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第14話 氷の女王様

 図鑑で名前を憶えたばっかのイシグラーとイワグラー。その数およそ二百以上が、いまにも飛びかかってきそうな顔で俺たちを睨みつけてるんだけど……。えっ、俺たちお前らになんかしたっけ? それともなんだ、あのシャーグラスってこのあたりの石ころ軍団を仕切ってんのか? 

 ころころ転がって、どんどん増える増える。俺たちの周りを囲む石ころ軍団は、デカいイシグラーの隙間を埋めるように小さいイシグラーがびっしり詰まって、例えるなら酸欠ライブ状態のグラウンドをステージから見下ろしてる感じ。


 こいつらの間を突破してシャーグラスの近くに行くのは厳しいだろな。どうするかって考えてるうちに、うおぉーい、マジか! 大小のイシグラーたちが「イシ―ッ! イシーッ!」って気持ち悪い声でショッカーみてぇに鳴きながら、じりじりと距離を詰めてきやがった。


 小さいからまぁ、それほど強いモンスターじゃないんだとは思う。思うけどさ、それでも体当たりされたら、そりゃ痛てぇだろ。俺らの顔面に当たったら血が出るだろうし、目に当たったら下手すると失明だぞ。ひのまるは俊敏だから、自己判断で避けられるとしても、そうだ、リンリンに当たって翅が破れたら大変だ。


「ユイ、まずリンリンをしまえ」

「あたしに命令しないでよ! それに、リンリンはそんなヤワじゃないわ!」


 あー、もう、めんどくせぇ! せめてリンリンだけでも守ろうと思ったの、ユイだって気づいてんだろうがよ。負けず嫌いもほどほどにしねぇと、守んなきゃならないもんも守れねぇぞ。


 霧が晴れて、視界が急にひらけた。それでも薄暗いことに変わりはねぇ。足元に押し寄せる石ころ軍団は、俺たちを囲いこんだことに満足してるような顔だ。イシグラーの後ろに迫ってるイワグラーは、企業のパーティーなんかでやる、鏡開きの日本酒くらいのデカさ。マジで岩だな。あれがローリングストーンしてきたら、巻き込まれてぺちゃんこになりそうだぜ。


 で、これどうすりゃいいの? だってさ、せっかく霧が晴れたからシャーグラスの姿を探したのに、さっきの位置よりも数メートルは遠ざかってる。「この石ころを倒したら相手してやる」ってことかよ? ふざけんなよ、って思いながらひのまるを見たら、ひのまるも俺を見上げてて、目が合った俺たちは確かに頷き合った。

 やってやろうぜ、ひのまる。お前も痛い思いしたまんまで終われねぇよな?


「ひのまる、痛いか?」


 属性の相性はこっちが有利らしいけど、鋭利な手裏剣型の氷が刺さった部分からは血が滲んでる。かわしてたつらら攻撃だって、何度もかすってればそれなりのダメージは蓄積される。想像以上のひのまるの状態に、俺は弱気になりそうになった。だってよ、痛いのは俺じゃなくてひのまるだから。俺がひのまるの代わりに戦えるなら、そうしてぇよ。

 いや、俺がそんな弱気になってちゃダメだ。

 俺は自分でほっぺたをパンパンと叩いて、気合を入れ直した。


「っしゃあ、いくぞ!」


 ひのまるにこれ以上ダメージが加わらないよう、長引かせない。そんで、ユイとリンリンも俺が守る。


「ひのまる、石ころ全員にバーニングドロップだ!」

「リンリン、アロマシャワー!」


 さっき思いついたばっかの技名だけど、ひのまるは回転しながらそれを放った。リンリンは翅を大きくゆっくり羽ばたかせて、やわらかい風を起こす。それに乗った甘い香りの鱗粉が、石ころ軍団の上に振りまかれた。それを喰らったやつらの動きが格段に鈍くなって、これならいけそうか! と俺はつぎの攻撃を考えた。


「これで先制攻撃はされないはずよ。でも、気をつけて。イワグラーは不利な状況になると自爆するの。さっさと全部倒したいところよね……」


 セーラー服の袖口を噛んでるユイは、寒さで歯の根が合わない。それだけ俺に言うのに、奥歯が当たる音がガチガチ聞こえた。早く終わらせてぇ。


 シャーグラスはこの辺一帯の女王的存在で、いや、メスだっていう前提でな。汎用型のモンスターはすべて支配下においてるらしい。かの有名な魔法少女アニメに出てくる魔女、あれにもたくさんの手下がついてたけど、強さとは、賢さも兼ね備えてる者のことを言うんだって、バトルしてみて思ったね。


 ひのまるの攻撃は、ほぼ全部のイシグラーに当たったはずなのに、なんかあまりあいつらが弱った感じがしない。きっと属性の相性の問題なんだろな。じゃ、いっそのこと、後ろで余裕こいて観戦してるシャーグラスに直接ぶつけるか? いや、俺のところからひのまるの炎が届くまで、黙って待ってるワケねぇよな、あいつが。

 霧とか手下とか、自分は何もしないで俺たちが疲れるのを待ってんのかもな。いい性格してるぜ。

 ぼーっとしてたわけじゃないけど、後ろから地割れみたいな音がして俺ははっとした。実際、洞窟の地面が少しひび割れてる。え? ……なに、これ?


