第15話 シャーグラス
うわ……。こうやって目の前で見ると、シャーグラスのキレイさってハンパねえな。溜め息でちゃうよ。いや、もちろんひのまるだってすげえ可愛いんだけど……。
そう、ひのまるの「可愛さ」に対し、シャーグラスは「綺麗」なんだよ。全身はブルーの濃淡の毛皮で覆われてて、尻尾と耳の先はキラキラの氷。充分な明るさのない洞窟の中にいても、そこだけぼんやり発光してるようなオーラ。ひのまるの顔はどっちかというと丸型だけど、シャーグラスはちょっとキツネみたいに尖ってる。そのせいか、すごく大人っぽく見えるんだ。猫型のモンスターを前にして、年上のキレイなお姉さんをイメージしちゃうって、俺ってちょっとヤバいヤツかな?
けっこうなダメージを負ったひのまるには「炎」専用の回復薬をのませ、シャーグラスの身体を清潔なタオルで包んだ。「失礼します」ってひと言添えるのも忘れなかった。
本当なら、シャーグラスにも回復薬を飲ませてあげたいけど、この世界のモンスター用の薬は属性ごとに調合されてて、炎専用の薬は、炎以外の属性モンスターには効果がないらしい。それでも、氷属性のモンスターは身体を温めない方がいいと思って、シャーグラスの綺麗なブルーの毛皮に付いた泥を丁寧に拭って、すぐにタオルを外してやった。
シャーグラスはお世話されるのは当然っていう感じでじっとしてて、やっぱこいつは女王なんだと思ったね。足元に跪いて身体を拭いてる俺を心なしかドヤ顔で見下ろすと、シャーグラスはぷるんと顔を振って、嬉しそうにヒゲをピンと伸ばした。
『モンスター情報を更新しました!』
バッグからみゅうが勝手に飛び出したと思ったら、画面にモンスター図鑑が現れた。一度出会ったモンスターは、みゅうが自動的に登録・更新してくれるチート仕様らしい。
だったら、買ったばっかの書籍版『モンスター図鑑』に載ってることも読み込んでくれりゃいいのに、そこまでうまくは出来てないみてぇだ。
QRコードを読み込んでデータ移行ってワケにはいかねえのかな? つーかさ、この胡散臭せぇ書籍版『モンスター図鑑』て、特にいらなかったんじゃねえの? みゅうが全部カバーしてくれそうな気がするんだけど、やっぱり紙の本て必要なのかな?
三人でみゅうをのぞき込んだら、シャーグラスのページが完成してた。
『氷属性ではトップクラスの攻撃力を誇るが、プライドが高く、パートナーの力量が見合わなければ、指示に従わないこともある。耳の先が短いとオス、長い方がメス』
ちょっと待ってくれ……。4980円のモンスター図鑑によると、シャーグラスの性格は温厚なんじゃなかったっけ? いや、性格が温厚っていうのとプライドの高さはまた別の話だけどさ、でもそれがシャーグラスの中で共存してんのか……。ますますこの図鑑、胡散臭せえ。
で、俺たち三人は、改めてシャーグラスを至近距離で見つめ倒した。耳の先はすうっと長く、美しいラインで伸びている。バトル中もプライドが高そうな性格がチラチラうかがえて、きっとそうなんじゃねぇかって思ってたけど、メスで間違いねえよな、なぁ、俺の氷の女王様。
「先に性別がわかってた方が、名前をつけやすいものね」
ユイはシャーグラスと仲良くなりたいらしくて、そばに屈んで頭を撫でようと手を伸ばした。そしたら、シャーグラスはつーんとそっぽを向いてユイから離れた。
やっぱこいつら似てるわ。そっくりじゃん。似た者同士って、特に女同士だからなのか、互いに牽制しあってるようで見てて可笑しい。でも、ユイが不満そうな目を向けてきたんで、俺は思わずゾッとしたね。
あの、も、もしかしたらさ、二人の女子の間に入って、どっちのご機嫌も取らなきゃならないのかな? 俺が。そういうの、すっごくイヤなんだけど……。いや、逆にプライドの高いふたりだから、俺を取り合うみたいな展開にはならねえよな? な?
