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おしゃべり上手な冒険者たち③

「……」

何かを感じたトリスタンは手綱を引き、速度をほんの少し落とした。

風向きが変わった。鳥の声も、聞こえない。

車輪の音だけがやけに大きく響いている。

前方に、人影──。路を塞ぐように、数人の男が立っていた。

トリスタンとアリアはお互いに頷きあうと、馬車を止め、飛び降りた。

「馬車から降りないでくださいね」

トリスタンはスミス一家に声を掛ける。

無言で頷くシミオン。

「ようよう!ここは通行止めだぜえ」

男の一人が声を上げる。

みすぼらしい風貌に、思い思いの武器を持った男たち。追い剥ぎの類だろう。獣のような匂いがここまで漂ってきた。

無駄だと思いつつも、トリスタンは返事をする。

「できれば、素通りさせてもらえると嬉しいんですけどね」

「んー。そうだなぁ。女と持ってる物を置いていくなら、考えてもいいぜ?」

下品な笑い声を漏らす男たち。

トリスタンは、後ろでアリアの殺気が膨らむのを感じた。

「アリア、気持ちはわかるけど、打ち合わせ通りにね」

トリスタンは振り返ることなくアリアに声をかける。

「わかってる!」

アリアは不満そうだったが、そう返事を返してきた。

トリスタンが前線で戦い、機動力のあるアリアが遊撃的にスミス一家の護衛を担う。それは、あらかじめ打ち合わせていた役割だ。

トリスタンは剣を抜くと、男たちに告げる。

「残念ですが、押し通ります」

よく手入れされた剣が、陽の光を反射し輝いた。


斧を構えた男が、突っ込んでくる。

勢いのままに、男は真上から斧を振り下ろした。

トリスタンは剣先でそれをいなすと、一歩踏み込む。

男の脛を思い切り蹴り上げた。

「いっ……!!」

激痛に男の動きが止まる。そのこめかみを、柄頭で殴り飛ばした。

──一人。

心の中でカウントする。

次に駆け寄ってきたのは短剣を持った男だった。

腰だめに得物を構え、体ごと突進してくる。

トリスタンは左の籠手でその勢いを受け流すと、すれ違いざま足を払う。倒れ込む男。

流れるように追撃する。半弧を描いた踵が、倒れ込んだ背中へ打ち下ろされた。

「ぶげっ」

下品な悲鳴が響く。

──二人。

そうカウントした時、トリスタンは魔法の予兆を感じ取った。

奥にいたリーダー格の男が、魔法詠唱をしている。

「焼き貫け、火炎の矢尻『火の矢』(サギッタ・イグニス)!」

その視線の先には荷馬車があった。赤い炎の矢が、真っ直ぐに迫る。

アリアは、焦ることなく射線上に移動する。

「えい」

左手で無造作に炎をはたき落とした。

「……はっ?」

素手で弾かれるという予想外の展開に、リーダーの男が顔色を変えた。

混乱の色を浮かべながらも、男はトリスタンへ向き直った。

トリスタンとアリアは一瞬視線を合わせた。お互いに頷く。

「焼き貫け、火炎の矢尻『火の矢』(サギッタ・イグニス)!」

先ほどと同じ詠唱。今度はトリスタンに向けられているようだ。『言の葉を拾うもの(リーフシーカー)』が、ヒリつくような感覚を皮膚に伝えている。

トリスタンは左手を口元に押し当て、集中する。

感じ取った魔法構成。それを見えない手で掴むイメージ。

掌握完了。世界が一瞬、息を止めた


心の中で命じる。

改律(かいりつ)・崩壊】


発射される寸前、火の矢がその場で爆ぜる。

炎に巻かれたリーダーは、悲鳴を上げることすらできず倒れた。


その時、最後の一人がトリスタンへと踊りかかった。

それを見ていたアリアの手から、ナイフが放たれる。

ナイフは正確に、男の腕に突き刺さった。男は小さく悲鳴を上げ、武器を取り落とす。

その男にトドメの蹴りを放つと、トリスタンは周囲を見回した。

盗賊たちの呻き声以外は、何も聞こえない。

他に敵はいなさそうだった。

「スタンって結構足癖悪いよね。」

トリスタンはニコリと笑い、肩をすくめた。

「コイツら、どうする?」

"始末しとく?"と視線で尋ねるアリア。

