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大空の第三者 〜八咫烏が辿る、関西80年の銀翼の記憶〜  作者: velvetcondor guild


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黒羽ノ介 ― 新しい役目

(語り部:黒羽ノ介)


空の声が“静かに”なった日

蒼生が初めて空の悲鳴を聞き届け、一機の旅客機を無事に地上へと救い出した、あの劇的な覚醒の翌朝のことや。わしはいつものように漆黒の羽を広げ、早朝の瑞々しい光に満ちた伊丹の上空をひとり、悠々と飛び回っとった。


しかし――いつもならわしの五感に否応なしになだれ込んでくる、空の気性のざわめきや、大気の微細な愚痴が、この日は妙なほどに、凪のように静かやったんや。


暴れることを忘れ、滑走路を優しく愛撫するように吹く穏やかな風


どこまでも高く、関西の地を誇らしげに見下ろす群青の天の器


濁りひとつなく、水平線の彼方まで見通せる澄み切った空気


わしの存在を恐れることもなく、楽しげに歌うように舞う鳥たちの声


それはな、寂しいくらいに心地よい静寂やった。大空が、その巨大な意思を持って、わしの脳裏に直接こう囁きかけてきているようやった。


『黒羽ノ介よ、私の古い友よ。……もう、あんた一人だけに無理をさせて、地上の人間に声を届けさせんでも、ええんやで。』


わしは激しく胸を締め付けられ、風の中で一瞬、不器用に羽を震わせることしかできんかった。


陽斗と蒼生が“空の言葉”を共有していた

不思議に思いながら整備場の屋根に舞い降り、格納庫の隙間から下を覗き込んで、わしは合点がいった。


そこでは、森川の工具箱を受け継いだ陽斗と、あの覚醒を経た蒼生が、並んで滑走路の先を見つめながら、まるで今日の夕飯の算段でもするかのように、ごく自然に「空の言葉」を共有し、語り合っとったんや。


蒼生


「先輩、見てください。今日の伊丹の空、なんだか昨日と違って、すごく身体が軽そうですね。」


陽斗


「せやな。夜の間にすっかり機嫌が直ったみたいや。今日の風は、飛行機の翼の下に入り込んで『一緒に遊びたい』言うてはしゃいどるわ。おい蒼生、フラップの調整、いつもよりほんの少し細やかにしたれよ。」


二人が交わすその温かい会話はな、かつて地上に誰も耳を傾ける者がいなかった頃、わしと空だけが天の最高峰でひっそりと交わしとった、あの愛おしい対話そのものやった。


わしは梁の上で、言葉を失ってその光景をじっと見つめとった。


「……ああ、そうか。わしが命をかけて繋いできた空の言葉は、もう、わしの手を借りずとも、当たり前に人間の心へと届くようになったんやな。」


黒羽ノ介、自分の“役目の終わり”を悟る

夕暮れ時、オレンジ色に染まる千里川の土手の上空で、わしは一本の古い電柱のてっぺんに静かに羽を休めた。


「わしは……。もう、空の声を人間に『伝える』ための、孤独なメッセンジャー(使い)でおる必要は、なくなったんやな。」


陽斗が風の流れを的確に読み、蒼生が空の痛みを我がことのように感じ取り、森川が遺した職人の誇りが格納庫を包み、そして何より、地上の街が、空を消すのではなく「二つの空」と共に生きる道を選んだ。


空は、完全に呪縛を解き放たれ、人間と共に歩む新時代へと足を踏み入れたんや。


「わしは、神話の時代と人間の時代を繋ぐ、ただの『橋渡し』やったんや。あの子たちが立派になったなら、わしの役目は……ここで終わりやな。」


わしは静かに目を閉じ、いつかこの地を去る己の運命を受け入れようとしとった。


しかし空は、黒羽ノ介に“別の役目”を告げる

そのときや。夕焼けの赤紫色のグラデーションの奥底から、摂津の山々も大阪湾の荒波も丸ごと震わせるような、大いなる空の、優しくも峻厳たる地鳴りのような声が響き渡った。


