたアーキアに恋をした。当時彼女の腹の中には赤子が居た。朧はその赤子に自分の全てを託した】


『じゃあ、じゃあラゼリードは』


【遺伝子を書き換えられ、朧の娘となった】


 その時、ラゼリードの悲鳴が闇をつんざいた。


「キャアアアアあああああぁぁぁ!?」


 ハルモニアがハッと息を飲み、席を立つ。


【行きなさい。そして見るんだ。誕生を】


 フッと闇が払われ、扉が開いた。


 ハルモニアは中に滑り込んだものの、凄まじい光景に顔色を青くして立ち竦んだ。


 寝台には一組の半裸の男女。

 散らばるドレスにパニエ。脱ぎ捨てられたヒール。

 睦言の後の朝をありありと物語る、シーツを1枚巻き付けただけの姿。


 異様なのは、ラゼリードだった。


 昨日までアーキアを思わせた黒髪が、毛先から頭頂へと銀髪に変わって行く。


 髪が染まりきると、ラゼリードは左手で目を覆った。


「あっ、熱い…左目が!  熱い!  いやぁあああああぁぁぁ!!!!」


「見せて! ラゼリード!」


青い顔のフィローリがラゼリードの左手を取った。


ラゼリードの左目は真紅に染まっていた。


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