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リュウは、ただ一心にアキラの姿を追った。アキラは、上へ上へと上がっていく。そして、ついには屋上に続くドアを開けて外へと出て行った。屋上に出てしまえばもう逃げ場はないはずだ。こちらが追い込んだような形にも見えるが、おそらく何かしら仕掛けてくると思われた。それでも、この機会を逃すわけにはいかない。リュウは、一度ドアの前で息を整えてからノブに手をかけて、それを開いた。
ドアを出た一直線上の屋上の際にアキラがいた。リュウは、アキラにゆっくりと近づく。数メートルの距離を取って足を止めた。
「お前は!なんでショウを連れて来たんだ!!」
アキラの開口一番は怒りの言葉だった。怒りのためかぶるぶると体を小刻みに振るわせて、前に会った時よりもやつれた顔は鋭さを増し狂気すら感じられるほどだった。
「ショウは、あんたのことすっげー心配してるぞ」
「うるさい!うるさい!うるさい!!お前に何がわかる!!!ショウが、あの部屋から出る危険性など全くわかってないんだろう!!」
リュウは、確かにそのことについては全く考えが及んでいなかった。そもそも、部屋を出ただけで危険だというにはあまりにも過保護すぎる発言にも思えるが、アキラの様子を見る限りどうやらそれだけではないということが感じられた。
「ショウを連れてきたことについては、謝る。悪かった」
リュウは、深々と頭を垂れる。
「そんな謝罪ごときで許されることでは、ない!」
ビュン!と鋭い音がしたかと思うと、右足に今まで感じたことがないような痛みを覚えた。
「ックーーー」
リュウはその場に立っていられなくなり、思わず膝をつく。右足を見ると、太ももにサバイバルナイフが突き刺さっていた。
「アハハハハハハ!いい気味ですね!」
リュウは、足に刺さっているナイフを抜いて遠くに投げた。
「気が済んだか」
リュウは、ゆっくりと立ち上がった。だが、すぐにまた膝をついてしまう。
「ククク。強がりはしない方がいいですよ。それには特殊な毒が塗ってありますからね」
「毒・・・」
リュウには、それがはったりでもなんでもなく事実だということがわかった。
「しくったかな・・・」
「貴様は最初から気に食わなかったんだ!あんなにすぐにショウの心を掴むなんて!ショウに何をしたんだ!!」
アキラの理不尽な追及にもリュウは律義に答える。
「俺は、ただショウと友達になっただけだよ。なんであんたは自分の子供に友達ができて素直に喜べないんだ?」
「は?何を言ってるんだ?ショウに友達など不要なのだよ。あの子は選ばれた存在なんだ!」
自分で話しているうちに興奮してきたのか、誰を相手にしているのかも忘れてしまったかのように恍惚とした表情を浮かべ天を仰いでいる。
バタン!
大きな音がして、屋上のドアが開かれた。
「お父さん!!」
ショウが駆け込んでくる。
「ショウ!待て!」
ショウは、リュウの横をすり抜けてアキラの元へと向かう。リュウは、ドンドンと自分の体が動かなくなっていくのを感じていてショウを掴もうとして伸ばした自分の手の重さに愕然とした。
「ああ、ショウ。私のかわいい息子よ。なぜここに来たんだい?」
アキラは、ショウを迎え入れるように両手を広げて待ち構えている。優しい声音だったが、その表情は良く見えない。今すぐにでも父親の腕の中に飛び込んでしまいたい気持ちと、拭えない違和感とのはざまで、ショウはアキラまであと数歩というところで止まった。
「お父さん・・・」
ショウは、少し迷ってから後ろを振り返った。月明りのみでよくわからなかったが、リュウの周りに水たまりのようなものができている。そして、その中に明らかに様子のおかしいリュウがいた。
「リュウ、お兄、ちゃん・・・?」
ショウは、混乱していた。リュウの元へ向かおうと足を踏み出したところで後ろから思いのほか強い力で腕を掴まれた。首だけ後ろに向けると、そこにはまるで初めて見るような恐ろしい形相の男がいた。かろうじて、それが自分の父親だということを頭の片隅で理解する。
「ショウ!どうしてここへ来たんだ!お前は、あの部屋から出ちゃダメなんだ!」
「お父さん、痛いよ」
「ダメだダメだダメだ!お前はすぐに戻らなくちゃダメだ!」
ショウの声など聞こえていないように、アキラはさらに力を籠める。そして、力を籠めるごとにアキラの様子がさらに変化していった。
「お父さん?」
ショウは、間近でアキラが変化していくのを見て恐怖を覚えた。アキラの体が徐々に水分を吸い取られたように萎れていく。
「ああ、ああ、そうだった。ここはあの部屋じゃないんだ。ここじゃショウの側にいられない」
アキラはショウから手を離すと隠して持っていた注射器のようなものを取り出して、何のためらいもなくそれを自らに突き刺した。
「グ、グワーーーー!!!」
「お父さん!!」
急に苦しみだしたアキラを見て、離れかけていたショウはアキラの元へと戻ろうとした。しかし、それより前にアキラのさらなる変化が起こった。
メキメキと不気味な音が響いたと思ったら、アキラの背中から新たに腕が二本生えた。
「ショ・・・ウ・・・。にげ・・・ろ・・・」
