#8 違和感
「ねえ、なんで俺、早川さんにはドキドキしないんだろうね?」
私はドキドキしますよ、と言ってやりたいくらいキラキラの笑顔で、南くんは首を傾げた。
南くんは暑いのが苦手らしい。なのに、冷房が効いていて涼しい屋内で昼食をとろうとせず、相変わらず軽いピクニックに私を連れ出した。日差しも強くなってきて、私も外に行くのは気が進まないのだが、もはや彼に文句を言う暇も与えてもらえない。
「早川さんってさあ、夜、何してるの?」
「バイト」
「どこの?」
半袖を着るような季節になってから、南くんが指輪を外して指で弄ぶことが多くなった気がする。けれど、指輪のことにはなんであれ触れづらくて聞けなかった。
「駅前の居酒屋」
「へえ。お酒、飲むの?」
「まあ、たまに。南くんは?」
「好き。でも、お金ないからこっち来てから飲んでない」
「…………」
ハンカチで手を拭ってから、指輪に指を通す。ほら、こういうところも、育ちが良い感じがする。私は、りんごデニッシュに視線を落とす。もう夏だ。南くんにお昼をお裾分けしてもらうのも、もう何ヶ月になるだろう。
「奢ろうか?」
「え?」
「いつも、お昼ご馳走になってるようなものだし」
収支としては、これが口止め料というていになっていることはわかっていた。けれど、自分で言っていたように、私に付きまとっている時点で他の人に話す余地などないのだ。そもそも、口止めなんてされなくても友達のことを売ったりしない。
「バイトあるだろうから、ない日にでも」
パンを一気に食べきって、しばらくしてから南くんを見た。南くんは、ぽかんとしていた。目、乾きそう。と思っていたら、くしゃ、と笑った。
「ありがとう! 超嬉しい」
ありがとうと言われたのは、まだ二回目だ。多分、感謝されるようなこと、私も結構してるけど。悪い気はしないので思わずはにかむと、彼の頬に赤味がさした気がした。
南くんは、献血の時と同じようにすごくウキウキしてやってきた。休日だったからその日初めて会った彼の服装は、いつもよりしっかりしていて、少し驚いた。このために今更連絡先を交換して、初めて文章でやりとりをした。なんだか、いよいよやんごとなき仲の友達になってしまった気がする。
店を選ぶのも面倒なので、自分のバイト先。サービスしてくれるし。そう思ったのだが、失敗だったかもしれない。
南くんは、酒癖が悪いのか。抱えようとした頭に、彼の指輪をはめた手が乗せられた。
#9は午前中に投稿します。