気を取り直して、俺は四條さんの方に向き直って、マルゲに言った。
「マルゲ、助かったよ。ありがとな!」
マルゲのでかさで、こんな高さのない洞窟の中で技を放つなんて、きっと窮屈だっただろ。四條さんの手のひらに吸い込まれていくマルゲの背中が、なんだかほっとしたように見えたのは気のせいかな? そうだ、俺ってマルゲの攻撃をくらってたんじゃねえか。
「うおー、痛てえー。利き腕じゃなくて本当によかったぜ」
目的の水晶がどれだけの値段で売れるかにもよるけど、この洞窟から外に出たら、きっとまた似顔絵やその他のリクエストに応えて絵を描いて稼ぐ毎日に戻るだろう。商売道具である手が傷ついたら、俺は他に金を稼ぐ能力なんかねえぞ。
けどひのまるは、バトルが好きらしいな。あのやる気のみなぎったキラキラした眼は本当にかわいい。だから似顔絵描きのそばに置いて、客を飽きさせないためのマスコット的な存在にするのはマジで申し訳ねぇと思ってる。せめて数千円の賞金が保証されてるんなら、人とのバトルも楽しいのかもしれねえけど、三百円程度の賞金じゃなぁ……。
「カズマくんも、消毒して包帯を巻いておきましょう。何かで固定した方が良さそうですが、添え木になるようなものは……」
四條さんは、マルゲの技を喰らった俺の左腕を取って、怪我を確認してくれた。そうか、四條さんはマルゲの攻撃で負った怪我には詳しいんだな。今までにも、対戦相手の怪我を見てあげたことがあるのかもしれない。
腰を屈めて足元の暗い地面を見回して、そばに落ちてた木片を拾い上げてた。
「これがちょうど良さそうですね。……ん? これは薪ですね。誰かがここで火を焚いたようです」
マルゲの攻撃がかすった部分の皮膚は、どす黒い紫色に腫れてた。骨がいっちゃってるかも? ってくらいの痛みで目が眩みそうだったけど、みんなに心配かけたくはねえし、四條さんがわりと的確な処置をしてくれたみたいでちょっと和らいだ。
ここに入る前の準備として、三人でそれぞれ金を稼いで必要なものを用意するために買い出しにいったとき、モンスターとヒトの食料や、モンスターの回復剤はもちろんだけど、まだ脚の怪我が完治してなかった俺は、ユイに内緒でヒト用の医薬品も揃えておいた。俺じゃなくても、いつ誰が怪我するかわかんねえしな。
本当は俺だって早くちゃんと治療してえよ。脚だってまだかなり痛てえし、ロクに消毒もできなかったから、ちょっと炎症を起こしてるっぽい。傷口から入ったばい菌でそこが腐って、気づいたら患部から先がポロっと落ちた……なんてことになったらシャレにならねえじゃん。腐った部分が広がって、少しずつ俺自体が減ってったとしても、すでに死んでるからな。どんなに痛くても辛くても、この世界でもう一回死ぬこともできないらしいし、ゾンビになるのはゴメンだぜ。ったく、胡散臭せえモンスター図鑑なんかより、ニンゲンがここで暮らすためのマニュアルの方がほしいくらいだよ。
「これでいくらかはラクになるはずです。ひのまるの時といい、マルゲリータのせいですみません……」
丁寧に処置してくれた四條さんは、申し訳なさそうに顔を伏せた。
「なんで四條さんが謝ってるんですか! 四條さんとマルゲがいなかったら、みんなどうなってたかわかりません。紅蓮地獄並みの寒さだったんすからね。仲間の判断に文句ないですよ」
切羽詰まった状況だったとはいえ、ひと声かけてからマルゲを出してほしくはあったかな、と思ったけど、自己肯定感の低い四條さんがまた落ち込んじゃったら気の毒だしな。俺は感謝の気持ちを込めて、四條さんのスーツの肩をそっと撫でたよ。
「ねぇ、そろそろお昼にしよう。ひのまるとリンリンもお腹すいたでしょ」
ユイがぱんぱんと手を叩いて提案した。元気いっぱいのひのまるとリンリンは、モンスターフードを食べてご機嫌だ。でもシャーグラスはというと……、紙皿の上に盛られたフードを見下ろしたまま口を付ける気配もなく、じっと動かない。
ずっと野生だったシャーグラスは、こういう「ペットフード」のようなものを見るのも初めてなんだろうな。それに気づいたひのまるが、シャーグラスに自分が食べてる皿を差し出した。シャーグラスの前に置いたのと、もちろん中身は同じだ。けど、ひのまるは「美味しいよ」と伝えたかったらしい。
「にゃっ」
「にゃう」
二人にしか通じない言葉で会話をしてから、シャーグラスがフードに口をつけた。
ちょっと前まで熱いバトルをしてた二人が、すぐに打ち解けてくれてよかった。こうして並んでるところを見ると、二人とも猫タイプのモンスターらしい外見で、きっと親戚っていうか系統的には同じなんじゃないかと思う。あぁ、紙のモンスター図鑑には書いてあんのかな?
