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森川と少年 ― 次世代機との邂逅
(語り部:黒羽ノ介)
次世代機の影が、空を覆った日
ある日の午後、伊丹の空に、それまでのものとは明らかに質の違う“異様な影”が差した。
太陽を完全に遮るほどに巨大で、かつ流線型の美しいシルエット
風圧にしなやかに耐える、驚くほど長く鋭い主翼
お腹の底に重く響く、未知の低音を含んだエンジンの駆動音
大気そのものを力任せに押し潰すような、まったく新しい空気の震え
森川は、昼下がりの整備場からその巨大な影を見上げて、思わずぽつりと言った。
「……なんや、今の影は。今までの旅客機とは、格幅がまるで違うぞ。」
少年は、その影が通り過ぎたあとに残された風の匂いを肌で読み、その正体を鋭く感じ取っていた。
「空が……誰も見たことのない、新しい時代を連れてきたんです。」
黒羽ノ介は、その銀色の巨体に羽を震わせた。
「あれは……世界の空を席巻し始めた、“次世代ジェット機”や。」
伊丹に降り立ったのは、ジェット時代の象徴
ゆっくりと滑走路に姿を現したのは、それまでのプロペラ機とは一線を画す、金属の光沢を放つ“怪物”やった。
爆発的な推力を予感させる、ジェットエンジンの不気味なほどの低い唸り
幾何学的に洗練された、一切の無駄を削ぎ落とした未知の胴体
遥か海の向こうの国々へ、一飛びで届く航続距離を誇るその威容
森川は、格納庫の前に牽引されてきたその巨体を前に、ただただ息を呑んだ。
「……これが、次の時代を走る飛行機か。プロペラがないのに、なんでこんなに力強いんや。」
少年は、その怪物が放つ圧倒的な熱気に、震える声で言った。
「空の空気が……もの凄くざわついとる。この子、伊丹の空を根底から変えてしまう気や。」
黒羽ノ介は、高みから格納庫を見下ろして思った。
「そうや。この機体の登場は、伊丹にとって最高の祝福であり、同時に、最大の転換点になる。」
次世代機の整備は“未知の領域”だった
翌朝、整備主任が神妙な面持ちで二人の前に進み出た。
「森川、少年。今日から俺たちのチームで、この次世代機の定期整備に入る。心してかかれ。」
二人は支給されたばかりの分厚いマニュアルを意気揚々と開いたが――そこに並んでいたのは、これまでの経験が通用しない、見たこともない言葉と図面ばかりやった。
莫大な燃料を一瞬で送る、複雑極まる新しい燃料システム
真空に近い高高度を飛ぶための、極めてデリケートな気圧調整装置
巨大な推力を生み出す、高温のジェットエンジンの内部構造
読解を拒むような、外国語でびっしりと書かれた新しい国際整備基準
森川はさすがに頭を抱え、髪をかきむしった。
「……読めへん。記号の意味すら、今までの国内線マニュアルと全然違うやないか。」
そんな相棒の姿を見て、少年は静かに、しかしどこか楽しそうに笑った。
「大丈夫ですよ、森川さん。鉄の形や言葉が変わっても、その奥にある『空の声』は、どんな機体でも同じですから。」
森川は一瞬呆気に取られたが、すぐに緊張を解いて吹き出した。
「……お前、ほんまに『空の子』やな。よし、ビビっとる暇はないな。やるか!」
黒羽ノ介は、頼もしい二人の姿に空から深く頷いた。
「その通りや。空の言葉は世界共通。あんたらなら、この鉄の怪物の心だって、すぐに掴めるはずや。」




