58_最善の方法をいつも実行できるとは限らない
「測定水晶?お前のような者に我が神殿の神聖なる聖具を貸すわけがないだろう!」
──私は今、神殿の前で、神官様に睨みつけられていた。
ひええっ!こ、怖い!何が怖いって、神官様に睨まれていることではなくて……隣のセルヒ様が、まがまがしいオーラが出るほど怒っていること……!
測定水晶を借りられないかとセルヒ様と一緒に神殿に出向いたわけだけれど、とてもお願いを聞いてもらえる雰囲気ではない。
神殿と魔塔はお互いを尊重しあっているけれど、お互いに相いれない存在でもあり、オーランド様が『神殿は魔塔を嫌っている』と言っていたけれど、それ以上に私が足を引っ張っているということよね。
だって、神官様の視線はずっと私に向いている。
「そもそも、ルーツィア・リーステラ!お前の話は聖女リゼット様からよーく聞いているぞ!お前はリゼット様に醜い嫉妬をし、ずっとあの方を虐げていたそうだな!?そして!」
神官様は私に向けていた鋭い視線を、一瞬セルヒ様に向ける。
こんなにも恐ろしい状態のセルヒ様を睨みつけるなんて、とても勇気がある神官様かもしれない……!
「セルヒ殿に、リゼット様の悪口を吹き込み、あの方の護衛というこの上なく名誉な職務を放棄させたのもお前だろう!この私、神官ソレイユが宣言する。我々神殿の人間はルーツィア・リーステラを拒絶する!どのような内容でも、お前と関りを持つことはない」
さっきから神官様が言ってる内容に、全然身に覚えなんてないのに……!
だけど、そんなことを言っても聞いてもらえるとは到底思えなくて。
何も言えずにいる私の前に、セルヒ様が庇うように立ってくれる。
「神官としての宣言は契約の意味を持つ。魔力を使い正式な契約として成立していないとはいえ、俺はその意味を軽んじない。それでもいいんだな?」
「もちろんだ。ギズリ!お帰りいただけ」
「はい」
私達はそのまま、ギズリと呼ばれた神官騎士様にぽいっと追い出されてしまった。
◆◇◆◇
「あの神官、絶対に許さない……俺のルーツィアに汚い言葉を投げつけるなど万死に値する!」
「はいはい、落ち着けーセルヒー」
魔塔に戻ってノース様に宥められるセルヒ様。とっても怒っているわ……!
だけど、これも全部私の気持ちを考えてくれてるからだと思えば、神官様に酷いことを言われたことなんて全然気にならない、のだけど……。
それはそれとして、全然話を聞いてもらえなかったなあ。
(リゼット、私のこと、神殿ですごく嫌な風に話しているんだ……)
リゼットに嫌われていることはとっくに分かっていることだし、なんだか誤解があることも分かっていた。だからリゼットに悪く言われるのもしかたないと頭では分かっているけれど。少しだけ残念な気持ちだ。
でも、そんなことを考える余裕なんて今はない。
「魔獣ちゃん……また弱ってる……」
帰ってきたら眠っていた魔獣ちゃんだけれど、なんだか息が苦しそうなのだ。回復薬を使うと少し落ち着いたけれど、どんどん弱っているのは間違いない。
このままじゃ……いずれ衰弱して死んでしまうかもしれない。
(そんなの嫌……でも、どうしたら……)
「オーランドに言われて、色々揃えておいたんだよね。こっちが毒消しでー、こっちが呪い返しの魔道具!もちろん副作用とかがない安全なやつだから、効き目はそんなに強くないんだけどさ。それでもこれを使って状態が良くなるかどうかで、今の状態を知ることは出来るでしょ」
「ノース様、ありがとうございます」
ノース様がぽいぽいっと色んな薬や魔道具を並べてくれる。その横に、グレイス様がさらに続ける。
「それで、こっちは今の魔獣ちゃんと似た症状が出る可能性がある病気の特効薬よ。まあ、質のいい回復薬で完全回復しない時点でこの辺は望み薄だけれど、試してみるだけ試してみましょう。まだできることはあるわ」
「グレイス様も……本当にありがとうございます」
──だけどやっぱり、何を試しても魔獣ちゃんが良くなることはなかった。
ずっと側についていて、魔獣ちゃんを温めてくれているフワフワも心配そうにしている。
「これはやっぱり、瘴気におかされていると思って間違いなさそうだね」
すっかり元気がなくなってしまった魔獣ちゃんの状態を確認しながら、オーランド様がそう結論付けた。
「それって、どうすれば治るんですか?」
「体内にとりこんだ瘴気も、他の瘴気と同じだ。多少減らしたり、抵抗力をあげたりすることは可能だけれど、根本的に取り除くことができるのは聖魔法だけだね」
「そんな……」
私を睨みつける神官ソレイユ様の顔が浮かぶ。
『我々神殿の人間はルーツィア・リーステラを拒絶する!どのような内容でも、お前と関りを持つことはない』
……リゼットにお願いするどころか、きっと神殿には入れてもらえないし取り次いでももらえないよね……。
どうしよう。私のせいで魔獣ちゃんを助けられないかもしれない。私がもっともっといい子で、リゼットとも仲良くできて、神殿の人達にも好きになってもらえるような子だったら。魔獣ちゃんを助けたのが、私じゃなくてリゼットや、他の誰かだったら──。
「だけど、こいつは幸運だね。ルーツィアに拾ってもらえたんだから」
「え……?」
「あのまま見つけてもらえなければすぐに死んでいただろうし、他の誰かが見つけていても、殺されていた可能性が高いだろうしね。それに、これだけ回復薬を使っても弱っていくんだ。本人もかなりきついはずなのに、まだまだ元気でいられるのはルーツィアがたくさん愛情を注いであげているからだよ」
思わぬオーランド様の言葉に、セルヒ様もうんうん頷いている。
「そうだな。生き物にとって一番の力となるのは愛だ。そして優しく可愛いルーツィアほど愛情深い存在を俺は他に知らない」
「セルヒの場合は今やルーツィアちゃんの存在自体が生きる意味みたいなところあるからな~。説得力が違うね」
「何を当然のことを言っているんだ?」
「うわあ……はいはい、俺が悪かったです」
ノース様がうんざりしているのも目に入らないくらい、私はじんわりと感激していた。
魔塔の皆は、本当に私の心を助けてくれる。ここにいてもいいんだって、教えてくれる。
……私だって、もっともっと魔獣ちゃんにもあなたが大事だから、生きてほしいって伝えたい。
どうしたら、もっと気持ちが伝わるかな?
「あっ……!」
「ルーツィア、どうした?」
「セルヒ様、ちょっと思いついたんですけど……私が魔獣ちゃんと契約をしちゃダメですか?」
だって、フワフワと私は使い魔として契約をしている状態だから、魔力の相性もよくなるって、魔塔でのお勉強で習ったもの。
魔獣のエネルギーには魔力は欠かせないんだよね?それなら、私と魔獣ちゃんが契約をして、相性の良くなった私の魔力をたくさん渡せば、少しでも楽になるんじゃないかしら?
そう考えたんだけれど。
「ダメだよ、ルーツィア。それは許可できない」
セルヒ様より先に、厳しい声のオーランド様にそう言われてしまった。




