40_天才魔法使いの心配性がただ一人に対してだとはまだ知らない
足元から崩れ落ちたセルヒ様の姿に、ひょっとしてどこか怪我をしてしまったのかしらと慌てて駆け寄ろうとしたのだけれど、私がセルヒ様の元に辿り着く前に、彼は何事もなかったかのように立ち上がった。
(あ、あれ?)
一瞬前の様子とあまりにも違う動作で微塵の不安感もなく立つセルヒ様の姿に、思わず目をぱちぱちと瞬いてしまう。
……どうやら怪我をしたのではなさそうだわ。それならよかったけれど、じゃあさっき崩れ落ちてしまったのはなんだったのかしら?
疑問に思っていると、残りの距離を風のような速さで近づいてきたセルヒ様が何食わぬ顔で答えを示した。
「取り乱してごめんね、ルーツィア。フワフワの背中に埋もれるように乗る君があまりに可愛くて心臓発作を起こしかけてしまった」
「へっ!?」
「ルーツィアはそれどころじゃなかっただろうに、本当に申し訳ない。あの元兄から何か酷いことを言われなかったかい?それが心配でこうして戻ってきたというのに、君が無事に元凶から離れた姿を見たことで気が緩んでしまったのか、一瞬君の可愛らしさで頭がいっぱいになってしまった!ああ、安全になったとはいえ君が傷ついているかもしれないという時に、こんな愚かな俺をどうか許してくれ……!」
話している途中から苦悶の表情に変わっていくセルヒ様。
情報量が多くてうっかり内容が右から左へ抜けてしまいそうになったけれど、つまり私がミハイルお兄様と話している姿が見えて、何か傷つくような事態が起こらなかったか心配してきてくれたようだった。
魔物は大丈夫なのかしら!?と一瞬だけ周囲に目を向けると、近くには倒れ落ちた魔物の姿がいくつも転がっている。いつのまにか近くに動ける魔物はいなくなっているようで、この分なら大丈夫そうだ。
さすがセルヒ様だわ……!!
そして、そうしてでも私を心配して駆けつけてくれたことが嬉しい。
「セルヒ様、ありがとうございます!ミハイルお兄様──ミハイル様はリゼットを心配してここまで慌てて駆けつけてきたようです。私は特にこれといって何も言われてません。リゼットがいたので、私なんかに構っている余裕はなかったと思います」
あ、正確には、リゼットが弱っていることで私が怒られそうな雰囲気を感じて、何かを言われる前に逃げ出してきたんだったわ。だから、本当だったら何か言われていたかもしれない。
セルヒ様に報告した後でそのことを思い出したけれど、結果的に言われていないのだから、今私が言った内容も、別に嘘ではないわよねと思い直した。
「それならよかった」
セルヒ様はそう言って頷いたものの、その視線がチラと一瞬、私の後ろの方に向けられる。つられて振り向きかけたけれど、そうする直前に大きな声で名前を呼ばれて私は動きを止めた。
「ルーツィア嬢〜〜!」
「あ、ノース様!」
「怪我はない!?セルヒがさっさと行っちゃったから、気が利く俺は万が一のために回復薬をいくつか持ってきたよ~!」
空を飛んで現れたノース様は、右手をぶんぶんと大きく振りながら、左手には回復薬の瓶を数本抱えていた。
回復薬……そうだ!
「ノース様、その回復薬、もらってもいいですか?」
私がそう言うと、セルヒ様がすごい速さで私の顔を両手で包み込み、こぼれ落ちそうなほどに目を見開いて凝視した。
手が!私の顔を!そして顔と顔の距離が近いいい!
「ひ、ひええっ!?」
「ルーツィア!?まさか、やっぱりどこか怪我をしているのか!?ど、どこを……!」
「わわわわわ……!」
「顔は無事だな、腕か?足?」
セルヒ様は言いながら、怪我がないか確かめるように私の体を触っていく。その動きはすごい速さで、止める暇もない!け、けど……!待って……!
「ひいいい……っ」
「まさかお腹や胸なんかを──」
「セルヒ〜?それ以上やったらお前今日から『変態』って呼ばれて二度とルーツィア嬢に近寄らせてもらえなくなると思うけど、大丈夫そ~?」
ノース様の呆れたような声に、危うく私の胸元に触れるところだったセルヒ様の手がピタリと止まった。
そして次に私が瞬きをしたときにはセルヒ様はノース様より後ろにいた。
「ル、ルーツィア!すまない!俺は決して君に不埒な真似をしようなどと思ったわけではなく……!!!」
私は恥ずかしさのあまり全身が熱くてわなわなと震えていたけれど、必死に「違う違う」と首をふるセルヒ様の全身が信じられないほど赤くなっていて。それを見ていると少しだけ羞恥心が落ち着いた。
だけど、少しだけなのでやっぱり恥ずかしい。
「だ、大丈夫です、分かってます……」
気持ちを落ち着けるためにふうっと大きく息を吐く。
うんうん、セルヒ様は私を心配してくださったんだもの。むしろ、セルヒ様がとっても心配性だと知っているのに、誤解を招く言い方をしてしまった私が悪かったんだわ。
そう思い、理由とともにもう一度回復薬が欲しいということを伝える。
「あの、私が回復薬を使いたいわけじゃなくて。この場には怪我を負っている人がたくさんいますよね?だから、その回復薬を使って一気に皆さんを回復出来たら、私もこの場でお役に立てるんじゃないかと思って」
「それは、そりゃあそんなことができればものすごーく助かるに決まっているけど。……一気に?」
ノース様が不思議そうに首を傾げる。
「はい。私、良いこと思いついたんです!」




