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第13話 第二の猫耳

 すぐ横にあるでかい鍾乳石に冷たい霧が当たって、その冷気が襟元からひゅうって入ってきた。


「うあっ、寒みぃ!」


 さっきよりも気温が下がってきてるじゃねぇか。ひのまるは大丈夫か? 炎がゆらゆらしてんのは見えるけど、この寒さで戦いが長引いたら、ひのまるの体力が心配だよ。


 クソッ、鍾乳石が邪魔で前がよく見えねぇ。いや、前だけじゃねぇな。どこからあれが飛んでくるのか予測できない分、ヤツの気配を俺の野生の感覚で察知するしかねぇよ。んなこと言ったって、ひのまるの方がそういう能力は高いに決まってる。一度死んだ人間なんかより、モンスターの方がきっと、いやぜってー強い。けど俺は、苦戦してるひのまるの役に立ってやりてぇんだよ。


「ひのまる、左だ!」


 左の方向から、ひときわ冷たい空気が俺の顔を撫でた。これはきっと、勝ちを確信したヤツが余裕を見せつけてんだろう。「こっちだ」ってわざわざ教えてくれたんだよな? ……上等じゃねぇか。俺のひのまる舐めんなよ。


 ひのまるは元から賢いし、俺の言葉をよく理解してくれる。左から飛んできた重そうなつららを避けて、そっちに向けて豪快に炎を吐いた。

 でも、そうやって飛んできたつららを溶かしてるだけじゃ、ヤツを仲間にすることも、水晶のある場所を目指すこともできねぇのはわかってる。どうする? どうすればヤツをこの手のひらに迎えることができるんだ……?




 新しい寝袋は、ちょっとゴワゴワして気になったけど、俺とひのまるはぐっすり眠った。

 洞窟探検二日目の朝。真っ暗な洞窟の中じゃ、朝なのか夜なのかもわかんなくなりそうで、みゅうに最初から搭載されてる「時計」アプリで現在時刻を確認して、昨夜はアラームを八時にセットしてから寝た。「カズマのいびきがうるさくて、あんまり寝られなかった」ってユイはぷんぷんしてたけど、それってたぶん四條さんだよ。


 朝ごはんはおにぎりとカップスープ。キャンプ用のボンベに専用の五徳をセットしてお湯を沸かした。ひのまるたちにはモンスターフードだ。リュックからおにぎりを取り出した時、昨日の遭難してた人が激しくむせたことを思い出して、一瞬食うのをためらった。けど、賞味期限はすでに過ぎてる。フィルムをはずしてパリパリの海苔を巻き直し、それを頬張った。うん、やっぱ米はうまいわ。

 ゴミを残さないように片づけて、リュックを背負ってさぁ、出発だ。


 今日は水晶のあるところまで辿り着けるかな? ギュレーシィと戦う前に、なんとか強いモンスターを仲間にしたいよな、なんて話しながら歩いた。昨日と同じで四條さんが先頭で旗を持って、タブレットで進路を照らしながら歩いてたら、岩の上になんかいるじゃん!


『四條さん、あれ、何でしょう?』


 昨日のゲレーヴは残念だったけど、今度こそは一緒に旅をする仲間になってくれるかも? って、俺は期待に胸が高鳴って息苦しいほどだった。

 

 その時だ。いきなりガクンと気温が下がったような気がして、俺は一瞬、風邪でも引いたのかと思ったんだ。やべ。こんなとこで風邪引いたなんて言ったら、ユイに殺されかねねぇよ……。黙ってた方が吉だよなって、こっそり両腕をさすって身体を暖めようとした。

 そしたら四條さんがくしゃみして、ユイも「なんか寒くない?」って言いだして、あ、これは俺だけ寒気を感じてるんじゃなくて、本当に気温が低いんだな、と知った。

 その途端、猛吹雪っていえるほどの強風と雪が吹きつけてきた。

 えっ、なんで? ここ洞窟の中だろ! って辺りを見回して、四條さんにもう一度話しかけようとしたら、あのヒト図鑑を片手に、岩の上にいるモンスターにずんずん近づいてんじゃん!


