#2 貧血
「うわ、めっちゃ恥ずかしい。これ、みんなに内緒にしてね?」
真っ青な顔で儚げに目を細められれば、頷く以外のことをできなくなった。
「南くん」の姿を認識した。コーヒーを他人に押し付けてケーキを得た彼とは、自己紹介もし合っていないのに顔を合わせれば目線で挨拶するようになった。もしかしたら、「南くん」は私のことを同じ学科の学生だと知っていたのかもしれない。
会話なんかはしないので、噂好きな女子たちには知り合ったことはバレもせず、言及もされず、いつの間にやら隠さなければという気持ちさえ芽生えてきた。だって、彼は人気者だったのだ。編入してきて一か月以上が経ったのに、女子たちは「南くん」の話をしている。それには勿論、私も納得している。纏う雰囲気からして、「王子様」のようなのだ。「爽やかイケメン」と呼ぶに相応しい外見がそれに拍車を駆けている。
気がついたことは、「南くん」はそれほど影が濃くはない。キラキラオーラを纏ってはいるけれど、いつの間にか教室にいるし、気が付けばいなくなっている。前後左右の席の人たちはすぐに彼の存在を意識するけれど、同じ空間にいればすぐにわかるとか、そんなことは決してない。
なあんだ、やっぱり、そんな漫画みたいなことってないよね。何故か、少しだけ残念だった。それは、私の中で一人歩きしていた噂の「南くん」は、いよいよ普通の人間となんら変わりないとわかってきたからかもしれない。
しかし、噂は途絶えない。直接会話する機会も増えたので、女子たちはそれらの真偽を確かめることができるはずなのに、あえてそうしていないかのようだった。多分、私と一緒で、空想上の人物みたいな「南くん」を楽しんでいるんだろう。
けれども、彼と知り合って、それを隠すようにしているとはいえ、話したくないとは思わなかった。むしろ、噂の「南くん」と、本物の「南くん」が自分の中で二重に重なっていくのが面白くて、もっと知りたいと思った。しかし、いつでも彼とは不思議な出会いをするようだ。
献血で倒れる男子なんて初めて見た。女の子ならまだしも。しかも、そこに横たわっているのは、女子たちがキャーキャー言っている「南くん」なのだ。
多分、自分から茶化してきたのは、彼なりの自己防衛だったろうと思う。けれど、なんとなく魔が差した。
「口止め料。なんか奢ってよ」
きょとんとした顔を見て、優越感が湧いてくる。誰も、こんな顔を、こんな場所でこの人にさせたことなんてないだろう。一生懸命隠した不敵な笑みは、多分彼にはバレていないだろうと思う。




