おしゃべり上手な冒険者たち①
「スタン、起きてる?」
声の主はアリアだった。
トリスタンは寝台のそばに置いた声珠を手に取ると、魔力を流し込む。
「起きてるよ。何かあった?」
声珠が答える。硬質で、どこか無機質な声だ。
声珠とは、声を持たない者へのささやかな救いだ。
けれどその声は、ただの音にすぎない。魔法を使うための触媒にはならないのだ。
「女将さんが食事要らないかって言ってたよ。──私は、マスターの分を先に食べたけど」
「女将さんの料理か……」
トリスタンは少し言い淀んだ。マスターの料理は絶品だが、女将さんはあまり料理が得意ではない。
「とりあえず食堂に行くよ。ありがとう」
窓から差し込む光に、トリスタンは目を細めた。
***
寝巻から着替えると、トリスタンは食堂に向かった。
「おはようございます」
トリスタンは、女将さんに挨拶をする。
「おはよう。ご飯できてるよ」
答えたのは宿の女将、リーザだ。
彼女は、料理の載った皿を差し出してくる。
「ありがとう……ございます」
恐る恐る受け取ったのはサンドイッチだ。
パンで具を挟むだけの簡易な料理のはずだが、その形は崩れ、具の隙間から姿を覗かせる調味料は常軌を逸した量だった。
トリスタンの青い瞳が、わずかに泳ぐ。
「女将さんのご飯。その……あんまり、美味しくないですよね」
トリスタンの中では気を使ったつもりの一言。だがそれは、刃物のような切れ味だった。
リーザは半眼でトリスタンを睨みつける。
「あんたねぇ。もうちょっと言い方を考えな」
トリスタンは嘘がつけない。
言霊を扱う魔法使いの中には、嘘をつくことで言葉──すなわち魔法の力が軽くなると信じている者が一定数いる。
それは教義でも掟でもなく、ただ言葉への敬意だ。
魔法が使えなくなったとはいえ、その思想はいまだに彼に根付いていた。
辛いのか酸っぱいのかよく分からないサンドイッチを水で流し込む。
トリスタンはそれ以上リーザを刺激しないよう、沈黙を貫いていた。
「スタン、今日は買い出し行くんでしょ?」
いつの間にか食堂に来ていたアリアが、軽い調子でそう尋ねてきた。
首を傾げた拍子に、銀色の髪の毛がふわりと舞う。赤い瞳がトリスタンを見つめていた。
明日からの仕事に備え、数日ぶんの食糧や装備を買う必要があった。
「そうだね。食糧は必須として……ここより南だから防寒具は要らないかな」
「そうね。帰りの分はエルールで買えばいいから多めに見て十日分くらい?」
エルールはこの街から南西に位置する田舎町である。
「うん。それで行こう」
打ち合わせを済ませた二人は、商店街へと向かった。
***
城塞都市リゲルサクセ
二百年前にこの地を救った英雄の名を冠する北方の地。
王都に存在する「白炎」から程遠いこの地は、年中冷気に包まれている。
白い息が、石造りの街に溶けていく。
二人が向かう商店街は、この街のメインストリートだ。
にわかに動き出した街。朝の喧騒の中を二人は歩く。
「おう、スタン!なんか買ってけよ!」
声をかけてきたのは肉屋の主人、カークだ。店先で焼かれる肉の香ばしい匂いが、食欲をそそる。
干し肉などの保存食の調達に彼の店を利用していることもあり、二人とは気心の知れた仲である。
「ええ、ちょうど十日分ほど買おうかと思って──」
「カークさーん!」
トリスタンの声を遮るようにアリアが勢いよく割って入る。
「今日も安くしてね、ねっ?」
彼女は上目遣いでカークを見つめ、小首をかしげる。
吸い込まれそうな赤い瞳に、カークは根負けした。
「アリアちゃんに頼まれたらしょうがねぇなぁ」
苦笑しながら干し肉を包むカーク。
それを見たアリアはトリスタンに向き直り、ペロリと舌を出してみせる。その目が、イタズラっぽく笑っていた。
