王子
《マリウス視点》
私の世界は、広い様で狭い。
王子などという立場だから、求められる物も多い。
だが、そんな物はすぐに提供できる。
《天才》《神童》などと呼ばれる事は多々あった。
周りから持て囃されているからと言って、幸せではない。ただ鬱陶しいだけ…孤独なだけ。
同い年の者は、私よりも幼く話が通じない。
そんなつまらない人生を送る中、私は当時の第一騎士団長であったダグラスと出会った。
死んだ目をしていると言って、何故か模擬刀を渡され手合わせをする事になった。
剣術など、まだやった事はなかったが、人並みにできる自信があった。
しかし、それはあくまで人並み。
英雄級の人間に敵う筈がなかったのだ。
「殿下もまだまだですな」
「…」
「私の孫も殿下の様に周りの子よりも成長が早く、その身に余る期待を浴びて生きています」
「…私と同じ?」
『そんな筈は無い』そう思った。それは、親や親族の欲目であり、私とは違うと…。
「はい、殿下と同じです」
「そうか…」
私とは違うと思いながらも、何故かそのダグラスの孫に興味が湧いていた。
それからダグラスが騎士を辞めるまでの間、よく彼の元へ孫の話を聞きに行った。
そして、ダグラスが騎士を辞めても、偶に王宮へ来ている彼に話を聞きに行っていた。
「何? もうそんな事をしているのか?」
「はい。この前など、模擬刀を私に当てたのです」
「何? それは本当なのか?」
「えぇ、本当です。でも最近…」
そこまで言うと、ダグラスは寂しそうな顔をした。
「最近、どうしたんだ?」
「いえ、早い思春期なのか私が触れるのを嫌がるのです。いえ、私だけではなく、弟以外の人間に触られるのを極度に嫌がって、先日背後から近づいたら投げられましてね…」
「…凄いな。確か、私と同い年の筈だったな?」
「はい。殿下より少し背は高いですが、まだまだ小さくて可愛いらしい天使です」
「天使…そんなに強い子息がか?」
私の問いに、ダグラスはきょとんとした。
「いえ、孫は女です」
「え…」
衝撃の事実だった。
まさか、今までダグラスに聞いていた私と同じだと言う孫が、娘だったとは…。
そんな恐ろしく強い令嬢がいるなんて、普通じゃない。
と思ったのに、それと同時に益々興味が湧いた。
周りと違う自分と同じ。しかも相手は令嬢。
男の私よりも優れていると、ダグラスに言わせるそんな孫娘。興味が湧かない筈がなかった。
そして、初めての出会いは、婚約を持ちかけられているロゼライン公の娘の誕生日パーティーだった。
行くか迷っていたが、時間が出来たので顔を出したら、そこでダグラスの孫娘のテレサに出会った。
話は出来たが、時間がそれ程無く、すぐに帰る事になってしまった。
こんな事なら、時間をちゃんと作って行くべきだった。
しかし、乗馬の約束が出来たのは良かった。
ダグラスから、騎乗での彼女の姿は本当に美しいと聞いていたからだ。
確かに、初めてあった彼女はダグラスに似て、とても整った顔立ちで、背もピンとしていた。きっと、将来はダグラスの様に引く手数多だろう。
そこまで考えて、少しもやっとした。
彼女と会った数日後。
私はまた彼女に会う事が出来た。しかも、王宮の騎士団専用修練場でだ。
話を聞くと、先程まで騎士の一人と手合わせをしていたらしい。
見逃した事に悔しさを感じながらも、次は絶対に見ようと思った。
そして、もう手合わせをしないらしかったので、乗馬に誘った。
ダグラスの後押しのお陰で、彼女もそれを了承してくれた。
いざ、彼女との乗馬を始めるとダグラスの言っていた事が真実だと実感した。
彼女とその愛馬は信頼し合っていて、側から見たその姿は、息を呑むほどに美しいと思った。
そんな彼女との乗馬中、ロゼライン公とナターシャ嬢に会った。偶然を装ってはいるが、彼の事だから偶然ではないのだろう。
彼は、自分の娘と私を婚約関係にしたいらしい。それは、溺愛している娘の為でもあり、公爵としてより一層の権力を手に入れる為だろう。
そんな者は、彼だけではない。