『何を勝手に終わろうとしとるんや、黒羽ノ介。あんたの役目は、まだまだ終わってへん。いや、むしろここからが本番やで。』


わしは驚いて漆黒の目を大きく見開いた。空の声は、笑うように風を巻いて続けた。


『陽斗と蒼生はな、今の私の声を聞くことはできる。せやけど――私がかつてどれほど人間に傷つけられ、血の涙を流し、そして人間たちの情熱によってどう生まれ変わってきたか……その「歴史」のすべてを知っとるのは、地上でたった一羽、あんただけや。』


わしは息を呑み、己の胸の羽毛を強く掴んだ。


「歴史……? わしが、見てきた記憶……?」



『そうや。陸の空が背負った公害の痛みも、海の空が2兆5000億もの富と共に洋上へ誕生したあの奇跡も、二つの空が手を取り合った神話の転換も、あんたは全部特等席で見てきたはずや。その大いなる記憶のすべてを……今度は、次の世代の子供たちに “語り継ぐ” んや。』


わしは全身の羽を、言葉にならない激しい感動で震わせた。


黒羽ノ介、“語り部”から“記憶の守り手”へ

わしはこれまで長い間、ただ天の声をその都度人間に伝えるだけの「受話器」のような役目を担ってきた。


しかし、これからは違う。役割が変わるんや。


「わしは……空の声を右から左へ流す使いやない。これからは、この空が歩んだ激動の、愛おしき『記憶の守り手(歴史書)』になるんやな。」


空は、夕闇のなかに一番星をちりばめながら、どこまでも優しく囁いた。


『そうや。あんたは、生きた「空の歴史書」や。陽斗や蒼生が、いつか人間の都合の波に飲まれて迷いそうになったとき、あるいは関空と伊丹が再び宿命に揺れたとき、道を示す道標になってやるんや。あんたにしかできん、最高の役目やろ?』


わしは天を仰ぎ、誇り高く、漆黒の嘴を鳴らして静かに頷いた。


「応よ。その役目、この黒羽ノ介、命に代えても引き受けたわ!」


陽斗と蒼生に“新しい役目”を告げる

夜の帳がすっかり降臨した伊丹の整備場。点検作業の合間に、冷えた缶コーヒーを持って佇んでいた二人の肩へ、わしは音もなく、バサリと舞い降りた。


陽斗


「お、黒羽ノ介。……今日はえらい空が静かやな。お前が騒がん日は、なんか調子狂うわ。」


蒼生


「黒羽ノ介さん……! もしかして、また何かの異変を、僕たちに伝えに来てくれたんですか?」


わしは二人の顔を交互に見つめ、人間の言葉(関西弁)で、かつてないほど威厳に満ちた声を響かせた。


「ちゃうわ、ボケ。あんたら二人はもう、わしの手を借りんでも空の声を完璧に聞ける。やから、危機を伝える役目はもう、あんたら人間に完全にお下ろしするわ。……せやけどな、この空がかつてどれほど傷つき、どれほど熱い人間の血が流れて今の美しい姿になったか、その『昔話』はわしにしか語れん。これからはな、わしがあんたら二人の、そしてこれからの伊丹と関空の、生きた『空の歴史ガイド』になってやる。」


陽斗は一瞬驚いたように目を見張ったが、すぐにすべてを察したように、相変わらずの悪戯っぽい笑顔を浮かべた。


「……なるほどな。黒羽ノ介、これからもずっと、俺たちの特等席で一緒に空を見て、説教垂れてくれるんやな。心強いわ。」


蒼生は目をキラキラと輝かせ、嬉しそうに何度も頷いた。


「僕、黒羽ノ介さんが見てきた昔の伊丹の話、それから関空が生まれたときの話、もっともっとたくさん聞きたいです!」


わしは二人の肩を優しく爪で引き締め、漆黒の大きな両翼を、夜の滑走路へ向かって誇らしく開いてみせた。


「おう、いくらでも話したるわ! 耳にタコができるまでな! ……覚悟しとけよ、陸と海の二つの空が紡ぐ新しい神話は、まだまだここからが始まりなんやからな――!」


黒羽ノ介(生きた歴史書・記憶の守り手)

「伝える存在」から「残す存在」へ

その瞬間の危機を伝える役目は地上の陽斗と蒼生へ完全に引き継がれ、黒羽ノ介は蓄積された「過去の栄光と痛みの記憶」を未来へ正しく残すための存在へと進化した。

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