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ある日、目覚めたら愛するあなたのモノになっていた  作者: ぷよ猫


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5/11

◇4-2

 どのくらい時がたったのだろうか。

 チリリリリン!

 けたたましいベルの音で、シルビアは飛び起きた。


「な、何? どうしたの? もしかして火事!?」


 心臓がバクバク音を立てている。焦ったシルビアは火の手がないか確認するけれど、自分の隣に置かれた香皿の中に燃え尽きたホワイトセージの灰があるだけだ。

 店内には誰もいない。アーノルドは帰ってしまったのだろうか。だが、王家の指輪を放っておくはずもないので、とりあえずシルビアはアーノルドの戻りを待つことにした。

 ずいぶん眠っていた気がする。熟睡したせいか、体がシャキッとして軽い。うーんと伸びをしたところで、モコモコした白い腕が視界に入り、自分の腕だと自覚するのに数秒かかった。


「わたくし、腕が生えたの!?」


 シルビアは仰天して、腕を上げたり下ろしたりする。手は丸く、どうやら指はないようだ。


「やあ、目覚めたようだね。ウサギ君」


「!?」


 店の奥から銀髪の青年が現れた。白手袋をはめた手に、手入れの途中らしき古びた呼び鈴を握っている。自分を起こしたベルはこれだったのかとシルビアは思ったが、今はそれどころではない。

 やっと意思疎通できる者が現れたのだ。


「わたくしの声が聞こえますのっ?」


 噛みつくように尋ねる声に歓喜がにじむ。

 銀髪の青年は持っていた呼び鈴を丁寧に箱の中に仕舞い、白手袋を外す。そうして、シルビアと向かい合わせに置いた椅子に腰かけてから口を開いた。


「ああ。ひとまず依り代に移したからね。あのオニキス、なんか変な感じがすると思ったら、やっぱり憑いてたか」


「依り代? 憑く?」


 シルビアがキョトンとしていると、銀髪の青年は口で説明するより見たほうが早いと言うように、卓上鏡をテーブルに置く。

 そこにはモコモコの両腕を上げてバンザイしている、白ウサギのぬいぐるみが映っていた。赤いガラス玉の瞳がキラリと光る。シルビアは慌てて腕を下ろした。

 どうやらシルビアは、アーノルドの指輪からこのウサギのぬいぐるみに移し替えられたということらしい。


「こういう商売だと、けっこうあるんだよ。前の持ち主の執着やら恨みやら、よくないものが憑いていることがね。だから、こうして『代わりの体』に移してやって、ひとまず話を聞いてからお引き取り願うわけだ」


「お引き取りって……」


「ウサギ君がいつの時代の人かは知らないけど、もう死んでいるんだから戻れる肉体がないだろう? だから依り代ごと燃やして――」


「ちょ、ちょっと待ってください! わたくし、今の時代の人ですっ。まだ死んでいません。学園でもマクスウェル家で葬儀があったなんて噂、聞かなかったもの」


 燃やされてはたまらない、とばかりにシルビアは声を張り上げる。

 アーノルドの指にいる間、シルビアの耳には両親が学園側に届け出た『病気療養中』という情報以外、入ってきていない。

 容体については伏せられているらしく、アーノルドと食事を共にする国王夫妻も、宰相の父は休まず出仕していること、母が社交場に顔を出さなくなり、客の来訪はすべて断っていることを話題にしただけだった。

 アーノルドは公爵家へ見舞い状を送っていたが、返事を寄越さない幼馴染みよりも恋人に夢中なことは、シルビアは自身の目で見て知っている。


「え、えーと……?」


 モコモコ白ウサギの剣幕に圧倒された銀髪の青年は、琥珀の瞳をパチクリとさせた。


(しまった! こういう時こそ、礼儀が大事だわ。まずは挨拶ね)


 シルビアはコホンと咳払いをして、自身の淑女らしくない振る舞いを誤魔化す。


「申し遅れました。わたくしは宰相の娘、シルビア・マクスウェルですわ。お会いできて光栄です。どうぞシルビアとお呼びくださいませ」


 ちょこんとカーテシーをしてみせる。が、如何せん、ぬいぐるみなので、モコる足をもつれさせてしまった。


(し、失敗しちゃった……)


