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ある日、目覚めたら愛するあなたのモノになっていた  作者: ぷよ猫


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◇5-1 マクスウェル邸へ急ごう

 ジョエルがパンパンに膨らんだ旅行用鞄と白ウサギのぬいぐるみを小脇に抱えて店を飛び出した頃、マクスウェル邸では、シルビアの母ルーシーが半狂乱になっていた。

 寝室で臥せっているシルビアの容態が急変し虫の息なのだ。

 結婚後、なかなか子宝に恵まれずやっと授かった、ただ一人の娘である。慈しみ、大切に育ててきた。どうにかならないほうが、おかしい。


「旦那様はまだ帰ってこないのっ!? ちゃんと王宮に使いは出したんでしょうね? 実の娘が危篤だというのに呑気に出仕してる場合じゃないわ。ああ、グラットン先生、この子を助けてください!」


 金切り声を上げたかと思えば、泣きながら医者に縋りつく。

 結い上げた金髪がほつれ、やつれた公爵夫人を落ち着かせるように、老医師のグラットンは彼女の肩に手を置いて言った。


「最善を尽くします」


 それから上級回復薬(ポーション)の瓶を薬箱から取り出す。

 シルビアには、白魔術師による治癒魔法が効かなかった。ということは病気ではない……おそらく黒魔術だろう。それが、白魔術師とグラットンの共通した見立てである。

 しかし、意識がないというだけでは呪いを特定できず、解呪方法がわからない。そのため、公爵家が惜しみなく買い集めた高額のポーションで、なんとか命を繋いでいる状態だ。それもそろそろ限界に近い。

 天蓋付きベッドに横たわる美貌の令嬢は、すっかり痩せ細り青い顔をしていた。両手の爪が整えられ、髪に艶があるのは、メイドのルルとララが手入れを怠らなかったからだ。


「シルビア……シルビア……」


 悲痛な表情で愛娘の手を握るルーシーの後ろを、医師の指示でルルがお湯の入った(たらい)を運び、ララは清潔な布を抱えて行ったり来たりしている。

 時折、心配そうにチラチラとシルビアを見るルルとララに、グラットンはしわだらけの柔和な顔を歪ませ小声で告げた。


「今夜が峠だ。解呪さえできれば……」



 ***


 

 マクスウェル邸は貴族街で一番大きな屋敷である。正面玄関は重厚な黒い門で閉ざされ、無断で敷地内へ立ち入ることは、たとえ国王であろうとも正当な理由なくしては叶わない。

 それは王家に連なる公爵家であり、宰相をも務める大貴族マクスウェルの特権である。


「事前にお約束がない限り、お取り次ぎはできません」


 大急ぎでやって来たジョエルとぬいぐるみのシルビアだったが、厳つい風貌の門番に阻まれてしまった。

 火急の要件だと伝えても頑なに首を横に振るばかりである。


「ちょっと! 急がないと手遅れになりますのよっ」


 シルビアも加勢してみたものの、門番は訝しげにウサギのぬいぐるみを一瞥し「腹話術ですか」とこめかみに青筋を立ててしまった。そして。


「ここは公爵家です。これ以上ふざけたら憲兵を呼びますよ」


 こう警告されては、撤退するしかない。

 二人はすごすごと来た道を戻り始めた。


「はぁ……解呪は屋敷の中でしかできませんの?」


「場所はともかく、肉体と魂がそろっていないと無理だね。失敗して、また別の物に憑依するのは嫌だろう?」


 解呪のためには、どうしてもシルビアの肉体がある屋敷の中へ入る必要があるようだ。

 どうしたらいいのかと、シルビアはジョエルに抱えられたまま腕組みをする。

 今から約束を取り付けても、当日の訪問は無理だろう。あとは、すでに約束している人物に同行するか……そこまで考えて、シルビアは女生徒たちの噂を思い出した。


「そういえば、グラットン医師がわたくしの診察をしているらしいのです。医者に白魔術師が同行してもおかしくないですよね?」


 病名が判別できない場合や重傷で急を要するとき、医師は治癒魔法が使える白魔術師とともに治療を行う。治癒魔法に頼りすぎると自己治癒力が低下するため基本は医師による治療であるが、診察に白魔術師が同席するのは、特にめずらしいことではない。