 『すべてのモンスターを網羅!』なんて謳ってるモンスター図鑑だけどさ、ちょっと待てよ、洞窟に出るのはピピスとピピスン、イシグラーとイワグラー、ゲレーヴと、そしてギュレーシィのはずだったよな? 吹雪いちゃってるし、この距離じゃはっきり確認できるわけじゃねぇけど、あのシルエットってどう考えたってその六種類じゃないと思う。迂闊に近寄ったらあぶねぇよ、四條さん!


『四條さん、あぶないですよ! まず、みゅうを通して見てみましょう!』


 四條さんを呼び戻して、俺はみゅうの「双眼鏡」アプリで確認するように勧めた。まだ使い方をマスターしてないから、ユイに代わりにやってもらう。三人でみゅうをのぞき込んだら、そこにはひのまるに似た、猫耳で四つ脚っぽいモンスターらしき生きものが映った。


『かっ、かわいい!』


 猫モチーフ最高! 俺って自分で思ってた以上に猫好きだったんだな。いや、本物の猫じゃないんだけど、猫っぽい姿のモンスターにはどうしようもなく惹かれるわ。あの子めっちゃ欲しいわぁ。


 ギュレーシィと戦って勝たなきゃ、高額で売れる水晶を手に入れることができないなら、やっぱひのまるの他にもモンスターがいた方がいい。それを差し引いても、俺はどうしてもあいつが欲しい! ひのまると並んで立ったら、可愛くてかっこよくて堪らないだろう。


『ありました。これですね、「シャーグラス」。……あぁ、なるほど。猫のようで可愛らしいですね。全体的に青ベースの身体で、耳の先と尾の先は、透明な氷です。首のうしろから尾の付け根まで、背中を一直線に透明感のあるブルーのラインが入っていて、手先と足先もブーツを履いたように濃い水色になっています。属性は氷で、性格は温厚。襲ってくることはないが、とても知能が高く、捕獲は難しいとのことです。「シャー」で始まる名前ということは、ひのまるの「シャーヴォル」と親戚か何かでしょうかね。ちなみにシャーグラスの棲息地は雪山で、洞窟にはいないはずのモンスターなんですが……』


 図鑑を読みながらシャーグラスの説明をしてくれた四條さんは、言い終わると同時に豪快なくしゃみをした。鼻水がちょちょぎれたらしく、スーツのポケットから出したハンカチで鼻を押さえてから、寒そうに首をすくめて腕をさすってる。


『なぁユイ、もしかしてシャーグラスを倒すか捕獲するかしないと、この吹雪って治まらないんじゃあ……?』


 俺も洟を垂らしながらユイに訊いた。ユイも鼻の頭を真っ赤にして、ついでにミニスカから出た膝小僧も真っ赤っかだ。よくいるJKみてえに、スカートの下にジャージ穿けよ、って言ってやりたいくらいだぜ。


『これはシャーグラスの牽制よ。つまり、お前の力を見せろって言ってるのね。上等じゃない。カズマ、戦って勝って、仲間にするわよ』


 ユイは鼻息も荒くって感じで、寒さに震えてはいるがやる気満々だ。俺も四條さんも震えが止まらなくなってきて、歯をガチガチ鳴らしながら頷いた。そんな俺たちを見て、ひのまるは首の炎を大きく燃やしてくれた。焚き火に当たってるような気になって、三人で手のひらをそこに向けて暖まった。


 それからひのまるを中心にしてみんなで顔を見合わせ、気合を入れた。煽ってきやがったシャーグラスを、あんまり待たせるのもかっこ悪りいからな。俺は両手で自分の顔をぴしゃっと叩いてから姿勢を正して、ひのまるの頭を撫でる。もしキャップを被ってたら、つばを持ってそれをぐいっと後ろに向ける、あの主人公みたいな感じだな。


 いざ、出陣! ひのまると並んで雄々しく歩き出す俺は、もう寒さを忘れてた。シャーグラスが待つ岩に向かって、ゆっくり近づく。


『俺はカズマ。パートナーはシャーヴォルのひのまるだ。シャーグラス、俺たちの仲間になってくれ』


 昨日、ゲレーヴに言ったように、まず俺の名前と要求を伝えた。それから左手をひらいて、シャーグラスの方へ向ける。近くで見たら、やっぱり猫みたいですっげぇ可愛い。頼む、吸い込まれてくれ! 


