蟹の神の世界 アクアスフィア⑧ モモ
「ここにジョーカーは居ない。つまり他の四人の誰かだろう。今から見張りを立てる。二人でペアだ」
シノブの奴、随分と変わり身が早いわね。マキを殺してしまった時は、アレだけ震えていたのに。
もしかして……芝居!?
そうだ、あたしが今からやる芝居に似ているのだ。となるとシノブ、マキを故意に殺したわね。
あとは証拠を見つけることが出来れば、上手くシノブを操れるかも。
マサカツの奴も、あたしがちょっと色目使ったら「自分に気があるかも!?」って勘違いしているし。
ふふ……男の子って単純ね、ほんと。
見張りのあたしのペアはダイジロウとシノブが決める。恐らくシノブの奴はあたしを少し疑っている。
カード見せる時、おかしな態度取っちゃったからね。でも、あたしを監視するためにダイジロウをつけたのは仇ね。
「よろしくね、ダイジロウ」
「お、おう。ちょっとあんまりくっつくなよ」
ダイジロウも初ね。少し体を触れただけで赤くなっている。皆、ダイジロウの態度を良く見ていてね。
これが、ダイジロウがあたしに殺される動機になるのだから。
◇◇◇
あたしとダイジロウの見張りの番になり三十分ほど過ぎた。今、あたしはダイジロウからカード受け取る。
違うわね。正確には、あたしが勝手に貰うんだけど。
「単純なやつ。カードの能力は……“百発百中”? あはははは、なにこれ。あたしにピッタリじゃない! まるで、あたしのために用意された能力ね!! ありがとう、ダイジロウ!」
あたしは物言わなくなったダイジロウに礼を言う。あたしの“針千本”で、木に長く細い針で貼り付けられたダイジロウに。
あたしは自分の服を胸元から力一杯引き裂き、スカートも引きちぎりホックが弾け飛ぶ。
そして……「きゃああああああぁぁぁぁ!!」と悲鳴を上げた。
「どうした、モモ! なにが──うっ、こ、これは」
「どうしたのマサカ──きゃあああっ!」
マサカツとナゴに続いてシノブとミツルもやって来る。木に貼り付けられたダイジロウの姿にナゴは震えていた。
「お前がやったのか!? モモ」
「うぅ……ま、まさか……ぐすっ、こ、こんなことになるなんて……。い、いきなりダイジロウが……ダイジロウがあたしを……ヒック、あたしを襲って……そ、それで思わず、能力を……でもまさかこんなことに……」
あたしを心配したマサカツに体を押し付けるように、抱きつく。どう、ナゴ。あなたには無いものよ。マサカツもこんなときに鼻の下伸ばしちゃって。
この時ばかりは、豊満に育った胸が役に立つ。親に感謝しなくちゃね。
「それで、ダイジロウのカードはどうした?」
おやおや、それを追及しちゃうのかしら。シノブ、あなたもマキのカードを持っているのでしょう? あの時は皆が動転していて誰も追及しなかったのに。
墓穴を掘ったわね。
「た、多分その辺に。あたしに向かって使おうとしたみたいだけど、その時あたしが……能力を使っちゃって、飛んでいっちゃったと……」
「なるほどな。それじゃ、念のため身体検査していいか?」
「ひっ!」と、あたしは腕で思わず、はだけた胸を隠してマサカツに体を寄せる。
「お、おい。いくらなんでも女の子を身体検査って。それは不味いだろ。おい、ナゴ! ボーッとしてないでモモの疑い晴らすためにナゴがやりなよ」
ナゴはマサカツの声に反応して、なるべくダイジロウを見ないようにして、あたしの身体検査を、始めた。
「な、ないわね」
当然よ。あなた達が来る前にあたしの下着の中に隠したもの。いくら同性でも、そこは男子の目の前で触らないでしょう?
「な、なぁシノブ。ダイジロウこのままじゃ可哀想だし、埋めてやろうぜ」
「そうだな。手伝ってくれミノル」
一本、一本針を抜き、貼り付けられた木からダイジロウの遺体を降ろすと、ミノルとマサカツの手によって掘られた穴へ入れる。
「ごめんなさぁぁい、ごめんなさい、ダイジロウぉぉ!!」
あたしは、ダイジロウの遺体の側で号泣すると「モモのせいじゃないよ」と、マサカツが慰めてくれる。
ああ、涙が止まらない──あまりにも、おかしくて。
◇◇◇
「喉乾いたな、クシナ」
「同意。クシナ、水探してくる」
「止めといた方がいいな。これだけ用意周到な島だ。人は水さえ飲めば一週間生きられる。期限が一週間とされているからな。俺なら、島の水には毒を入れる」
あと一時間でカードが使える。それまで俺とクシナは、再びひたすら体を休めるのに専念するのであった。
そして、一時間が経過する。
「“千里眼”!」
今日の昼の分は投下されたあとであった。くそっ、昨日の昼の投下を遅らしたのは、この為かと俺は悔しがる。
次の食糧は絶対確保したい、その為には他の奴らの動向と居場所を把握するために、俺は千里眼を使った。
サクラとレンカ組。特に変化はないようだ。側には食糧と思われるものがある。確保したものだろうが、水だけでも分けて貰えないかな。
そして、シノブのグループ。
「人数が減っている?」
大柄なダイジロウってのが居ない。辺りを見渡すが見当たらない。
そうか、ジョーカー。
もしかしたら、ダイジロウってのがジョーカーで、あいつ等に殺されたのかもしれんな。
だとしたら、シノブの仕業か。だったらシノブはカードを三枚揃えたことになる。
「他の奴らは、事の重要性がわかっていないみたいだな」
千里眼は俺にしか見えない為に、隣でクシナがキョトンと小首を傾げる。
俺はクシナにシノブ達の置かれた状況を説明してやった。
「謎。確かに三枚揃える必要はあるけど、重要性って?」
「いいか。今、シノブは三枚持っていると思われる。つまりもうクリアは目前なんだ。ところが、あのグルーヴは他に四人いる。皆でシノブを襲ったところで手に入るカードは三枚。これじゃ、不公平が生まれてメリットがない」
クシナはここまでは分かったと頷き、俺は続ける。
「たとえ一人でシノブを襲っても、返り討ちに合うか裏切りもの扱いされて他の仲間に殺されるのがオチだ。つまり、シノブの身の危険は、ほぼ無くなったんだ。だからこう言える『クリアしたかったら、俺の命令を聞け』ってな」
シノブが持つカードは二枚なのだが、俺はこの時まだ知らなかった。
そして、俺が言ったシノブと同じ立場にいる者が他にいる事を、俺はまだ、知らない。