「頼んでみよう。確かグラットン医師の家はホワイトホール通りだったはずだ」


 ジョエルは急に足早になった。途中、ドルー伯爵邸に寄り、馬車で向かう。

 ホワイトホールは、王宮近くにある白亜のオペラハウスだ。建物の名を冠する通りは賑やかで馬車の往来も多いが、道を下っていくと次第に静かな住宅地へと変わる。グラットンの家はその一角にある高級アパートメントの一室であった。

 応対に出たふくよかな中年の家政婦は、ジョエルが貴族だと知ると丁寧に腰を折る。そして、すまなそうに眉を寄せグラットン医師の不在を告げた。


「急患でしょうか? 生憎、旦那様は往診中でして、いつお帰りになるか……。弟子のマシュー先生なら近所に住んでいるので連絡できますが、どうしますか?」


「いや、また日を改めよう。忙しいのにすまなかったね」


 当てが外れてしまった。希望の灯火(ともしび)が吹き消されるように、パタン、と目の前でドアが閉まる。

 なるべく動かないようにぬいぐるみに徹していたシルビアは、脱力したはずみに長い耳がへにゃりと折れた。

 ジョエルも後ろで束ねた長い髪をサラリと揺らし、踵を返す。残念そうにアパートの玄関ホールを歩きながら「さて、これからどうしようか」と問いかけてきた。


「王宮にお父様がいらっしゃれば……でも……」


 実の親であれば、たとえ娘がぬいぐるみでも信じてもらえるかもしれない。シルビアはそんな期待を口にするも、歯切れが悪い。相手はこの国の宰相だ。王宮に行ったからとて、おいそれとは会えまい。


「何もしないよりはマシだろう。行ってみよう」


 二人はまた馬車に揺られ、ホワイトホール通りを戻っていった。

 車窓からは茜色に染まった空がよく見える。こんなふうに風景を眺めることなんて、しばらくなかった。綺麗だ、とシルビアはしみじみと感じ入る。


「大丈夫だ。きっと戻れる」


 黙り込むシルビアを気遣い、ジョエルが声をかけてくれた。

 彼にとっては初対面の相手で、なんのメリットもないのに――。


(優しいのね)


 泣きそうだ。ガラス玉の瞳だから、涙は出ないけれども。


 王宮に到着したジョエルとシルビアは、ドルー伯爵家の紋章入り馬車のお陰ですんなりと取り次いでもらうことができた。

 ウサギのぬいぐるみを抱いていても、手入れの行き届いた銀髪で上等なスーツを着ているジョエルの上品な所作は、間違いなく貴族のものだ。ドルー伯爵の使者を語っても、怪しまれることはない。

 待合室に案内され、門前払いも覚悟していたシルビアはホッとひと息吐いた。


「よかったな」


 余裕が出てきたのか、ジョエルの声も明るい。


「はい。助けていただき、本当に感謝しています」


「礼なら、無事に解呪が終わってからにしてからにしたら?」


「あ、そうですね」


 フフフ、と微笑み合うジョエルとシルビアである。傍から見れば成人男性がウサギのぬいぐるみを抱きながら笑っているようにしか見えないのだが、幸いこの場には誰もいない。

 しばらく待たされて、ようやく現れたのは宰相補佐だという眼鏡をかけた三十路の男だった。


「申し訳ございません、ご使者殿。宰相閣下はつい先刻、帰宅されました」


 家から使いの者が来て、慌てた様子だったという。自分の体に何かあったのかもしれないと、シルビアの胸がドクンと跳ねた。

 一方、ジョエルはにこやかな笑顔を張りつけ、貴族の使者らしく振る舞う。


「そうですか。では、お屋敷のほうへ伺ってみます」


 そうして待合室を出てきたものの、振り出しに戻ってしまった。


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