#9 ドキドキ
じゃあ、また。そんな風には言えなかった。南くんは、えぐえぐ泣いている。お店を出るとき、バイトの子にすごい目で見られた。それはそうだろう。茶髪で長身の男性の肩を抱いて歩くなんてことがまさかあるとは、私も思わなかったのだから。
女の子苦手っていうか、日本人の女の子と目合わせられなくて。恥ずかしいのかな? なんか、すごいドキドキしちゃうんだよね。全然しゃべれないし。もう、何話したら良いかわかんないし。どんな顔したらいいかも。
南くんはひたすらしゃべり続ける。ハイボール、何杯目だろう。普段身体が弱そうなのに、そんなに飲んで大丈夫なんだろうか。首まで真っ赤だけど、お酒は強いんだろう。呆気にとられて、ちびちびしか飲めない。誘った手前、潰れちゃったら大変だし。
でもね、早川さんは初めて見たときから大丈夫だったんだよね。だから声かけたし。
何度目だろう。私にはドキドキしないんだ、ともう何回も何回も言ってくる。そんなの、なんと答えればいいかわからない。
ふつふつとしてくる。じゃあなんで、と聞いてしまいたくなる。上機嫌そうな南くんは、私の手を握っている。スキンシップに文句を言うのも疲れたくらいだ。なのにあの時、どうしてあんなに動揺していたのか。
「でも――。やめた方がいいよ、勘違いするから。南くん、多分女の子が好きなんだよ。私はたまたま例外だったんだろうけど。でも、そんな人にこうやって触ったりするの、逆効果だから」
諦めた。南くんはズレてる。海外で生活していたから、仕方ない。そう思っていなかったら、振り回され過ぎてついていけない。ついていけないからといって、彼を見捨てるのは友達としてできない。
南くんは、こて、と首を傾げた。お酒が入っているから目が涙ぐんでいる。と、思ったのに。まばたきが、涙を頬に放った。顔を真っ赤にして、目まで真っ赤にして、涙を流した。
「…………」
どうしよう。なんで泣いてるの。南くんが目を拭った薬指は、彼の目と同じようにキラキラ光った。
「ごめん、早川さん――」
声が震えていた。南くんの涙は止まらなかった。止められなかった。彼が手にしたジョッキをあおることも。