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金色の剣


 晴天の空から雷が落ちた後、

ノクスとアイビーは、城から出て境界の森へ向かって走っている。


 ただの雷であってくれ。

ただの気まぐれな天候であってくれ。


アイビーは祈るように願いながら、前を行くノクスの背を追う。


 ……ノクスの走る速度が速い。

いつもは乱れない呼吸も、確かに荒い。

あの男が焦るなど滅多にないからこそ、

それだけに、嫌な予感が胸から抜けないのだ。


「……見えてきたな」


 ノクスが呟いたその先、草木を抜けるとむせりそうな焦げた匂いが鼻を刺す。

周囲を見渡すとまだあちらこちらに細い煙が立ち、異様な空間になっていた。

辺りを見回す視線の先で、二人の足が止まる。


焼け落ちた地の中央、無造作に一本の剣が突き立っていた。


 深い金色の刀身。

長く、無駄のないロングソードはどこか鈍い色を放ち、

まるで世界そのものを閉じ込めたような光を宿している。


 すすひとつ帯びず、その剣だけが無傷だった。

まるでここに“決まって落とされた”かのように。


「……嘘、だろう?」


 アイビーの声が震え、喉がひりつく。

足元が一歩後ずさる。

彼の祈りは、間に合わなかった。


 この金色は繰り返す世界で何度も見たことがある。

だが──あの時の輝きやまとう雰囲気が違う。

焦げた地の中心で、役目を待つように不気味なほど静かだ。


「……早すぎる」


 ノクスがゆっくりと剣へ歩み寄る。

いつも一定の足取りが、わずかに重い。

剣の前に立つと、感情を押し込めるように指先が強く握られる。


「前回は……もっと猶予があったはずだが……これが()()

