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スワンプウィッチ①

エルールに到着して感じたのは、違和感だった。

じっと、見られているような感覚。

「アリア。何か、違和感を感じない?」

トリスタンは、思わずアリアに声をかけた。

アリアは、その言葉を受けて周囲を見回す。

牧歌的な田舎町。──それ以上の印象を受けない。近くで農作業をしているのだろう。土の匂いが風に混じっていた。

「うーん?わかんないね」

アリアは特に何も感じていないようだった。

アリアは五感こそ優れているが、魔力の感知ができない。

トリスタンは思考を巡らせる。

通常、魔法使いなら、魔力の流れを何となくは感じ取ることは出来る。それは勘や第六感と呼ばれるものに近い。

しかし、トリスタンのもう一つの異能、『言の葉を拾う者(リーフシーカー)』は、それをさらに鋭敏にしたものだ。

皮膚が空気の震えを覚え、鼻が匂いの変化を嗅ぎ取るようなイメージで、魔法構成を五感の延長のように捉えることができる。

魔力が目に見えるわけではない。ただ、意志の宿った言の葉を感覚で掴む。そんな、奇妙な確かさだった。

──おそらくこれは、魔法的なものだ。

自分にしかわからない違和感を抱えながら、トリスタンは村の中へと歩いて行った。

向かう先は、アデラの実家だ。


***


五人を出迎えたのはアデラの両親だ。

年季の入った手、優しく笑う深い皺。

初孫のニナを見るや否や、二人の表情は一気にほころんだ。

駆け寄るニナ、抱き抱える祖父。

アリアは、その姿をにこやかに見守っていた。

「本当に、ありがとうございました」

シミオンとアデラが二人に頭を下げる。

「いえ、無事に送り届けられてよかったです」

トリスタンもまた頭を下げる。

「二人はすぐに町を発つのかい?」

「そうですね。宿で一泊して、明日帰るつもりです」

少し逡巡してから、アデラが口を開いた。

「この町には宿がないんです。その……納屋でも良ければ、ウチのを使ってもらっても構いませんが」

アリアは即答した。

「十分!スタンもそれでいいよね?」

「もちろんです。ありがとうございます」

二人の反応にはアデラも嬉しそうだった。

「よかった。父に頼んでおきます。食事もご用意しますので」

「お気遣いありがとうございます」「やった」

思い思いの反応をする二人。

「それと、もしお二人に時間があればなのですが、この町からもう少し西に行った湿地に、エルフの薬師さんがいるんです。もしかしたら、お二人の問題に関しても、何か手掛かりになるかもしれません。」

二人は顔を見合わせた。

エルフといえば、長命な種として知られている。その知識の一端に触れることで、問題解決の糸口を掴める可能性は十分ありえた。


***


「スタン。なんか感じてたんでしょ?」

切り出したのはアリアだ。

時刻は夜。スミス宅で食事を頂いてから、二人は納屋で横になっていた。

田舎町である。その歓待はささやかなものだったが、二人には十分なものだった。

昼間からトリスタンの様子がおかしかったのを感じていたのだろう。

木壁の隙間から差し込む月明かりが、彼女の顔を淡く照らしていた。

少し間を置いて、トリスタンは答えた。

「……うん。でも本当に少し感じるだけだから、確信はないんだ」

「ふうん。危険はありそう?」

「いや、攻撃魔法のようなピリつく感じはないから、そこは大丈夫だと思うよ。見られてるだけって感じかな。」

「そう。ならいいんだけど、ちょっと気になるね」

「そうだね。薬師さんに聞いてみてもいいかもしれない。この町とは繋がりがあるみたいだし」

「いいね。そうしよう。じゃあ、おやすみ」

藁の寝床は決して良い寝心地とは言えなかった。だが、護衛中ずっと気を張っていた二人は、あっさりと夜の静けさに沈んでいった。


***


朝食を食べ終えると、二人はスミス一家に別れの挨拶をした。

爽やかな空気の中、二人とスミス一家は笑い合う。


「朝食まで頂いて、ありがとうございました」

「美味しかったよ!」

めいめいに感謝を述べる。


「こちらこそ、ありがとうございました」

アデラもそれに応じる。

「エルフの薬師さんに一度お会いしてみようと思います」

そう告げるトリスタン。

ニナが二人に声をかける。

「お姉ちゃん!また来てね!

