5-2
電話を切ったリュウは、横で眠るハルカを見てから視線をクラウドに移した。
「なあ、オッサン」
「何でオッサン呼びを定着させてるんだ」
「いいだろ。どうせ本名じゃねーんだから」
「・・・何故そう思う?」
「なぜって・・・勘?」
「はー、まあいいわ。で、何だ少年」
「ハルセンセは、どうすれば目ー覚める?」
「彼女の場合は、自分の運がつきかけてるからな」
「じゃあ、俺の運をあげる」
「事後承諾になるが、それはもうやった」
「そうなのか?じゃあ、もっとあげるよ」
「いや、もう十分すぎるぐらい与えた。だから後は目覚めるのを待つくらいだな」
「そっか。じゃあ、俺が目覚めるまでずっとそばにいる」
「少年よ。待ってる奴らがいるんじゃないのか?」
「わかってる。だから、すぐに目覚めさせるよ」
「どうすんだ?」
「うーん?キス、してみるとか?」
「なんだそれ?眠り姫じゃあるまいし」
「まあ、確かに許可なくキスするわけにもいかねーか」
「お前、見かけによらず紳士的なんだな」
「んだよそれ。見かけ通りだろうが」
「ハハハ。悪かったって。なかなかいい男だな」
「だろ?」
ドヤ顔をしたリュウだったが、すぐに心配を顔に浮かべてハルカのそばに行きその手を握った。
「ハルセンセ」
握り込んだ手を祈るように額へとつける。ついで、その指先に優しく口付ける。
「あっ!無意識でキスしちゃった」
一人あわてるリュウだったが、指先が微かに動くのを感じた。
「ハルセンセ?」
ハルカの瞼が小さく震えるとゆっくりと開いていった。
「ハルセンセ!」
ハルカの首が声のする方へと動き、その視線がリュウとバッチリとあった。
「えっと、兼田、竜生君?」
「うん。ハルセンセ。でも、できたらリュウって呼んで欲しいな」
「でも・・・」
「俺はハルセンセの生徒じゃないし」
「だったら私もあなたの先生ではないわ」
「・・・確かに。じゃあハルって呼んでいい?」
「えっ?流石にそれは距離詰めすぎじゃーーー」
「ダメ?」
子犬のように期待するような眼差しにハルカの良心が拒絶を拒む。
「わかった。わかりましたから、そんな目で見ないで」
「そんな目って?」
無意識でやっているところが末恐ろしくもなるが、初めて会った時からハルカはリュウのことを拒むことができないと感じていた。だからこそ、一定の距離を保とうとしていたのだがそれは徒労に終わると悟った。受け入れるしかないと決めたら、不思議と肩の力が抜け全てのことが鮮やかに輝いて見えるようになった。
「だから、そんな目で見ないでよ」
気恥ずかしそうにするハルカに、リュウはちょっとした悪戯心が目を出す。
「そんな目?って俺そんなに物欲しそうな目してた?」
「物欲しそうって。別にそう言うわけじゃないけど、何か欲しかったの?」
「何って、ハルに決まってんじゃん」
「えっ?」
「えっ?じゃないでしょ?俺は最初からハルが好きだって言ってんだから」
「えっ?だってそれは社交辞令的なーーー」
「んなわけないでしょ?俺が社交辞令できると思う?」
「そんなのわからないよ。私たち会ったばかりなんだから」
リュウは、少し考えるそぶりを見せたがすぐにパッと顔を明るくした。
「じゃあ、これからお互いに知っていこう。まあ、俺の気持ちが変わることはないけど」
「何でそんなに自信満々で変わらないって言えるの?人の気持ちなんて移ろうものなのに」
「難しいことはわかんねーけど、俺の中の芯の部分がハルのことずっと求めてんの。前からその部分がポッカリ穴が空いてる気がしてたけど、ハルに出会った瞬間ピッタリハマったのを感じたから。ーーーだから、もう失いたくない」
最後の方は普段あまり見せなような、真剣で切実な表情をリュウは浮かべていた。まるで痛みを耐えてるようにも見えた。
「わかったから、そんな顔しないで」
「そんな顔?さっきからそればっかだけど、俺、どんな顔してんの?」
リュウは、自分自身では気づいていないようだった。
「さっきと今では違うから説明しづらい・・・かな?」
「ハハハ。なんだそれ」
屈託なく笑うリュウを見て、ハルカの頬も自然と緩む。そして、さっきリュウが言っていたことが脳裏をよぎる。
『難しいことはわかんねーけど、俺の中の芯の部分がハルのことずっと求めてんの。前からその部分がポッカリ穴が空いてる気がしてたけど、ハルに出会った瞬間ピッタリハマったのを感じたから』
その感覚がハルカにも理解できた。リュウの話を聞いて妙に腑に落ちるというかまさにそんな感じだったと本能で悟った。
(多分、私も初めて会った時からリュウ君に惹かれていたんだと思う。だから、彼が危機に陥っているのを見過ごすことができなかった。例え、先生を裏切ることになっても・・・)
「この後はどうするの?」
ハルカの問いに一瞬リュウは何のことだろうと言う表情を見せたが、すぐにそれは引き締まったものに変わった。
「どうするかはわからないけど、何か良くないことが起こってるのはわかってる。俺らがどうこうできる事でもないかも知れないけど、どうにかしたい」
リュウには具体的な案は特に無かったが、本能的にどうにかしなくてはいけないと感じていた。そして、どうにかできる力が自分たちにあることも悟っていた。
「先生は奥さんをすごく愛してたの。だけど、奥さんを失って壊れてしまった。だから、悪魔に魂を売るような真似をしたんだと思う」
「悪魔?」
「うん。天使みたいな顔をした悪魔のような人」
「何だ本当の悪魔ってわけじゃないんだ」
「どうだろう?もしかしたら本当に悪魔なのかもしれない」
リュウは、ハルカの頭に手を乗せると優しくその頭を撫でた。
「ちょっと何してるの?小さい子供じゃないんだから」
「怒らないで。ハルが可愛いのが悪い。そんな不安そうな顔しないで。俺が守るから」
少し屈んでハルカに視線を合わせたリュウは、優しく微笑む。
(この子、絶対に天然タラシだ!この笑顔を今までどのくらい振りまいてきたんだろう・・・?)
ハルカの中では色んな感情がぐるぐると渦巻いていた。そんなこととはつゆ知らずリュウはこの上なく幸せな気持ちになっていた。