 強烈に念じた俺の想いが鬱陶しかったのか、優雅な動きで俺とひのまるの前に降り立つと、シャーグラスはいきなり雪玉を投げつけてきた。ひのまるが火を吐いて、それは一瞬で溶けたけど、冷たく拒絶されたみてえな気がして、俺はけっこう傷ついた。だからって感情的になるのも大人げないとは思ったけど、ひのまるに対してその態度はねぇだろ、ってちょっとカッとなったのは確か。


『ああ、そうかよ。戦いたくはなかったけど、そっちがその気ならしょうがねえな』


 ひのまるは背中を少し丸めて臨戦態勢をとった。属性の相性を考えたら、こっちが断然有利なはずだ。だからってそれで油断したら、戦ってくれるひのまるに申し訳ない。状況を良く見て冷静に、判断を誤らずシャーグラスに認めてもらうこと。俺の仲間になってもいいと、そう思ってもらうことが最優先だ。


『ひのまる、行くぞ!』


 野生のモンスターとの初めてのバトルだ。技を出すタイミングのほかに、ここの地形や温度、湿度なんかも勝敗に影響するだろう。いつからここにいるのか知らねぇが、もしここで暮らしてるんだとしたら、シャーグラスが戦いやすいのは確かだ。


 ひのまるのダメージを最小限に抑えつつ、シャーグラスに勝つにはどうすればいいか、じりじりしながら俺が考えてたら、シャーグラスはガラスみたいに透明感のある声で啼いて、白い霧を出しながらその中に姿を隠した。


 おいおい、地の利を得てるくせに隠れなくたっていいだろうがよ。これじゃますますひのまるが不利になっちまうじゃねぇか。


『ひのまる、どこから来るかわかんねぇからな、気をつけようぜ』

『にゃっ!』


 ひのまるはヒゲをぴんと立てて、耳もレーダーのように動かして警戒する。それなのに、そのひのまるの脇腹に、いきなり飛んできた手裏剣型の氷が刺さった。


『ひのまる! 大丈夫か!』


 突然の攻撃にひのまるは倒れたが、すぐに起き上がって首をぷるんと振った。その目には怒りの色が燃えてる。舐められたようでムカつくよなぁ、ひのまる。

 氷が飛んできたと思われる方向に、ひのまるはバーニングドロップ(いま思いついた、炎の粒の技名だ)を飛ばしたが、シャーグラスはすでに移動したらしく、それは白い視界の中で燃え尽きた。




 俺たちの視界は、シャーグラスが張り巡らせる冷たい霧に覆われて、どんどん悪くなっていった。

 近くにいるはずのひのまるが見えない。さっきまでは霧の中でも炎がゆらゆら見えてたのに。


「ひのまる! ひのまる!」


 俺は焦って叫んだ。


「んにゃーっ!」


 ひのまるの声が近くから聞こえてきて、少しは安心できた俺は、打開策を考え始めた。まずこの霧をなんとかしよう。霧さえ晴れれば、シャーグラスの姿をとらえることができる。あいつがどこにいるのかわからず、当てずっぽうでバーニングドロップを吐き続けても、ひのまるの体力が失われるだけだ。なんとか霧を吹き飛ばせれば……。


 そうだ! 風を起こすならあいつがいるじゃねえか!


 後ろから、俺ごと飛ばされるんじゃねえかっていうくらいの追い風が吹いた。俺は口の端をニィッと上げて不敵に笑ったね。


「フッフッフッ。隠れてるばっかじゃつまんねえよ! 俺のひのまるに勝てると思うんなら、正々堂々勝負しようぜ」

「二対一みたいで、ちょっと心が痛むけどね」


 言いながら、フン、とユイが横を向いた。お前って、なんでいつもわかりやすい態度なんだろう。でも、ありがとな、ユイ、リンリン。


 さて、シャーグラスちゃんは手が届きそうなところにいるじゃんか。ひのまるとの距離を詰めながら、あの透明な声で歌うように啼いてる。

 そしたらね、あたりに転がってたイシグラーとイワグラーが集まってきて、俺ら囲まれちゃったよ。えっ、なにこれ……。俺たちこれからフルボッコですか……?

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