【竹安の名前は】(悪魔の名前は・後日談)
竹安さんのアパートは小さくてボロくて、でもどこか懐かしい雰囲気があった。
そう、私は日曜日に竹安さんの住居に来ていた。
しかし、べつに二人きりではない。行くとそこにはすでに四人の大学生が控えていた。
「高校生なんだって!?」
「こんな汚い部屋来て、何かあったら大変だからね!」
むくつけき髭面とチャラそうな男性二人が元気よく言う。
「うちらはこいつらが女子高生に変なことしないように監督しにきたから!」
「安心して真昼ちゃん、毒牙から守ってあげる!」
女性が二人、ニコニコしながら拳を握って言う。
縁もゆかりもない相手に再び会ってくれるだけでもありがたいことなので二人きりがよかっただとか、そんな贅沢を言うつもりはない。
けれど、これだけの人数が揃うと、肝心の竹安さんとまったく話せなかった。彼は大勢でしゃべっていると大体ニコニコしながら黙っている。
おまけに彼は家主なのもあって、すぐに立ち上がりウロウロしだす。さっきはふらふらと出ていったかと思えば買物に行ってたようで、場に飲み物とお菓子をしゅたっと補充すると、今度はベランダの汚れが気になったのか、掃除をしていた。
その場にいた大学生たちは社交性が高く、私にわからない会話をせず、ほどよくボールをまわしてくれる親切な人たちだったため、そっと抜けることもできない。
私の話し相手を他の人間が担ってしまったが故に本人からは完全に放置されてしまっている。
いや、竹安さんからしたら私は陰で嗅ぎまわった挙句急に押しかけてきた迷惑な人間。もしかしてこれは遠まわしな拒絶だったりするんだろうか。優しそうだからあり得る気がするが、そんなまわりくどい方法をとる人にも思えない。
いや、私は竹安さんのことをカレーとグレープの飴が好きで足が速くて魚捌くのがうまいことくらいしか知らないわけで。だからあり得るのかもしれない。どちらにせよ、知りたいから来たというのにこの現状。
「真昼ちゃん、来年はウチの大学来るの?」
「あ、はい。受かればですけど」
「えー、そしたらうちのサークル来なよ〜」
「どんなことに興味あるの? おすすめ教えるよ」
本当に友好的で優しい人たちだというのに、私はベランダが気になって、ソワソワしていた。
しばらくしてようやく竹安さんが部屋に戻ってきた。
しかし、スマホで通話をしていて、そのまま、また出ていってしまう。結局その状態で二時間ほど談笑した。
「あ、私そろそろ帰ります。今日はありがとうございました。楽しかったです」
「うーん、なんて礼儀正しい高校生……!」
「そっか。高校生だもんね! 早めに帰さなきゃ」
「見張るためにうちらも行くわ!」
「みんなで送ってこう!」
来年は大学生だからそう変わらない気がするのに、この人たちはなぜだかすごく子供扱いしてくる。これは私が高校生の中でも化粧っけがなくて、大人っぽさがさほどない容姿だからかもしれない。
どやどやとアパートを出ると竹安さんがなぜか屋根の上にいた。髭の男性が声をかける。
「おーい、真昼ちゃん帰るぞ」
「そっか。また来てねー!」
笑顔で言われて戸惑う。この人、裏表なさそうなのに何を考えているのかわからない。
駅に行って全員に手を振った。
それから、柱の陰に隠れて五分待機。こっそり取って返した。
アパートの前に戻ると竹安さんは今度はおばあちゃんと話し込んでいた。息を潜めて待っていると、手を振っておばあちゃんがどこかへいなくなった。中に戻ろうとしている竹安さんの背中に声をかける。
「竹安さん!」
「うお? 日下部さん。帰ったのかと」
「た、竹安さんとぜんぜんお話できなかったので……こっそり戻ってきました」
「えぇ?! そうなの?」
驚いている竹安さんをじとっと睨みつける。
なぜそんなに驚くんだ。この人は……。
「私、竹安さんとお友達になりたいって言いましたよね?」
「え? あ、ごめん! そうだっけ? 女子高生が俺と話しても面白くないだろうなあって言ったらあいつらが任せとけって湧いて出て……男三人で密室に女子高生といる状況を警戒した女子二人も湧いたから……あいつらのが人の対応に慣れてるし安心してしまい……」
「だいたい女子高生女子高生って……来年はきっと同じ大学にいますから!」
「あー……なんか存在を所属で括っちゃダメだよね。ごめん」
竹安さんは素直に謝って頭を下げる。こういうとこ、ほんと竹安さん。
とりあえず、私を無下にしようとしたわけではないけれど、さほどの興味もなかったことがわかった。
はぁ、とため息を吐いて竹安さんをよく見ると、手に金槌を持っていた。
「金槌なんて持って、何してたんですか?」
「やば。返すの忘れてた」
竹安さんは慌てた顔で自分の手の金槌を見た。
「あ、これはね。屋根になんか載ってるからって大家さんに頼まれて、のけにいったらちっこい穴があったからついでに補修も……」
「え? 業者さんだったんですか?」
「うんにゃ? 借家とはいえうちの屋根だし……大家さん仲良いんだよ」
そう言って笑う。やっぱり好きだなと思ったし、最初に会ったときよりもっと好きになっている。
「……中入る?」
「はい!」
中に入って正座して向かい合った。
「竹安さん……とりあえず……私がここに来た趣旨はもう伝わってますか?」
「うん?」
「私は、竹安さんと仲良くなりたくて来たんですよ……それなのに……ずっとウロウロ……」
私の静かな怒りを感じ取った竹安さんが、「あ、あぁ……そうか……そうな……うん……」と決まり悪そうにして、片手をさまよわせる。
しばらくさまよっていた手は、私の頭にぽんと着地した。
「…………ごめん。理解した」
悔しいことに、それだけで怒りがふわあっと霧散していくのを感じた。
「だいたい、さっきの方たちは私のこと、名前で呼んでたのに……なぜ竹安さんだけ苗字呼びなんですか?」
竹安さんはきょとんとしたあと、頭をガリガリ掻いた。
「えーと……真昼、ちゃん」
困ったように笑って言う。
「今度は……二人でどっか出かける?」
「……はい!」
嬉しくて満面の笑みになった。竹安さんを見ると、どこかぽかんとした顔をしていたが、やがて、彼も破顔する。
竹安さんは竹安稑という名前らしい。