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少年の思い

《マルロ視点》






俺の母親は、俺が五歳になる少し前に死んだ。


そのまま汚い屋根裏に住んでいたけど、その後すぐに俺は貴族の家へと連れて行かれた。


何でも、俺の親父はこの家の貴族で、そこのメイドだった母親が貴族である親父との子…つまり俺を身篭った事を知って、屋敷を出たらしい。



親父には、同じ貴族の妻がいて、子供もいる。俺よりも一つ上のその息子である《ルイス・ペンドラ》は、体が弱く伏せりがちだそうで、俺の存在を知った親父が俺を見つけて引き取ったという事だった。

つまり、俺はルイスの保険だ。



しかし、そんな存在をその母親が許す筈が無く、俺が来て数日が経ったある日、使用人の手によって熱した油を顔に掛けられた。でも、俺が気絶して気がついた時には、それは俺が自分でやった事になっていた。


顔の左半分に酷い火傷を負った。

それからというもの、親父がいない時はその母親のあたりが強かった。



食事を抜かれるのは当たり前。部屋に閉じ込められて、鞭で打たれる事も…酷いと毒を盛られたりもした。


幸い、毒で死ぬ事はなかったが…寧ろ耐性がついた。



そんな俺に、あの女は罵声を浴びせる。


『醜い』『下民の分際で』『家畜以下のゴミ』


色々言われた。


しかし、誰も助けてはくれない。



次第に俺は、この家の人間を憎む様になった。



俺をゴミと呼び蔑ろにするクソ女。

呼び戻すだけで俺と殆ど関わろうとしないクソデブ。

何も知らず、安穏と暮らしている義兄。

俺を忌避する使用人達。


いつか必ず、こいつらに復讐してみせる。

俺が受けた屈辱を倍にして返してやる…!!





偶に連れて行かれる貴族達の集まりでも、他の貴族達から怪訝な顔をされ、無視される。

子供には暴力を振るわれる事もあった。

しかし、反撃すればもっと酷い目にあった。




だから俺は、誰も信じず、誰にも心を開かない。



そんな風に生きていた。

そう生きるしかなかった。


彼女に出会うまでは…。






何故か招かれた、公爵家といううちよりも更に上の貴族の子供の誕生パーティー。


貴族は、上に行く程酷くなる。


だから、また酷い目に会うのは分かっていた。だから俺は、隅で目立たない様にしていたのに、やはり絡まれた。



いつもと代わり映えしない罵倒を浴びせられながら、飽きられるのを待つ。

突き飛ばされても黙って何も言わなかった。


しかし、その日はいつもと違った。



「一体何処が気持ち悪いの?」



そんな声が聞こえて視線を向けると、そこにはグレーの瞳をした、他よりも少しでかい女が居た。


その女の登場で、俺を囲んでいた奴らは逃げて行った。

それを何故か寂しそうに見送る女。


しかし、何故かその女が俺に手を差し出してきた。

一体何がしたいのか、すぐには理解出来なかった。



「いつまでもそんな所に座っていたら、また馬鹿にされちゃうわよ?」



驚いた。

その女は、ただの善意で俺に手を差し出したと分かったからだ。今まで、そんな事をしてきた奴は一人もいなかった。


だから俺は、礼を言って手を取った。


そいつに引き起こされ、いつもの空腹で足元がふらついて倒れそうになった。

しかし俺は倒れずに、その女に抱き止められたのだ。


体に、柔らかい感触が伝わる。

すぐに自分の状況に気がついて、その女から離れるが、顔が熱い。


女は、俺を見て笑った。

それは、とても優しい笑顔だった。


俺がそんな事に気を取られていると、女が名乗った。



「私はテレサ。テレサ・ルーベルン。貴方は?」

「お…私は、マルロ・ペンドラ、です」



俺という所だった。

貴族の前での発言は、気を付けなければいけない。それは、これまでに嫌という程学んだ。

他の貴族の話し方を真似、なるべく浮かない様にと努力もしていた。



テレサと名乗ったそいつは、黙って険しい顔をしている。名前に心当たりがあったのだろうか?今になって、誰に声をかけて助けたのかに気づいて、焦っているのだろうか?