 コロンと転がる白ウサギを見た銀髪の青年は、やはり琥珀の瞳をパチクリとさせたまま「ご丁寧にどうも」と答えた。


「私はジョエル・アヴリーヌ。ドルー伯爵の甥で、この店を任されている隣国の白魔術師だよ」


 ジョエルは、隣国の白魔術師の家系であるルイトル伯爵の三男だという。いつまでも婚約者を決めようとしない息子に業を煮やした両親から、望まぬ縁談を押しつけられそうになったので、伯父を頼って母親の出身国まで逃げてきたのだそうだ。

 家出中、暇を持て余すくらいならとドルー伯爵に店を押しつけられたと言って、ジョエルは苦笑いしている。


「それでウサギ君は、あのシルビア・マクスウェル嬢だと言うんだね? 殿下と婚約間近だという噂の……」


「はい! あ、失恋したので、殿下とは婚約しないと思います。でも、わたくしは決して『よくないもの』なんかじゃありませんわ。突然、こんなことになって困っていたのですぅぅ」


 シルビアは白いモコ腕を拝むようにすり合わせ、しおらしくジョエルを見上げた。

 これはコリンナがアーノルドや男子生徒に『お願い』するときに、よくしていたポーズである。大抵の男性はこれで親切になっていたので、燃やされたくないシルビアは必死に真似してみたのだ。

 ぬいぐるみに瞼があったらパチパチと瞬きをするところだが、ないので代わりに体をくねくねさせると、ジョエルはプッと吹き出し目尻を下げた。


(ふふ、見よ! コリンナにできて、わたくしにできないことはないのよ)


 シルビアは心の中でニンマリした。


「それは黒魔術だね。しかも生きた人間を物に封じるなんて、呪殺よりもはるかに面倒くさい」


「そんなにすごい黒魔術なら、術者を探し出すのも難しくありませんね」


「いや。これは本来、人と人の魂を移し替える秘術なんだよ。大昔の皇帝が永遠の命を得るためのものでね、失敗すると人ではなく物に憑依することがあるという」


「呪術が失敗したから、偶然、アーノルド様の指輪に、ってことですか?」


「その可能性が高い。寝る前に殿下のことを考えたりしなかった? 少なくとも術者の腕が未熟だということは間違いないよ。呪術っていうのは、すごく複雑なんだ。すでに魔導書は廃棄処分となっているし、今どき優秀な黒魔術師なんていないかもね」


 呪術の儀式はいくつもの手順があり、少しでも間違えると失敗する。必要な材料も多く、用意するのに時間がかかるので、邪魔者を害するなら殺し屋に依頼したほうが手っ取り早いというのがジョエルの意見である。

 それでも、その面倒くさい呪術を施したということは、誰かがシルビアの生きた体を狙ったのだ。

 やはり、第二王子妃になりたい者の仕業だろうか。たとえシルビアを暗殺しても、自分が次の婚約者に選ばれるとは限らない。だったら、婚約間近のシルビアの体を乗っ取ったほうがいいと思ったのか?


(そんなの、狂ってる……)


 シルビアが考え込んでいると、ジョエルは大量のホワイトセージや紫色の液体が入った小瓶を旅行用の手提げ鞄に詰め込み始めた。


「とにかく一刻も早く元の体に戻ったほうがいい。シルビア嬢は、いつから殿下の指輪に? 呪いは二十一日目に成就されるから、それまでに解呪しないと手遅れになる」


 魔術において【21】は、完成、達成を意味する重要な数だとジョエルは言う。移した魂は二十一日かけて定着し、魂の抜けた肉体は、徐々に衰弱していく。ただでさえ、食事をまともに摂れないのだから当然である。

 シルビアは、公爵邸にあるはずの自分の体のことをすっかり失念していた。たとえ憶えていても、どうにもできなかったのだが……。


(あれは、お父様にアーノルド様と婚約できそうだと聞いた翌朝のことだから……)


 かなり時間が経っている。

 恐る恐る日にちを数えながら、徐々にシルビアの血の気が引いていく。

 

「た、たた、大変! 今日で二十日目ですわっ」


「行こう。急がないと日が暮れる。今夜中にどうにかしないと……」


「死ぬんですの?」


「一生、ウサギのぬいぐるみだ」



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