お兄ちゃん!お声、治ると良いね!」


二人は手を振って、西へと歩き出した。


***


西へと三日。気づけば、周囲の景色はすっかり変わっていた。

湿地帯だった。湿気を含んだ空気が重くのしかかり、土と水の混じった独特の匂いが立ち込めていた。

腰ほどの高さまで伸びた草から覗く湖面は、鏡のように空を映し出している。

水場が近いせいか、少し肌寒い。


「ジメジメしてるね……」

クルシュタは比較的乾燥した気候である。こういった地形は珍しかった。


「そうだね。足元に気をつけて進もう」

沼に足を取られぬよう慎重に進む二人。その目に、場違いなものが映った。


「スタン……これって」

「うん……これは、遺跡だ」


二人が目にしたのは、沼地にはそぐわない人工物。

石に見えるが、素材すらわからない壁。それは、湿地にあってなお苔すらも寄せ付けず、形を保っている。

リゲルサクセ北部の遺跡群と同じ意匠の、建造物だった。


ただ、その大部分は静かに水の底へ沈んでいた。


北辺以外で遺跡は見つかっていない。つまりこれは、未発見のものだ。


アリアが軽く尋ねてくる。

「入ってみる?」

「流石に装備が足りないよ。それに、それが目的じゃないでしょ」

「残念。また今度だね」

ペロリと舌を出してみせるアリア。


水没した遺跡を眺め、トリスタンは尋ねる。

「アリアは泳げるの?」

「泳げるよ。……あっ。もしかしてスタン、泳げないんだ?」

アリアの指摘にトリスタンは少し目を逸らす。

「……泳ぐ機会なんてなかったしね」

「ふふーん。お姉さんが教えてあげよっか?」

「遠慮しとくよ。お姉さんの指導は厳しそうだ」


二人の笑いが、湿地へと吸い込まれていった。


***


さらに歩くこと数刻。二人は、苔むした小屋を見つけた。

古ぼけてはいるが手入れはされているようで、誰かが使っているようだ。

風の音以外何も聞こえない。薬草の匂いが僅かに漂ってきた。


二人がさらに小屋に近づこうとした時、地の底から響くような咆哮が轟いた。


「何っ?!」


叫びは背後から聞こえてきた。二人は武器に手を掛け、周囲を警戒する。

その視線の先に人影が踊り込んだ。


エルフの少女が二人の方へ走り寄ってくる。端正な顔をしているが、その顔は必死の形相だ。

その背後には、泥を跳ね上げ猛然と駆ける巨大な影。


馬のような体に、鋭い牙を持つ犬の顔。

全長は四アルマ(およそ二メートル八十)。

体は毛と鱗がまだらに入り混じり、湿地の泥に濁っている。


沼狼(バニップ)?!

大丈夫ですか?!下がって!」


トリスタンはエルフの少女に声をかける。

だが、エルフの少女は二人を素通りすると、小屋へと駆け込んでしまった。

バタン!と扉が閉められる。


「……えぇぇ。

なんで無視なのよ?!」

「アリア!とりあえず今は魔獣を!」


トリスタンは剣を抜き、魔獣へと駆け出した。アリアも剣を抜き、それを追う。


魔獣は二人を獲物と見ると、そのままの勢いで突進してきた。

馬の体を持っているが、足には蹄ではなく鋭い爪。

左の前脚を振りかぶり、トリスタンへと振り下ろした。

トリスタンは右に半歩踏み込むと、籠手で滑らせるようにそれを受け流した。

力の方向を斜めに逃したにも関わらず、丸太で殴られたような重圧が彼を襲う。

正面から受ければ容赦なく押し潰されそうだ。


間合の内側に踏み込んだトリスタンは剣を突き出す。直剣は鱗の隙間に入り込み、肉を抉った。


「ガルアアアア!!」


魔獣は怯むが、すぐに殺意を剥き出しにしてトリスタンを睨みつけた。


「……シッ!」


アリアが鋭く息を吐き、ナイフを投擲する。目を狙ったそれは、少し逸れて魔獣の額にはじかれた。


しかし、魔獣の意識はアリアに一瞬逸れた。その隙を逃さず、トリスタンは剣を振るう。狙いは、首だ。

その一撃は、命中したものの分厚い皮に阻まれ致命傷とはならない。


魔獣は首をしならせ、トリスタンへと噛みついた。

咄嗟に左の籠手で受け止める。頑強な籠手はその牙を寄せ付けなかった。口から覗く乱杭歯と獣臭にトリスタンは顔を顰める。


剣を突き立てようとした瞬間、トリスタンの視界は急速に反転した。

魔獣は腕に噛みついたまま首を大きく振り回していた。


何度かトリスタンを振り回すと、魔獣は後方へ彼を放り投げた。

地面を転がりながらも受け身を取り、直ぐに立ち上がる。


「スタン!!」

アリアが気遣うように叫び、突撃する。


迎撃に繰り出された前足を描き潜り、反対の前脚に剣を突き立てた。


「ギャオオオオオ!」


爪と爪との間。神経が集中する場所を攻撃され、魔獣は激痛に叫びを上げる。

魔獣は体ごとアリアにぶつかり、彼女を弾き飛ばした。


受け身を取り、体勢を立て直すアリア。

しばらくアリアを睨みつけた後、魔獣は喉を鳴らして踵を返した。傷ついた足を引き摺りながら、沼の奥へと消えていく。


湿地に再び静寂が戻る。

風が草を揺らす音だけが、二人の呼吸の合間に混じっていた。

「逃げたね」

トリスタンは振り回された肩の痛みを堪えながら言う。

「大丈夫?」

「うん。しばらくすればおさまるかな」

そう話をしている時、小屋の扉が音を立てて開いた。

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