クリスマスの訪問者
毎年クリスマスの日は、家族が全員出かけてしまう。
僕はそれでも構わなかった。
幼馴染の柊と、公園で遊ぶ約束をしていたから。
柊とは幼稚園以前からの友達で、ご近所さんだ。
僕らが中学生になった今年、クラスメイトからクリスマスパーティに誘われた。
自分たちで企画し、ちょっと大人な催し物をするらしい。
浮き立つクラスの雰囲気を学区が分かれてしまった柊に話すと「で、今年はそのクリスマスパーティに行っちゃうんだ」と膨れてしまったので慌てて言い訳する。
「僕は行かないよ」
「ふぅん……でも、気になる女の子とかいるんじゃないの?」
「いないよ、別に」
「ほんとかなあ」
じとっと僕を見上げる視線に苦笑いを返す。
クラスの女子に影でこそこそ「幽霊さん」などと呼ばれているということは、柊には黙っておいた。
僕はこれまで通り穏やかに過ごしたいだけだ。
そう思っているうちになんとなく日は過ぎて、あっという間にクリスマス当日になった。
僕は熱を出して寝込んでいた。
それでも家族は今年も出かけていく。
「夕方には帰るから、ゆっくり寝ていなさいね」
母が窓辺の一輪挿しを赤い実のついた葉に替え、ついでに窓を閉めて出ていく。その背中をなんとなく見送った。
布団から出た顔は熱く、思考が霞んでいく……
チクタクと時を刻む時計をなんとなく眺めているうちに、瞼が重くなっていった。
ふと目を覚ます。
今、何時だろうか。
相変わらず時計はチクチクと秒を刻んでいるが、窓から差し込む光は大して変わらないように思える。
見上げるたレースカーテンの向こうに、うっすらと人影があった。
ああ、柊だ。
「迎えに来たよ」
聞きなれた声にほっとして、裸足で床に降り立つ。
僕は窓に駆け寄った。ちょうどその時。
――ピンポーン
チャイムが鳴り、僕ははっとして振り向く。
ドアの向こう、玄関からだ。
「こんちはー!」
「あれえ、いないのかな?自転車あったけどなあ」
「遊びに行ってるんじゃない?彼女とさあ」
廊下に顔を出すと、玄関扉の向こうで複数の人の声がする。
熱で火照った足に、フローリングがひんやりと冷たい。
誰かが面白半分にチャイムを連打する。
――ああもう、うるさいな。
仕方なく僕は一歩一歩長い廊下を進む。
がちゃり。
鍵を開ける音で、ドアの向こう側が静まった。
そっと扉を開けると、制服姿のクラスメイトが数人立っていた。
「あ、やっぱいたじゃん!」
一人が隣の女生徒に肘鉄する。
「うわ風邪引いてたん?マジごめーん」
「寝てたか?今日クリスマスパーティでさ、プレゼント交換のお前の分持ってきた」
ぶっきらぼうに突き出される、近所のショッピングセンターの紙袋。
「いや、今ちょうど起きてたからいい……」
「ほんと調子悪そうだなあ」
「邪魔してごめんねっ!」
「あ、治ったら初詣とかさ」
手を合わせて拝む女子と、ぺらぺらよくしゃべる女子。
話が続きそうな気配を男子が手で遮る。
「ばか、そういうの今度にしろよ。……また電話するから」
「おう。……ありがとな」
「いいって」
そういえば名前はなんて言ったっけ?
ひらひらと手を振って踵を返す後ろ姿に、女子たちも続く。
「お大事にねー!」
「またねー!」
階段に消えていくクラスメイト達にぺこりと頭を下げて、玄関に引っ込む。
短いやり取りだったのに、どっとつかれたようで玄関マットの上に座り込んだ。
部屋はだいぶ遠く感じられる。
這うようにして台所まで行き、水を一杯飲むと頭の靄がすうっと引くような心地がした。
少しすっきりして部屋に帰ると、風にレースカーテンがはためいていた。
窓枠の向こうに幼馴染の姿は、もうなかった。
ひと眠りすると、だいぶ熱は下がったようだった。
体を起こすと、机の上に放り出したままの紙袋から緑がのぞいているのが見える。
開けてみると、プレゼントらしき包みの他に色紙と小さなブーケが入っていた。
『Merry Christmas!はやくよくなってね クラス一同』
『クリスマスリースを分けてミニブーケにしたよ!おうちで楽しんでね♪』
『電話出ろよ』
色紙にはよく知らないクラスメイトからの寄せ書きが溢れている。
ブーケはこのままより、母が置いていった一輪挿しみたいに水につけたほうがいいだろうか。
スリッパをつっかけ、洗面所に向かう。
出がけに家族が慌てていたのか、洗面所はちょっと荒れていた。
くしゃくしゃのタオルや投げ出された整髪剤にブラシ……
タオルを放り込もうとした洗濯機の上にも菓子屋の紙袋が倒れていて、封筒やら領収書がはみ出している。
その中に、畳まれた1枚の紙があった。
特に何も考えずにそれを手に取る。
粗くかすれた独特の印字は、FAXのものだ。
……法事の案内だった。
『――このたび下記日程にて亡長男 立花 柊の三回忌法要を営むことになりました。
つきましては……』
故人の名前は……幼馴染のものだ。
幼稚園の時からいつも近所の公園で遊んでいる、親友。
ぐしゃりとFAXを握りつぶす。
気が付くと、手の中でブーケがFAX用紙と一緒にくしゃくしゃになっていた。
クリスマスらしく、柊の葉で縁どられた赤と緑のシンプルな花束だった。
ちくちくと現実の痛みが指を刺す。
ぼんやりとしたまま部屋に戻ると、窓の向こうは昼下がりの淡い空色だった。
空色の他には、なにもない。
この部屋は、マンションの7階にあった。周りに視界を遮るものはない。
ひらひらと窓枠の周りをレースのカーテンが揺れているだけだった。
机の引き出しを開けると、幼馴染と交わしたたくさんの手紙がそこにあった。
ただ、それは2年前の日付けで途切れていた。
一番上には、クリスマスカード。
「ずっといっしょにあそんでね」の文字が、滲んでいく。
そうだ……今日は柊の命日だった。
お題:クリスマス/柊(魔除け)
【解説】
主人公の中学生は普段は普通に過ごしているけど、数年前に亡くなった近所の幼馴染の死だけ受け入れられずに、いつも公園でずっと空想の幼馴染と遊んでいる。
精神状態が不安定で学校には登校できない日も多いため、クラスでは「幽霊部員」のノリで「幽霊さん」と呼ぶ子たちもいる。
クラスメイトの目からは「存在しない幼馴染」と会話する姿を目撃されたりもしていて、小学校からの友人以外からは腫れもの扱い。
家族も配慮して幼馴染の話題には触れないでいる。
父親同士が同じ会社の同僚(あるいは遠縁)で家族ぐるみの付き合いであったため、法事などには家族で参列している。
幼馴染は、クリスマスの日に主人公が公園で待っているからと出かけて行った際に交通事故で亡くなった。
主人公は中学に入り人間関係が変わったことで現実を受け入れ始めているが、痛みを忘れ始めた自分を責める気持ちが幻影となって迷わせる。
また、インフルエンザのような感染症で高熱になったことも幻影が強まった原因のひとつだったかもしれない。
主人公が現実を認識するきっかけになったFAX用紙は、故意に置かれたものではなく母親のミス。
法事の正式なお知らせは葉書で来ておりそちらは持って出たが、最初に連絡で回ってきたFAX用紙だけ出発時のあわただしさでうっかり置き忘れてしまったようだ。