俺たちは、すでにチーム感が漂ってるひのまるとシャーグラスを少し離れた場所から見守りつつ、ぼそぼそする袋入りの菓子パンをかじった。焼きたてパン食いてえ。
「四條さん、さっきの焚き火の人たちって、先に行ったならギュレーシィ倒して水晶も根こそぎ持ってっちゃったりしてないですかね? 転売ヤーだったりして」
俺は添え木を当てられた左腕を庇いながら、気になってたことを訊いてみた。
「あぁ、そう言えばそうですn……」
「なによ、その話! あたし聞いてないんだけど!」
四條さんが答えようとしたのに、被せ気味で憤るユイ。仲間外れにされたみたいで悔しかったのか、鼻息も荒く真っ赤になってる。
「や、ユイ、今から言おうとしたんだって。だからさっきな……」
俺は、四條さんに手当てしてもらった時に見た、焚き火の跡のことをユイに話した。ユイは菓子パンを右手に持ちながら腕組みして、うーん、って唸ってる。
「先を越されるなんて、そんな間抜けなことはイヤ! 大丈夫よ。水晶目当てで入洞するのは、一度に一グループって決まってるから、あとはただの観光客よ」
自信たっぷりにユイは言うけど、俺はちょっとイヤな感じがするんだよな。具体的に何がどうって言えねえけどさ……。ま、ギュレーシィのところに着いてみればわかるか。
シャーグラスと一緒に洞窟を進んでいくと、他のモンスターたちは一切襲ってこなかった。こいつ、本当に洞窟の女王様だったんだな。てことは、シャーグラスが俺たちと出ていったら、ここの秩序ってどうなるんだ? 小さいモンスターたちをまとめるシャーグラスがいなくなったら、残った奴らだけで大丈夫なのかな?
歩いてるうちに地形がいくらか緩やかになって、昨日よりずいぶん慣れてきた俺たちは、かなり奥まで進んだらしい。洞窟内の壁面や鍾乳石を観察するくらいの余裕がでてきた。そろそろ寝る場所を決めなきゃならない。昨日と同じく、地面が平らで見通しのいい場所を見つけて、そこに荷物を下ろした。
晩メシ用の菓子パンを出して、缶入りの牛乳で流し込む。ひのまるたちにも栄養たっぷりのおやつをあげて、今までのおさらいをした。みゅうによると、明日はあと三キロも歩けば目的地にたどり着けるらしい。目的地とは、つまり水晶のある場所。ギュレーシィの棲み処だ。
「ひのまる、……シャーグラス、明日もよろしくな」
二人におやすみを言う時になって、俺はまだシャーグラスに名前をつけてないことを思い出した。いや、知ってたんだけど、このプライドの高い女王様はどんな名前ならお気に召してくれんのかと思うと、あれこれ考えてる余裕がなくなってくる。
ねえ、シャーグラス、お前は俺になんて呼ばれたい?
透明な深いブルーの瞳で俺をじっと見つめてから、シャーグラスは「きゅん」と鼻を鳴らした。寝袋の中では、すでにひのまるが可愛い寝息をたててる。シャーグラスは、俺が伸ばした指先に頬を擦りつけてくれた。これって、普通の猫だったら親愛の証みたいなもんだよな? 俺は嬉しくて、シャーグラスの頭を撫でた。とびきり美人な女王様は、クルルと喉を鳴らして、俺の左腕の添え木に頭をそっと載せて目を閉じた。
同じ白い服を着けた教団員を三人従え、大きな荷物を彼らに持たせた女は、鼻歌を歌いながら洞窟内を進んでいる。足元に数匹、瀕死の状態でピピスが転がっているのに気づくと、女は眉をひそめて顔を歪めた。
「汚らしいわね」
弱々しく黒い羽を蠢かせているピピスを踏みつけ、靴裏を地面に擦りつけるようにしてから、その女・アインは何事もなかったようにそこを通りすぎた。
事前の情報通り、洞窟内には目当てのモンスターはいないようだ。さっき逃した大型の猫は惜しかった。手懐けて戦わせるか、高値で売れただろうにと、アインは小さく舌打ちをする。
「あれね。まーあ、ご丁寧に守ってくれちゃって」
アインが目線で示すと、三人の教団員は水晶の山を背にしたギュレーシィの前に駆け出す。それぞれが手のひらを上に向け、一斉にモンスターを呼び出す。そして不気味なほど静かにギュレーシィに総攻撃を仕掛けた。
後ろで見ていたアインは、疲れて動きが鈍ったギュレーシィの前にミニュルを登場させる。禍々しくも美しいミニュルの姿に、三人の部下はギュレーシィ捕獲の準備を進めようとしていた。




