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ベネディクト・ブレイブス〜声無き勇者と銀の少女〜  作者: 藤木 規史
第一話 おしゃべり上手な冒険者たち
4/6

ベネディクト③

馬車に揺られ、流れていく景色はすっかり変わっていた。

リゲルサクセを発ち、数日が過ぎている。

白炎の力の及ぶ地域は、かの城塞都市からでは考えられないほど温暖だ。

凍てつく北風も、ここではただのそよ風だ。草の香りが心地よく鼻をくすぐる。

「暑いー」

防寒着を着込みすぎていたのだろう。ニナがそう漏らした。

「ニナちゃん、上着脱いでおきなよ」

「うん!」

数日でアリアとニナはすっかり打ち解けていた。その姿はまるで姉妹のようだ。

「やはり、ここまで来ると本当に気候が違いますね」

アデラの言葉に、トリスタンが応じる。

「ええ。ここからはもう薄着で大丈夫ですよ」

草原の中を馬車は駆けていく。

「スタン君は『書院』にいたんだろう?なら、白炎は見たことあるのかい?」

シミオンの問い。トリスタンは王都の方角をチラリと見た。

「ええ。本当に不思議な炎ですよ。触れることも出来なくて」


『白炎』──王都に存在する不思議な炎。

それは、この地の寒気だけを払う、聖なる炎だと言われている。二百五十年にも渡り燃え続けるその炎は、寒冷地の真っ只中にある白王国クルシュタを支える物だった。


シミオンは目を細めて言う。

「また落ち着いたら、ニナと一緒に観にいくのも悪くないかもしれないね」

「ふふっ。じゃあ私たちで案内の依頼受けようか?」

アリアが笑うと、風に揺れた銀髪が陽を反射した。

トリスタンは手綱を取りながら苦笑する。

「アリアは王都知らないでしょ」

そのやりとりを見て、シミオンは笑った。

「ははっ、ガイド料は安くしてくれるのかな?」

「応相談ですね」

トリスタンはニコリと笑いながら言う。

声珠から出る声はどこまでも一定だ。だからこそ、表情で補ってやる必要があった。


***


「……」

何かを感じたトリスタンは手綱を引き、速度をほんの少し落とした。

風向きが変わった。鳥の声も、聞こえない。

車輪の音だけがやけに大きく響いている。

前方に、人影──。路を塞ぐように、数人の男が立っていた。

トリスタンとアリアはお互いに頷きあうと、馬車を止め、飛び降りた。

「馬車から降りないでくださいね」

トリスタンはスミス一家に声を掛ける。

無言で頷くシミオン。

「ようよう!ここは通行止めだぜえ」

男の一人が声を上げる。

みすぼらしい風貌に、思い思いの武器を持った男たち。追い剥ぎの類だろう。獣のような匂いが鼻を刺す。

無駄だと思いつつも、トリスタンは返事をする。

「出来れば、素通りさせてもらえると嬉しいんですけどね」

「んー。そうだなぁ。女と持ってる物を置いていくなら、考えてもいいぜ?」

下品な笑い声を漏らす男たち。

トリスタンは、後ろでアリアの殺気が膨らむのを感じた。

「アリア、気持ちはわかるけど、打ち合わせ通りにね」

トリスタンは振り返ることなくアリアに声をかける。

「わかってる!」

アリアは不満そうだったが、そう返事を返してきた。

トリスタンが前衛、アリアは後衛。それは、事前に打ち合わせていた役割だ。

トリスタンが前線で戦い、機動力のあるアリアが遊撃的にスミス一家の護衛を担う。

トリスタンは剣を抜くと、男たちに告げる。

「残念ですが、押し通ります」

一陣の風が、吹き抜けた。


斧を構えた男が、突っ込んでくる。

その勢いのままに、男は真上から斧を振り下ろした。

トリスタンは剣先でそれをいなすと、一歩踏み込み、男の脛を思い切り蹴り上げた。

「いっ……!!」

激痛に動きが止まる。そのこめかみを、柄頭で殴り飛ばした。

──一人。

心の中でカウントする。

二人目は短剣を持った男だった。

腰だめに得物を構え、体ごと突進してくる。

トリスタンは左の籠手でその勢いを受け流すと、すれ違いざま足を払う。倒れ込む男。

流れるように追撃する。半弧を描いた踵が、倒れ込んだ背中へ打ち下ろされた。

「ぶげっ」

下品な悲鳴が響く。

──二人。

そうカウントした時、トリスタンは魔法の予兆を感じ取った。

奥にいたリーダー格の男が、魔法詠唱をしている。

「焼き貫け、火炎の矢尻『火の矢(サギッタ・イグニス)』!」

その視線の先にはアリアがいた。

赤い炎の矢は、真っ直ぐにアリアへ迫る。

「よっと」

それを一瞥したアリアは、左手で炎をはたき落とす。

「……はっ?!」

素手で弾かれるという予想外の展開に、リーダーの男が顔色を変えた。

混乱の色を浮かべながらも、男はトリスタンへ向き直った。

トリスタンとアリアは一瞬視線を合わせた。お互いに頷く。

「焼き貫け、火炎の矢尻『火の矢(サギッタ・イグニス)』!」

先ほどと同じ詠唱。今度はトリスタンに向けられているようだ。『言の葉を拾う者(リーフシーカー)』が、ヒリつくような感覚を皮膚に伝えている。

トリスタンは左手を口元に押し当て、集中する。

感じ取った魔法構成。それを見えない手で掴むイメージ。