「カズマくん、ユイちゃん、左右に避けてください!」


 四條さんが後ろで叫んだ。突然のことで、ちょっと何言ってんのか聞き取れなかったけど、要約するとこうだ。


「カズマくん、ユイちゃん、左右に避けてください!」


 えぇっ? いきなりどゆこと? 一瞬だけ迷ったけど、俺やっぱ反射神経抜群だわ。ひのまるを抱き上げて左側の壁に向かって走り出して、ユイは反対方向に飛びすさった。

 七色の濁流が、石ころ軍団に襲いかかる。


「四條さん! マルゲ!」


 マルゲって、体長六メートルもあるんだぜ。こんな狭い洞窟の中で出しちゃうなんて、俺びっくりだよ。上半身っていうか前半身を立てて、後半身はそのまま地面につけた状態のマルゲは、ちょっと苦しそうで申し訳ない。それでも俺たちを助けるために出てきてくれたんだ、と思わず涙ぐんじゃったぜ。


 石ころ軍団は、段ボールでできた玉みたいに濁流の水を吸い込んだらしく、そこらじゅうでべっちょりになって重なり合ってる。なんだよ! こいつら軽い素材なのかよ!

 俺はそんな、腐った段ボールみてぇな石ころ軍団の横を通って、シャーグラスの前に立った。並んで歩くひのまるも、胸を張っててかっこいい。


 シャーグラスからは、焦りも怒りも感じなかった。まだ余裕があるんだろうな。これだけ美しいお前だもん、今までに来た人間から、捕獲目的でいきなり攻撃されたこともあったんだろうな。警戒心が強くなって当然だ。でも……。


「やっと顔を見られたよ、シャーグラス。容赦しねえからな」


 ここでシャーグラスが折れて、手のひらに入ってくれればいいな、と思ったけど、そんなうまくいくわけねぇのはわかってる。


 助走もなしで高く跳んだシャーグラスは凍り付く息を吐き、大きなつららをひのまる目がけで落としてきた。ひのまるは、いちいち俺が何も言わなくても、ちゃんとそれをかわして、炎の輪っかをいくつも吐いて繋ぎあわせて、その中にシャーグラスを閉じ込めた。


 『モンスター図鑑』、すべてのモンスターを網羅っていうなら、そのモンスターが使える技名も書いといてほしかったぜ。そうしたら、ひのまるに教えてから戦いに挑めたのに。情報が不十分なくせに、4980円もしたよね……。

 で、今チラっとシャーヴォルのページを見たら、書いてあんじゃん! 『バーニングドロップ』! さっきまでなかったよな? で、その後ろには『カズマ氏発見』って……。なにこれ? 紙の本なのにこんなのアリかよ! って、いちいちこんなことで驚いてちゃ異世界ではやってけねえってか。


 ひのまるがぶっ放す熱で、シャーグラスの耳としっぽの先が溶けはじめた。って、待てよ。ひのまるがマルゲと戦ったとき、シャーヴォルの首周りの炎は、水攻撃で全部消えたら死ぬってユイが言ってたよな? シャーグラスの氷も同じなんじゃねえのか? だったら、このままじゃあいつ死んじゃうじゃん! 頭のいいモンスターなんだろ、属性の相性的に不利な炎対策をしてないはずはねぇよな? だったらなんで? 


 シャーグラスが俺を真っ直ぐに見た。その瞳は、なんだか見たことがあるような表情だ。見たことあるなんてもんじゃねえ。今、毎日一緒にいるユイだ。ユイの気の強いところ、意地っ張りなところとそっくりな眼じゃねえか。

 わかったよ、シャーグラス。どうしても降参したくねえんだな。負けたくねえんだよな。でもさ、俺はどうしてもお前を仲間にしたいんだよ。取り越し苦労だとしても、お前を守らせてくれ。

 思うより先に、走り出してた。ひのまるとシャーグラス、どっちにももうダメージを負ってほしくない。だってお前ら、もうすぐ仲間になるんだぜ。


「えっ? あ、ぎゃあああ!」

「カズマくん!」


 電柱の根元をさらっていくような、そんなえげつない威力のマルゲの水技だ。タイミングが悪かった。急に走り出した俺の方にそれが放たれ、左腕をかすった。あぶねぇ。直撃だったら左半身を持ってかれたな……。

 でも、そのマルゲの水をかぶったおかげで囲ってた炎が消え、シャーグラスの耳としっぽの先は、また氷でキラキラ輝きだした。


 まだ戦える力は残ってるはずだ。けど、シャーグラスは目の前にいる俺を見ても逃げなかった。じっと俺と目を合わせて何か考えてるらしい。


「シャーグラス、俺たちと一緒に行こうぜ。洞窟を出て、色んなものを見に行こう」


 俺はぼろぼろになった左手を伸ばして、笑ってみせた。痛みで笑顔は引きつってるかもしれないけど、気持ちが伝わればそれでいい。いつもはうるさいユイも、何も言わずに後ろで見守ってる。


 あぁ、俺……生きてるうちにもっと本気で漫画と向き合えばよかったな。あれほど大好きだったのに、自分を認めさせる手段としか思ってなかったのかも。っていう気がしてきた。全然使ってもらえなくて辛かった気持ちも、ここでの苦労に比べたら屁みたいなもんだ。


 待ってる俺に、さっきの歌ってるみたいな高い声じゃなくて、シャーグラスは「にゃあ」と猫らしい声でひと声鳴いて、俺の左手に吸い込まれた。俺はそれが信じられなくて、ユイと四條さんの顔を交互に見て「あぁ」とか「うぅ」って言いながらオロオロ手のひらを見た。


「やったわ! カズマ、あんたシャーグラスに認められたのよ!」


 ユイに背中を叩かれる。俺たちは大はしゃぎで喜んで、抱き合って騒いだ。

 だけど俺は肋骨がミシミシ軋む音を聴いて、ユイが叩いた背中からキッツイ痛みがジンジン広がるのを感じてた。

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