57_傷ついた魔獣ちゃんの謎
「アルヴァンでも心当たりが全くないとなれば、いよいよこの魔獣の正体が気になるところだね」
アルヴァン様を部屋の隅に寝かせた後、オーランド様は魔獣ちゃんを不思議そうに見つめた。
「危険な可能性があるから」と迷うことなく魔塔に連れられてきた魔獣ちゃんだけれど、実際のところ誰もこの子が本当に危険な生き物であるとは感じていないらしく、警戒されていないことは救いだった。
やっぱり捨てて来なくちゃいけないとか、生かしておいてはいけない、なんて言われたら、とても耐えられそうになかったから……。
当の魔獣ちゃんは、私の膝の上でまたご機嫌に眠っている。
「……あら?」
「ルーツィア?どうかしたのか?」
「いえ、魔獣ちゃんの体に怪我があって。ほら、ここ……」
「本当だな。小さいが、血も滲んでいる」
セルヒ様に答えながら魔獣ちゃんの頭を撫でる。その首元に小さな傷があるのを見つけてしまったのだ。回復薬ですっかり治ったと思っていたのだけれど、そうじゃなかったのかもしれない。
最近はいざという時のためにいつも数本の回復薬を持ち歩いているので、それを取り出してもう一度使う。今度は小さな傷だけなので、ほんの少しだけ。
……うん、今度こそちゃんと治ったみたい。
回復薬自体は他の人が使うよりもやっぱり効き目がいいように見える。それなのに治っていない傷があったってことは、私の使い方が悪かったのかも。
魔獣ちゃんはフワフワみたいに言葉が話せるわけじゃないんだから、私がもっと気を付けて見てあげなくちゃいけなかったのに。
「ごめんね、魔獣ちゃん」
「フキュウウウゥン……」
「ふふっ。本当に可愛いなあ」
吐息交じりの可愛い寝息で応えてくれた魔獣ちゃんは、気持ちよさそうな顔で眠っている。
「まあ、危険はなさそうだし。見たところまだ子どものようだ。少し成長すれば見た目に変化が現れる個体もある。そうしたら案外あっさり正体が分かるかもしれないし、気長に様子を見ようか。もちろん、文献や資料なんかは調べてみるけどね」
「はい」
オーランド様の言う通り、分からないものは分からないのだから、気長に調べていくしかないよね。
こんなに可愛い魔獣ちゃんと一緒にいられるのは嬉しいし、のんびり過ごしながら、ゆっくり魔獣ちゃんのことを知っていけたらいいな。
──そんな風に思っていたのだけれど。
「あれ?魔獣ちゃん、また怪我が……」
それから数日経った頃、皆で魔塔の中のティールームに集まってお茶を飲んでいる時に、また魔獣ちゃんの体に怪我があることに気づいた。
なんなら自然治癒に任せてもいいかもしれないと迷うほどの小さな傷。魔獣ちゃんの体は小さくて、生体が分からない分突然弱っていってしまう可能性もあるから、回復薬を使って治してあげるけれど、やっぱりすぐに傷は消えていく。
実は、最近はこうやって何度傷を治しても、気が付くとまた怪我が増えている。
毎日ブラッシングも欠かさず、ご飯もたくさん食べて、お水もたっぷり飲んでいるのに、油断するとすぐに毛のツヤが悪くなる。それも、回復薬を使うと同時に元に戻る。
そんなことを繰り返すようになってしまったのだ。
それどころか、段々とそのサイクルも短くなり、体力も落ちて行っている気がする。少しずつ、じわじわと弱っている様子に胸が痛くてたまらない。
「ひょっとして、ストレス?」
元気に過ごしている姿はストレスを感じているようには見えないけど……。
今も私の膝の上で、おやつのお菓子を両手でしっかり握ってもぐもぐと食べている。
だけど傷が増えていくのは事実なんだよね。最初はうっかりどこかにぶつけていたりするのかと思って注意していたんだけど、私とほとんどずっと一緒にいる魔獣ちゃんが、怪我をするような場面は全くないのだ。
「私との相性が悪いのかな……」
「気になるなら、しばらく俺がお世話係を交代してあげようか?」
「キュッ!?キュウウン!!」
「わっ、魔獣ちゃん!?」
ノース様の申し出を耳にした途端、魔獣ちゃんは必死に私にしがみつき、首元に頭を擦りつけて甘え始める。
まるで離れたくない!って言ってるみたい……か、可愛い……!!
「あはは!ルーツィアちゃんと相性が悪いようには見えないね」
「はい……だけど、それならどうしてこんなに気を抜くと傷が出来たり、ツヤがなくなったりしちゃうんでしょう?」
もう思い当たることは何もないんだけど……。
すると、恐ろしいほどじっと魔獣ちゃんを見つめていたアルヴァン様が今日初めて口を開いた。
ちなみに会うたびに気絶しそうになるアルヴァン様だけれど、「魔獣ちゃん様をこの目でしっかり見たいので……!」と、なんと気付の魔法をかけてこの場に挑んでいるらしい。執念がちょっと怖いなんて言ったら大変なことになりそうなんて思っていることは絶対に言えない。
「僕はずっと魔獣ちゃん様をみてましたが……その症状、ひょっとして瘴気におかされているのかもしれません」
「なるほど、瘴気か……」
セルヒ様は納得顔だけれど、私にはよく分からない。
そんな私に、オーランド様が説明してくれる。
「瘴気を体に受けすぎると、上手く排出できずにため込み、ずっと瘴気におかされている状態になってしまうんだ。たしかに、気を抜くとすぐに弱っていくというのは瘴気の影響に似ているね。一度、瘴気をはじめ毒や呪いなんかのあらゆる状態異常を検知できる測定水晶で調べてみると良いかもしれないなあ」
「測定水晶、ですか。それで調べたら、治し方も分かるかもしれないっていうことですよね?その水晶はどこにあるんですか?」
「それが、神殿の持ち物なんだよね~。あいつら、貸してくれるかな……魔塔のことを嫌っているからなあ」
オーランド様が嫌そうに呟く。
神殿……リゼットに頼めば、魔獣ちゃんの不調の理由が分かるかもしれない。