すっかり様子が変わってしまったアキラだったが、その目が一瞬だけ生気を取り戻しショウへと父親としての言葉をかける。だが、すぐにそれも何かに飲み込まれるように再び狂気が瞳に宿る。そして、新しく生えた腕がショウの首を掴み上げる。
「お、とう、さん・・・。くる、しい、よ・・・」
ショウの足が徐々に宙へと上がっていく。
「やめろ!!」
リュウは、気力を振り絞って何とか立ち上がると二人の方へと向かう。数メートルの距離がとてつもなく長く感じ、思うように動かない体が歯がゆくて仕方がない。やっと二人の近くに来たところで、リュウは手を伸ばしてショウへと触れた。その瞬間、なぜかアキラが苦しみだしショウのことを振り払うように投げ飛ばした。
「ショウ!!」
ショウは、屋上の入り口近くまで飛ばされてしまった。
「ゴホッ、ゴホゴホ・・・」
首を絞められていた状態から解放され、軌道に空気が急激に入ってきた影響でせき込んでいる様子が見て取れた。多少のケガはしたかもしれないが、どうやら命に別状はないらしいのがわかって胸をなでおろす。
「おい、あんた。ショウの父ちゃんだろ?どうしてこんなことをーーー」
間近で対峙してみて、いかに目の前の人物が異様なのかがよくわかった。腕が四本になっているのは言うまでもないが、目は落ちくぼみ、瞳孔が開ききって視点がひとところに定まらないように彷徨っている。口元は犬歯が伸びてまるで牙のようになっている。耳もとがり、それはまさに、創作物に出てくる悪魔のようだという表現が合いそうな様相になっている。
「お前は!何なんだ!!どうして、立っていられる!!」
アキラの四本の腕がリュウの四肢にかかる。
「グオオオオオーーーー!!」
まるで断末魔の叫びのような音がアキラの口から洩れる。それと同時にアキラの腕がはじかれた様にリュウから離れる。
「キサマ!何をした!!」
憤るアキラとは対照的にリュウは不思議そうにアキラを見ている。
「俺は何もしてないぞ」
別に煽るつもりはなかったが、リュウの言葉にアキラは更に声を荒げる。
「私を馬鹿にしているのか!!どうしてキサマに触れられないんだ!!」
「俺にもわかんねーよ。それより、ちょっと落ち着け」
リュウは極力穏やかな声で話しかける。そして、少しずつアキラへと近づく。しかし、それに合わせるようにアキラはじりじりと後ろへ下がる。さらに一歩下がったところで、フェンスに足が触れる。
「来るな!来るな!来るな!!」
錯乱したアキラはその四本の腕を振り回すとフェンスを破壊した。
「わかった。わかったから。俺はもう近づかないから。それ以上お前も後ろに下がるなよ!」
アキラは、屋上のぎりぎりのところに立っている。フェンスが破壊されたこともあり、あと一歩でも後ろに下がれば落ちてしまいそうだった。
「大体なんで動けるんだ!ケガだけじゃなく毒も回っているはずなのに!!」
「だから、そんなことわかんねーよ。だけど、俺はどうやら頑丈にできてるみてーだからそのせいじゃねーか?」
「そんなことで納得できるわけないだろう!あの毒は、抽出した『運』から偶然できた産物なんだ!解毒薬すらまだ作られていないものなのに、なんでなんだ!!」
「そっか、なるほどな。『運』由来の毒ってわけか・・・」
リュウは、常に考えていた。今まで感じて来たちょっとした違和感や実際に目の当たりにしてきたこと、それから百目鬼家で入手した膨大な資料の内容。そこで、一つの仮説を立てた。
カノンは、前にリンが覚醒したと言っていた。リンに関して言えば、おそらく『運』の出し入れに関するものだと思っている。細かいところまではわからないが、リンは『運』が減ってしまった人に減った分の『運』を戻すことができるのだろう。そして、リンが覚醒したということはリュウ自身も何かしらの変化があると確信していた。
それが今まで漠然とした感覚でしかなかったが、アキラの言葉でその輪郭が少しだけはっきりした。おそらく、リュウは他人の『運』から影響を受けないのだろう。たとえば、ショウは無意識に他人の『運』を吸い取ってしまっているので対象の人物は何かしらの不調をきたすはずだ。だが、そこにリュウが間に入ることでストッパーのような役割を果たすことになるのではないだろうか。以前、ショウと一緒にいて倒れた少年がいたがあの時の『運』の流れを見てみるとわかりやすいかもしれない。
少年はショウと一緒にいることで、自分の『運』がショウの方へ流れ込んでしまい『運』がつきかけて倒れてしまった。そこにリュウとリンが現れた。リンがショウに触れることで少年の『運』をまず取り戻した。ただ、そのままショウに触れ続けると、今度はリンの『運』がショウに吸い取られてしまう。そこに、リュウが触れることでリンとショウの間の『運』の行き来が止まった。あの時、リンが少し不思議そうにしていたのはその違和感を感じたからだろう。それで、無事にリンは少年に『運』を返すことができた。
ただ、それでも説明できないことはある。だから、もしかしたらストッパーという表現は間違っているのかもしれない。とにかく、リュウは他人の『運』に左右されることがほとんどないから『運』由来の毒もどうにかすることができたんだと思う。リュウは、どうにか自分の能力をアキラに対しても使えないかと更に考えた。少し自分の思考に入り込んでいたので、背後で動く人物に気づくのが遅れた。




