色の無い世界と境界の巫女
境界の巫女・彩 — 第一章「色のない世界へ」
夜の街は、雨に濡れていた。
街灯の光がアスファルトに滲み、世界がぼんやりと揺れて見える。
まだ“彩”と呼ばれる前の彼女は、傘も差さずに歩いていた。
胸の奥に、言葉にできない虚しさが渦巻いていた。
「……なんでだろ。
可愛いものが好きで、色が好きで、
ただそれだけなのに……」
誰にも理解されない。
好きなものを好きと言うだけで、浮いてしまう。
そんな日々に、心が少しずつ擦り減っていた。
ふと、空を見上げた瞬間だった。
——世界の色が、音もなく消えた。
街灯の黄色も、看板の赤も、夜空の群青も。
すべてが白と黒に溶けていく。
「……え?」
声を出す間もなく、視界が真っ白に染まった。
次の瞬間、
耳元で誰かが囁いた。
『あなたの色を、見せて』
その声は優しくて、どこか懐かしくて、
胸の奥をそっと撫でるようだった。
「……誰?」
『色を愛する子よ。
あなたの色は、まだ消えていない』
白い光が渦を巻き、身体がふわりと浮き上がる。
重力が消え、世界が反転する。
心臓が跳ねた。
怖いのに、どこかワクワクしている。
まるで“本当の自分”に呼ばれているようで。
『来て。境界の巫女——彩』
その名を呼ばれた瞬間、
胸の奥で何かが弾けた。
「……彩……?
それが……私の名前……?」
光が一気に弾け、
世界が塗り替えられる。
——そして、目を開けた。
そこは、色のない世界だった。
空は灰色。
大地は白と黒。
風すら色を持たない。
だけど。
自分の身体だけが、淡い光を放っていた。
髪はラベンダーとアイスブルーのグラデーション。
瞳はピンクとブルーのオッドアイ。
白い巫女装束は、胸元から袖にかけて淡いパステルが揺れている。
「……綺麗……」
思わず呟いた。
自分の姿が、世界で唯一の“色”だった。
その時、足元で小さな光が跳ねた。
「彩ちゃんっ!やっと来てくれたぁ!」
ピンク色の小さな精霊——ミュレが、嬉しそうに抱きついてきた。
「ここはね、色を失った世界。
彩ちゃんの色が、ぜんぶ取り戻すんだよ!」
彩は息を呑んだ。
色がない世界なんて——
そんなの、絶対に許せない。
胸の奥で、強い感情が燃え上がる。
「……私が、色を取り戻す。
この世界に、可愛い色を……全部、取り戻す!」
その瞬間、巫女装束が淡いピンクに染まり、
光の花びらが舞い散った。
世界が、彩の色に反応したのだ。
こうして——
境界の巫女・彩の物語が始まった。