食糧を買い込んだ二人は、武器屋へと向かっていた。魔法を使えない二人にとって、武器は命を預ける大切な道具である。
その途中、背後からダミ声が響いた。
「いよう。『おしゃべり上手』じゃねーか」
振り向いた二人の目に入ったのは、冒険者のジョンだった。
アリアが渋い顔を見せる。
トリスタンも小さくため息をついた。
声を出せない少年、魔法を使えない人種の少女。この二人に『おしゃべり上手』とは、皮肉以外の何ものでもなかった。
「逃げ出す準備か?そろそろ『大侵攻』が起こるって噂だもんなあ?」
煽るようなジョンの言葉。
トリスタンは冷淡な目で彼を見つめると、短く答えた。
「ただの依頼だよ」
声珠から漏れたその声には温度がなかった。
アリアは感情を隠そうともしない。
「──私たちはね、あんたみたいに暇じゃないの」
ニコリと笑い、続ける。
「あっ、もしかして、仕事取っちゃったかな?ごめんねぇ」
「お前っ──」
一触即発の空気が漂う。
その瞬間。男が、それを軽やかに切り裂いた。
「やあやあ、お三方。ちょっと声が大きいんじゃないか?」
緑色の隊服に身を包んだ男だった。大きな鼻が特徴の、人の良さそうな顔をしている。帽子の下からは栗色の髪が覗いていた。
「朝から喧嘩はどうかと思うぜ。暗いところで頭冷やすか?」
一瞬だけ、その目が鋭く光る。
「ちっ……悪かったな」
そう吐き捨てると、ジョンは踵を返して歩き去った。
場の空気がふっと緩む。トリスタンは小さく息を吐いた。
その隣では、アリアが不満そうに頬を膨らませていた。
「アイツと格付けを済ませるいい機会だったのに」
「……アリア、また今度にしよう」
男は苦笑いしながら二人に近づいた。その瞳に、さきほどの鋭さはない。
「やめとけ。俺がヤツを治療所まで運ぶハメになるだろ」
男の名はオーウェン・カルダー。
リゲルサクセ衛兵隊の一員であり──そして、トリスタンの古い学友でもある。
「オーウェン。助かったよ」
トリスタンがオーウェンに笑みを向ける。
オーウェンはそれに軽く手を挙げて応えた。
「助かったのはジョンだろ。『書院』の秘蔵っ子に、敵うわけないのにな」
「……昔の話だよ」
トリスタンは俯き、目を逸らした。
オーウェンは彼の様子に、気を使うように声をかける。
「あー……スタン。声は、まだダメそうか?」
「……そうだね。手掛かりすらなし。声珠で話すことはできるけど、やっぱり魔法が使えないからね」
顔を上げたトリスタンは答えた。
「だから、先にアリアの足枷を解決するのもありかなと──」
「私はなんとかなってるんだから、まずはスタンでしょ」
トリスタンの言葉を遮るように、アリアは言う。
「……ありがとう、アリア」
トリスタンは小さく微笑む。
オーウェンはアリアに向き直った。
「アリアは喧嘩すんなよ」
「してない!あいつがいっつも絡んでくるの!」
まだ少し拗ねているアリアを見て、オーウェンは肩をすくめた。
「ははっ、まあいいや。じゃあ本官は巡回に戻る。スタン、今度非番の時にでも話そうぜ」
だらっとした敬礼をすると、オーウェンは踵を返し歩いていった。
「……さすが、黄炎のオーウェン」
アリアがぽつりと呟く。
炎を信仰するこの国では、魔法使いは操ることのできる炎の色で実力を測られることが多い。
黄色は下から二番目。朱炎に次いで低く、誇れるほどのものではない。
だが、オーウェンはその語呂のせいで、すっかりあだ名のようになっていた。
「それを言ったら、嫌がるからやめてあげて欲しいな……」
頬を撫でる冷たい空気が、少し和らいできたように感じた。
二人は顔を見合わせると、何事もなかったように歩き出した。
お読みいただきありがとうございます。もし気に入っていただけましたら★やブックマーク、コメントいただけると励みになります