そんな事を考えたら、少し胸が痛くなった。

自分でも単純だと思う。


しかし、次の彼女の言葉に、また驚かされた。



「取り敢えず、一緒に座ってお話ししましょう?」

「え、お、私とですか…?」

「あら、他に誰かいる?」



当然ながら、周囲を見回しても俺と彼女しか居ないので、俺は首を横に振った。



「悲しい事に、私も避けられているみたいだから、良かったら一緒にお話ししたいの」



その言葉に、何故か俺はとても嬉しくなった。



「私で良ければ…」

「えぇ、貴方が良いわ」

「!!」



胸が、大きく跳ねた。というか、何かに心臓を鷲掴みにされた様な感じがした。


動揺する俺の手を彼女は掴んで引っ張る。そして、俺を椅子に座らせて何処かへ行ってしまった。



一体、彼女は何なのだろう。こんな俺と話して、何がしたいんだろう…。


そんな事を考えていると、目の前に色んな食べ物が乗った皿を差し出された。

しかし、咄嗟のことで手が出ない。


そんな俺に彼女は、皿を強引に渡す。



「さっき少し食べたけど、中々美味しかったわ。マルロ君も食べてみて?」

「私が食べて、良いのか…ですか?」



また、普段の言葉遣いが出てしまったが、彼女は気にしていない様だ。それよりも、さっきの君が気になるのだが…俺の腹は、食べ物を求めていた。



「ふふふ、招待されたのだから、良いに決まっているじゃない」



その言葉を聞き、俺は皿に盛られた柔らかいパンを一気に口の中へと入れた。


するとまた、彼女が笑った。


そこで俺は、自分のしてしまった行動が一気に恥ずかしくなった。


いつも早く食べないと、下げられたり踏みつけられたりしているから、いつもの癖で一気に口に入れてしまった。

そしてまた笑われた。



「ふふふ、私は盗らないからゆっくり食べたら?」

「…はい」



恥ずかし過ぎて、そんな答えしか出来なかった。


それからは、口一杯に溜め込まない様に少しずつ食べた。しかしその間もずっと、彼女は俺を見ていた。

凄く楽しそうにしながら…。



そして、皿に盛られた物を全て食べ終わると彼女が口を開いた。



「ところで、その顔の傷はどうしたの?」



一瞬で血の気が引いた。

髪で隠しているが、この火傷跡は俺にとってあのクズ共と繋がる汚いものだから、彼女に見られたくなかったし、もう触れて欲しくなかった。


そんな俺を見てなのか、彼女はすぐにまた口を開いた。



「あぁ!言いたくないならいいのよ?ただの好奇心で聞いているだけだから」



正直、俺は彼女の考えている事がわからない。何故、こんな醜い俺に興味を持つのか…。俺は、貴族から嫌われている。彼女もそうだと言っていたが、俺から見れば、何故彼女が嫌われるのかわからない。

こんな俺を気にかけてくれる。笑いかけてくれる。他の貴族達とは違う。


俺は、彼女の真意を確かめようと目を見た。

俺と目があっても逸らさない。不快さなんて微塵も見せない。まるで、本当にそんな感情が無いかの様に…。


彼女になら…俺に笑顔を見せてくれる彼女になら…話しても良いかもしれない。



「ここでは言えない」



俺は、自然にそう言っていた。


すると、彼女はまた嬉しそうに笑った。



「そうね!ここは天使ちゃんが多いものね!」

「は?て、天使ちゃん??」

「あぁ、いえ。こっちの話よ」



よく分からないが、彼女は少し変わり者なのかも知れない。



「良かったら、私とお友達になりません?」

「え…」



突然の事で、思考が一瞬止まる。



「嫌、ですか?」



彼女が、少し不安そうな顔をする。

それを見たら、早く否定しなければと口が動いた。



「いや!そういう訳じゃない!けど…俺なんかと仲良くしても、良い事ないよ…」



本当にそう思った。

俺なんかと居たら、彼女まで絡まれる事になるかも知れない。

今は子供だから大した事ないかも知れない。でも、大人になれば…あいつらは何をしてくるか分からない…。



しかし彼女は笑った。



「ふふふ、そんな事ないわ。私にとっては良い事ばかりよ?」

「は…?なんで?」



俺が唖然として聞くと、彼女は少し考える様な仕草をしてから、楽しそうに答えた。



「そうね…貴方がとっても可愛いからかしら?」

「なっ!?」



思わず、椅子から勢い良く立ち上がってしまう。

本当なら、こんな行動も貴族達は嫌がる。

でも、そんな事を忘れる程にその時の俺を見上げる彼女がキラキラして見えた。あぁ…顔が熱い。


そして、咄嗟に俺は…。



「お前の方が、可愛いじゃないか!」



などと口走っていた。


それを聞いた彼女は、変な声を出した後笑い出した。

それは本当に可笑しそうに。


俺は恥ずかしさからなのか、周りを気にせずに彼女に怒りをぶつけた。

しかし、それさえも彼女は笑い飛ばしてしまう。



怒っているのに、何処かで彼女の笑顔をもっと見ていたいと思ってしまう自分が居た。


きっと俺は…。




その後、笑いが収まった彼女に謝られ、ケーキを取りに行く彼女の背中を目で追った。


一人になった俺は、彼女を思い出して自然と口角が上がっていた。

そして、早く戻って来て欲しいと願っていた。








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