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まだ滑走路も、格納庫も、誘導灯もない。
ただの田畑と集落の広がる昭和初期の伊丹。
しかし――
空だけは、すでに未来を知っていた。
八咫烏である黒羽ノ介は、
その“空の胎動”を誰よりも早く感じ取る。
黒羽ノ介 ― 空港誕生の気配を感じる
(語り部:黒羽ノ介)
空の高みから見た“異変”――風が変わった
昭和初期のある日、
わしはいつものように伊丹の上空を旋回していた。
そのとき――
風の流れが、いつもと違った。
六甲からの風が急に方向を変え
大阪湾からの湿った風が集まり
雲が一点に吸い寄せられるように動き
大地の上に“見えない線”が浮かび上がる
わしは思わず羽ばたきを止めた。
「……なんや、この風の道は。」
それは、
人間には見えん“空の道”の誕生やった。
大地の上に現れた“光の帯”――未来の滑走路
田畑の真ん中に、
一本の細長い“光の帯”が見えた。
人間にはただの畑にしか見えん。
けれど、わしには分かった。
ここに、未来の滑走路ができる。
風がその帯に沿って流れ
雲がその帯を避け
鳥たちがその帯を避けて飛ぶ
空そのものが、
「ここに降りたい」と言うていた。
黒羽ノ介はその帯の上をゆっくり飛びながら呟いた。
「空が……道を描いとる。」
大地の鼓動――まだ誰も知らない“空の胎動”
地上では、
農夫が田を耕し、
子どもらが用水路で遊び、
女たちが洗濯物を干していた。
誰も気づかん。
誰も知らん。
けれど、
大地はすでに“空港になる準備”を始めていた。
土の匂いが変わり
地面の温度がわずかに上がり
地下の水脈が別の流れを作り
風が大地を撫でる角度が変わる
わしはその変化を、
空からすべて感じ取った。
「この土地……空を呼んどる。」
黒羽ノ介の胸に走った“ざわめき”――運命の始まり
八咫烏は、
空の変化には敏感や。
けれどこのとき感じたざわめきは、
ただの風の変化やなかった。
“時代が動き始めた”という気配やった。
「ここに……
空の時代が来る。」
わしは羽を震わせた。
この静かな農村が、
いつか日本の空の玄関口になる。
その未来の影が、
すでに大地の上に落ちていた。
黒羽ノ介は知っていた――ここからすべてが始まる
少年が生まれ
家族が空に翻弄され
戦争が訪れ
米軍が来て
民間空港になり
国際線が飛び
騒音の時代が来て
関空が開港し
それでも伊丹は生き残る
そのすべての始まりが、
この“見えない光の帯”やった。
黒羽ノ介は、
未来の滑走路の上をゆっくり旋回しながら呟いた。