 運命(さだめ)なのか」


 アイビーはノクスの呟きに奥歯を強く噛む。

怒りではなく、計算が崩れたときの声だった。


「……もう、始まったとでも言うのかい」


  その声は、確かに焦燥しょうそうが滲んでいた。

ノクスは剣から視線を離さないままゆっくりと剣に手をかかげると、

焦げた地点を中心に魔力を広げ始めた。


「アイビー、隠蔽いんぺいの魔術をかける。シリウスには──」


「ノクスー! アイビー!」


 森の奥からシリウスの明るい声が響くとノクスの指先が止まった。

流れていた魔力も、ぴたりと途切れる。


「二人とも慌てて森に入っていくから、気になってついてきたんだけど……」


 シリウスは焼け焦げた辺り一面を見回す。

ノクスとアイビーは振り返ると固まったまま、動けない。


「えっ! なんだこの場所!?」


そう呟いて視線を上げると、一本の剣が目に入ってきた。


「……ん? 地面に剣?」


 異質な雰囲気の剣。

だがシリウスの目はその金色から目が離せなくなる。


 一歩。また一歩。

焦げた地面を踏み越え、無意識に近づく。

手を伸ばしかけると──


「触るな!!」


 空気を裂くような声が、森に響いた。

シリウスの肩が、びくりと跳ねて足が止まる。

恐る恐る向けた視線の先には、いつもと違うノクスの瞳。


 怒りではない。

だが、鋭く光っている。

その鋭さは、焦りと何かを守ろうとする必死さを帯びていた。


しかし、シリウスはなぜそう言われたのか分からず、戸惑ったような目で

ノクスを見る。


「……っ、それは、危険だ」


戸惑う視線に気づいたノクスは、はっとしたように視線を外すと気まずそうに声を落とす。


 困惑がシリウスの胸の奥に広がる。

どうしてそんな声を出すのか分からない。

広がる沈黙を埋めるように、アイビーが一歩前に出る。


「……“呪いの剣”だよ。触れれば後悔じゃ済まない。自分の人生を呪いたくなる

 ほど、嫌な思いをする」


 いつもの軽い調子ではない。重い現実を告げる声。

その表情は硬く、まるで何かを見てきたような瞳が揺れていた。


「だから、触っちゃ駄目なんだ」


 シリウスはぐっと唇を引き結ぶ。

ノクスもアイビーも何かを隠している。

けれど二人の様子があまりにも真剣で、言葉が出なかった。


その時、がさりと草木をかき分ける音がした。


「剣の稽古を放り出して何をしている」


 低い声が背後から響く。

シリウスの肩が、再び跳ねた。


 振り向けば、そこにガルムが仁王立ちで立っている。

琥珀色の瞳が状況を静かに見据みすえていた。


「遊びではないはずだ。戻るぞ、良いな?」


叱責しっせきというより、命令に近い声音。


「……分かったよ」


 納得しきれないまま、シリウスは小さく返す。

ちらりとノクスを見るが、彼は剣から視線を外さない。


 ガルムが先に歩き始めると、シリウスは胸の違和感を残したまま

焦げた地面から離れていく。


背後でノクスがガルムにだけ届くよう低く告げる。


「夜、私の執務室で話し合いだ」


ガルムの獣の耳が僅かに動く。

小さく頷くだけで、歩みは止めずにシリウスと会話を続ける。


森に再び静寂が戻る。

焦土しょうどの中央で、金色の剣だけが、変わらずそこにあり続けていた。



◇◇◇



──その日の深夜。


シリウスが深い眠りに落ちた頃、魔王城は静まり返っていた。


 ノクスの執務室では重厚な扉が閉まり、鍵が回る。

彼自身が、部屋全体に魔術で防音の結界を張っていく。

結界が部屋の隅まで行きわたるのを確認すると、無言のまま席に戻り、

椅子に腰を下ろした。


 その動作ひとつひとつが、事の重大さを語るかのように重い。

室内にはアイビー、ガルム、そしてアンジェがすでに集まっていた。


 最初に沈黙を破ったのはアイビーだ。

軽口も挟まずに事実だけを並べる。


「確認した通りだ。昼間の雷は──“世界システム”の起動きどう兆候ちょうこうだね」


 世界システム。

この星の奥底で脈打つ、目に見えぬ世界の演算機構えんざんきこう

人が増えすぎれば魔王を一人生み出すと、争いが起きそうな場所へ投入し、

数の均衡きんこうが崩れれば勇者を生成する。

それは善でも悪でもなく、ただ世界の“最適化”を続ける存在。


 魔王も勇者も──その管理下にある。


 その最適化に例外はなかったはずだった。

それなのに、勇者の証とも言える剣が、落ちてきた。


ノクスが言葉を続ける。


「……境界の森に“勇者の剣”が落ちていた」


それを聞いたアンジェの顔色が変わる。


「シリウスは……剣を、握ったのですか?」


 静かに確認する声には悲痛が混じっていた。

アイビーは静かに首を振る。


「僕とノクスで止めたよ。……呪いの剣だと説明はしたけど、どこまで信じている   

 かは分からない」


「その後の稽古も、心ここに在らずだった」


ガルムも困ったように、顔をしかめる。


「……そう、ですか」


 アンジェはうつむくと、胸の前でぎゅっと手を握る。

アイビーはため息を吐くと、ノクスの机に寄りかかり指先で軽く叩く。


「それに、問題はもうひとつの雷だ」


 ただの雷であれば、どこかに必ず落ちた形跡が残る。

森を隅々《すみずみ》まで探した。

だが、焦土も、剣も、何も見つからない。


ノクスの瞳が僅かに細まる。


「……痕跡は見つからなかった」


 部屋に重い沈黙が落ちた。

その雷が意味するものは何なのかと。


ふと、思い出したようにガルムが口を開く。


「だが、雷が落ちたあとは森がざわついていた」


「そういえば……魔力の流れも乱れていたね」


 アイビーが頷く。

ノクスは机の上で指を組むと、静かな声で述べた。


「落ちたのが地面とは限らない。魔物に落ちた可能性もある」


 部屋の空気が一段と冷える。

その中で、ガルムは背筋を伸ばした。


「可能性は高いかもしれません。明日あすから境界の森には意識を向けておきます」


「そうだね。僕も変化がないか、城の上から観察してみるよ」


 意見は出そろった。

なのに、ノクスはまだ目を閉じて黙り込んでいる。

アイビーは顔を覗き込む。


「ノクス? 黙り込んでどうしたんだい?」


 ノクスは目を閉じたまま、しばらくなにも言わなかった。

部屋は、ろうそくの溶けるかすかな音だけがある。

誰も急かさない。

それでもその沈黙は長すぎた。


「……ノクス?」


 アイビーがもう一度呼びかけると、ノクスのアメジストの瞳が、ゆっくりと開く。

そこにあったのは怒りではなく、焦燥しょうそうでもなく、計算でもない。


──覚悟だった。


沈黙の中、ゆっくりと口を開く。


「シリウスを、コアに登録する」


執務室の空気が凍ったように止まる。


 魔王城の地下深くに眠る“コア”

ノクスの魔力と直結している、彼にとって第二の心臓。

そしてこの世界の循環じゅんかんつかさど中枢ちゅうすうのひとつでもある。

登録された者は、魔王と同じ時間軸に固定され、世界が再起動しても積み重ねた能力は消えない。



だが──その代償として記憶もまた失われないのだった。

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