なので、最近はそれにうんざりしていた。
好意を持たれるのは良い事だ。だが、それに権力というドス黒いものが混ざると、ただただ鬱陶しい。
公は、私がテレサ嬢を誘ったと知ると、すぐに自分の娘もと言って聞かない。
私の侍従の言葉も聞かず、娘を私の馬の後ろに乗せた。
そのすぐ後、挨拶の為に馬を降りていたテレサ嬢が、何の前触れも無く公を突き飛ばした。
驚いて目を見張った瞬間、私の跨っていた馬が暴れてテレサ嬢を後ろ足で蹴り飛ばした。
すぐに馬は落ち着いたが、テレサ嬢を見て血の気が引いた。
そこには、血塗れで倒れたテレサ嬢の姿があった。
瞬時に、何故テレサ嬢が公を突き飛ばしたのか理解した。
彼女は、公を守ったのだ。その身を呈して。
私の腕にしがみついていたロゼライン嬢の手を退け、馬から降り医師を呼ばせ、彼女を処置室へ運ばせた。
近くで見たが、彼女の腕は目を背けたくなる様な状態だった。
湧き上がる怒りを隠す事もなく公を見ると、その顔はまるで嘲笑っているかの様だった。
「一体、どんな教育をされているのでしょうなぁ?伯爵令嬢如きが、私を突き飛ばすなど…」
「…公、それを本気で言っているのか…?」
「どうされたのですか殿下?あの様な無作法者、ああなって当然なのです」
「!!この愚か者が!!」
「!?」
自分でも驚く程、声を張り上げていた。
自分の奥底から湧き上がるこの怒りを抑えられない。
「貴様は、彼女に命を救われておきながら、何なのだその態度は!?もし、彼女が動かなければ、お前は今頃死んでいたかもしれないのだぞ!?それをお前は…!!」
「殿下」
トマの声で我に帰る。
一度心を落ち着け、もう一度改めてロゼライン公を見据える。
「ロゼライン公、貴殿には失望した」
「!?…で、殿下…何を…」
「もう良い。お前の顔など見たくもない。トマ、行くぞ」
「はい、殿下」
「お待ちください殿下!!」
私の背中に向けられた、公の悲鳴の様な叫び声を無視して、私は自室に戻った。
ダグラスには、この事がすぐに伝えられ、それからずっとテレサ嬢の側で付き添っている。
私からの謝罪は不要だと言い、彼女が運ばれた部屋にすら入らせてはもらえなかった。
当たり前だ。その場に居たにも関わらず、何も出来なかったのだから…。
そんな自分が不甲斐なくて仕方がない…。
私は自分の無力さに嫌気がさした。
次の日、公が私に謝罪に来たが、相手が違うと言って追い返した。
その後、テレサ嬢にずっと付き添っているダグラスの元にも謝罪に行ったらしいが、追い返されたと聞いた。
公が、テレサ嬢に対して放った言葉は、ダグラスの耳にも入っていたのだろう。
その日も、彼女が目を覚ます事は無かった。
しかし次の日、彼女が目を覚ましたと聞き、また会う事は出来ないかもしれないのに、足が勝手に動いた。
その向かう廊下でダグラスに会ったが、彼はただ『大丈夫ですよ』とだけ言って笑っていた。
部屋に入ると、先程ダグラスが言った大丈夫は嘘なのではないかと思う程に痛々しい姿の彼女が、ベッドの上で横になっていた。
体が動かせないのか、顔だけをこちらに向けて私と侍従のトマを迎え入れてくれた。
そして、ロゼライン公の話をすると、無事で良かったと言って笑った。彼女は、公が何を言ったか聞いていないのだろうか?もしかしたら、ダグラスが伝えなかったのかもしれない。
私も、その事を敢えて彼女に伝える事はせず、話を続けた。
そして謝罪をした時、彼女は私を諌めた。
王族としての私の立場を私よりも知っている。そして、臆する事なく私を正そうとしてくれる言葉が、とても心地良かった。
彼女のグレーの瞳を見つめ、心を決める。
私は、この国の民を導く正しい王になる。
そして、もし叶うのであれば彼女に私の隣に立って欲しい。
勿論、力で強制するのではなく、彼女が心から認めてくれる王族となって、私の手を掴んで欲しい。
「これからは、この様な事がない様に、王族として一層精進に励もう」
「はい。それでこそ殿下ですわ」
彼女のこの笑顔をずっと隣で見られる様に…。