掌握完了。世界が一瞬、息を止めた


心の中で命じる。

【改律・崩壊】


発射される寸前、火の矢がその場で爆ぜた。

炎に巻かれたリーダーは、悲鳴を上げることすらできず倒れる。


その時、最後の一人がトリスタンへと踊りかかった。

それを見ていたアリアの手から、ナイフが放たれる。

閃く軌跡。短い悲鳴。

ナイフは正確に、剣を握った男の腕に突き刺さっていた。

痛みに蹲ったその男にトドメの蹴りを放つと、トリスタンは周囲を見回した。

盗賊たちの呻き声以外は、何も聞こえない。

他に敵はいなさそうだった。

「スタンって結構足癖悪いよね。」

トリスタンはニコリと笑い、肩をすくめた。

「コイツら、どうする?」

"始末しとく?"と視線で尋ねるアリア。

トリスタンはスミス一家にチラリと視線を向ける。

ニナが二人に憧れるような視線を向けていた。

「いや、縛り上げて置いておこう。エルールに着いたら、衛兵に報告しておくよ」

「……そうだね。わかった」


***


リーダー格の男を縛り上げながらアリアが呟く。

「魔法が爆発してこの程度の怪我なんて、相変わらずスタンは優しいね」

「え?いや、もともと大した威力じゃないと思うよ。朱炎だったし」

「そうなんだ。私、緑色のくらいじゃないと温度わかんないんだよね」

「正直、『書院』の初等部よりも雑な構成だったかな」

トリスタンは嘘がつけない。

リーダー格の男に精神的にもトドメを刺して、二人は馬車へと戻っていった。


詠詩改律(ワードハック)』──それは、トリスタンが言葉の祝福を失った後に身につけた異能である。

任意の魔法に対し、対象の変更や暴発など、効果の書き換えを行うことができる。

本来なら、他人の魔法に干渉して書き換えるこ事など出来ない。少なくとも、『書院』ではそう教わった。

口元を隠すのが発動条件である。

いつ使えるようになったのかは、本人にも定かではない。

ただ、『言の葉を拾う者(リーフシーカー)』で感知した魔法を“書き換えられる”と本能的に感じた──それが始まりだった。

今では、チームの対魔法使い戦における切り札となっている。

それは、言葉なき少年が見出した、声なき祈りであった。


***


その夜。最後の野営となった。

明日の昼頃には、エルールに到着しているだろう。

多めに買っておいた食糧を使い、少しだけ贅沢な食事をとることになった。

パチリ、パチリと焚き火が音を立てる。

暖かかな光に照らされた五人の影は、踊っているかのようだった。

「ちょっと塩多いね。味付けはアリア?」

「スタンは黙ってて」

「ちょっと辛いね」

「ニナちゃんまで……」

ニナの冷静なコメントに、アリアは少しショックを受けていた。

そんな二人を、微笑ましく見ていたのはスミス夫妻だった。

「すっかり懐いて……良かったです。」

「いえ、失礼なことしてないといいんですが」

アリアとニナ、じゃれ合う二人を見てトリスタンは答える。

「ははは、そんな事ないさ」

シミオンはそう笑うと、続ける。

「スタン君、答えにくいことだったら、無視してくれてもいいんだが──その……声は、何かあったのかい?」

トリスタンは一瞬言葉を詰まらせ、チラリと声珠を見た。

青い声珠に、逆さに映った炎がゆらめいている。

「そうですね。──ある日突然、声が出なくなったんです。原因は……分かってないままで」

「そうか……それは、辛いな」

シミオンはそれ以上、踏み込もうとはしなかった。

焚き火の音が、短い沈黙を埋める。

やがて、トリスタンがぽつりと口を開いた。

「……北の遺跡。もしかしたら、何かきっかけになるものがあるかもしれないって思ってるんです。」

──北の遺跡。リゲルサクセのさらに北部にある遺跡群のことである。現在よりも大きく進んだ技術体系を持っていた事はわかっている。だが、厳しい寒さと遺跡の防御機構により、調査は難航していた。

「ただ、すぐに挑むには経験も、装備も足りない。だから今は、必死に働いてます」

そう言ってトリスタンは笑う。

「アリアの足枷も、北で見つかった遺物らしいですしね」

「……なるほど。及ばずながら、応援しているよ」

「ありがとうございます」

焚き火の音だけが響く。

しばしの沈黙。木々の隙間から月明かりが降り注いでいた。

その穏やかな空気を破ったのは、アリアだった。

「……でも!スタンはちゃんと喋ってるよ」

「え?」

「声珠の声でも、ちゃんとスタンの声だもん」

アリアはそう言って、ニコリと笑った。

その無邪気な言葉が、冬の焚き火のようにトリスタンの心を温める。

トリスタンもまた、かすかに頬を緩めた。

「……そうだね」

──ありがとう。トリスタンはそう心の中で呟く。

「さて、明日に響かないうちに私たちは寝ようか」

話を切り上げたのはシミオンだった。

寝てしまったニナを抱えて立ち上がる。

「ええ、見張りはお任せください」

二人は軽く手を振って、馬車に戻るスミス一家を見送った。

静かな夜風が、火の粉を運んでいく。

星明かりが、優しく二人を照らしていた。

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