トリスタンはスミス一家にチラリと視線を向ける。

ニナがキラキラした視線を二人に向けていた。

「……いや、縛り上げて置いておこう。エルールに着いたら、衛兵に報告しておくよ」

「そうだね。わかった」


***


リーダー格の男を縛り上げながらアリアが呟く。

「魔法が爆発してこの程度の怪我なんて、相変わらずスタンは優しいね」

「え?いや、もともと大した威力じゃないと思うよ。朱炎しゅえんだったし」

「そうなんだ。私、緑色のくらいじゃないと温度わかんないんだよね」

「正直、初等部よりも雑な構成だったかな」

トリスタンは嘘がつけない。

リーダー格の男に精神的にもトドメを刺して、二人は馬車へと戻っていった。


詠詩改律ワードハック』──それは、トリスタンが言葉を失った後に身につけた異能である。

魔法に対し、対象の変更や暴発など、効果の書き換えを行うことができる。

本来なら、他人の魔法に干渉して書き換えることなどできない。少なくとも、そんな魔法は存在しないはずだ。

いつ使えるようになったのかは、本人にも定かではない。

ただ、『言の葉を拾うもの(リーフシーカー)』で感知した魔法を“書き換えられる”と本能的に感じた──それが始まりだった。

今では、対魔法使い戦における切り札となっている。

それは、言葉なき少年が見出した、声なき祈りであった。


***


その夜。最後の野営となった。

明日の昼頃には、エルールに到着しているだろう。

多めに買っておいた食糧を使い、少しだけ贅沢な食事をとることになった。

パチリ、パチリと焚き火が音を立てる。

暖かかな光に照らされた五人の影は、踊っているかのようだった。

「ちょっと塩多いね。味付けはアリア?」

「スタンは黙ってて」

「ちょっと辛いね」

「ニナちゃんまで……」

ニナの正直な感想に、アリアは少しショックを受けていた。

そんな二人を、微笑ましく見ていたのはスミス夫妻だった。

「すっかり懐いて……良かったです。」

「いえ、失礼なことしてないといいんですが」

アリアとニナ、じゃれ合う二人を見てトリスタンは答える。

「ははは、そんなことないさ」

シミオンはそう笑うと、続ける。

「スタン君、答えにくいことだったら、無視してくれてもいいんだが──その……声は、何かあったのかい?」

トリスタンは一瞬言葉を詰まらせ、チラリと声珠を見た。

青い声珠に、逆さに映った炎がゆらめいている。

「そうですね。──ある日突然、声が出なくなったんです。原因は……分かってないままで」

「そうか……それは、辛いな」

焚き火の音が、短い沈黙を埋める。

トリスタンがぽつりと口を開いた。

「俺は、声を取り戻すために旅をしてます。北の遺跡に、何か手がかりがないかと思ってるんですが……

挑むには経験も、装備も足りない。だから今は、必死に働いてます」

そう言ってトリスタンは笑う。

「それに、アリアの足枷のこともあります。多分あれも、北の出土品らしくて」

「……なるほど。及ばずながら、応援しているよ」

「ありがとうございます」

焚き火の音だけが響く。

しばしの沈黙。木々の隙間から月明かりが降り注いでいた。

その穏やかな空気を破ったのは、アリアだった。

「……でも!スタンはちゃんと喋ってるよ」

「え?」

「声珠の声でも、ちゃんとスタンの声だもん」

アリアはそう言って、ニコリと笑った。

その無邪気な言葉は、暖かな炎のようにトリスタンの心に染み込む。

トリスタンもまた、かすかに頬を緩めた。

「……そうだね」

──ありがとう。トリスタンはそう心の中で呟く。

「さて、明日に響かないうちに私たちは寝ようか」

話を切り上げたのはシミオンだった。

いつの間にか寝てしまったニナを抱えて立ち上がる。

「ええ、見張りはお任せください」

二人は軽く手を振って、馬車に戻るスミス一家を見送った。

静かな夜風が、火の粉を運んでいく。

星明かりが、優しく二人を照らしていた。

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