水瓶の神の世界 ファルブーク⑪ 囮
「ログ、お前……何でここに……」
牢のある洞窟から抜け出してきた俺達を待ち受けていたのは、男女問わずに集まって来ていたここの住人達であった。
戸惑う住人達だが、その中でログの知人だと思われる男性が一歩前に出てログに問う。
「おい、ログ。あの方は……?」
「知らねぇよ……」
ぶっきらぼうに答えたログに腹を立て男性は「あぁん?」と、言葉に凄みを利かせる。
しかし、これがログの琴線に触れた。
「知らねぇって言ってんだろ! 消えちまったんだよ! それより、お前ら!! 俺の妻を何処にやったぁぁっ!!」
大声で張り上げてログは怒りを露にする。普段は、こんなことはないのだろう。ログの豹変に住人達はあたふたするしかなかった。
つかつかと、知人に歩み寄るログ。知人の胸ぐらを掴み「何処にやった」と、目と鼻の先でドスを利かして、やり返す。
「す、すまねぇログ……あの方の命令だったんだ……」
男性が震えた指で指し示す方向には、小さな土山が。
全てを悟ったログは、その土山へ向けて走り出し、覆い被さると、おおっぴらに声を張り上げ泣きじゃくる。
「オジサン……」
「メイリー。悪いけどログを慰めてきてくれない?」
「うん。わかったわ」
ログのことはメイリーに任せる。俺は俺でやらなくてはならないことがあったから。
「さっきログが言っていたように“あの方”ってのは、消えましたよ。なんなら、洞窟に入った二人にも聞いてもらえればわかること。それより、他に話が通じる方はいらっしゃいますか?」
ざわざわと騒ぎ始める。恐らく、“あの方”ってのが、取り仕切っていたのだろう。誰も名乗り出ようとしない。
「あの……俺でいいか?」
唯一名乗り出たのは、先ほどのログの知人の男性。
俺は、初めが肝心と、岩壁へミョルニルを叩きつける。
岩壁は、大きな亀裂が俺の殴った位置から入っていく。
「言っておくけど、私、強いわよ」
脅しの意味も込めてのショータイム。足が震える代表の男性と共に近くの家に俺は入った。
「まず、聞きたいのは、“あの方”って何者なの?」
「わからねぇ……」
俺はテーブルを叩き壊す。
「ほ、本当にわからねぇんだ。いつからかはわからねぇが、ひょっこり現れて俺達が洗脳されているって、滔々と話してきたって聞いている。俺自身は“あの方”からは、聞いたんじゃないんだ」
「なるほど、ね。それじゃ、あの武器はどうしたの?」
「あれは、“あの方”が持ち込んだって聞いている」
「使い方は? わかるの?」
「一部の奴だけ……俺はわからない」
あの重火器の山は、やっぱりあの方ってのが、この世界へ持って来たのか。
このまま、この世界に置いていく訳にはいかないか。
アイテムボックスに入りきらないものは、破壊しておかないと。
破壊さえすれば、修理など出来ないだろうからな。
俺は少し考えていると、家の扉が勢いよく開かれる。
入ってきたのは、ログ。そして、ログを止めようと後から追いかけてきたメイリーであった。
「お前が……お前が……妻を!」
ログは体を小刻みに震わせ、今にも飛びかかろうとする勢いだ。
俺と話をしていたログの知人の男性は顔を俯かせて、顔色が真っ青になっていた。
「ログ。気持ちはわかるけど、今は抑えて。お願い」
メイリーがログより小さな体で押さえつけ、俺もログと男性の間に割って入り、立ち塞がる。
涙を流し、噛みちぎりそうな勢いで唇を噛むログ。
ログの気持ちは、痛いほど理解出来る、俺も──。
──ズキン!
突然頭が割れそうに痛くなる。明確には分からなかったが、頭の中を何かの記憶が走り去った。
ログの気持ちが痛いほど理解出来る?
俺が?
この世界に来てから、別に似たような経験はなく、大事な人を失った訳でもない。なのに、何故俺はログの気持ちが痛いほどよくわかるのだ?
自分自身に疑問を感じるものの、今はそれどころではないと、意識をログへと向けた。
俺がガンとして譲らないと理解したのか、ログはなんとか堪えてくれる。
再び話し合いに戻った俺は、残っている武器を俺の所へ持ってくるのと、面だった者を集めるように命令する。
一言「わかった」と言って男性は家を出ようとログの隣を通り過ぎる。
その際に、ボソリとログに何か呟き出ていった。
「ログ。大丈夫?」
「……あいつも……あいつも怖かったんだと。『すまない』って」
ログに何を言ったのか、よくわからないが、恐らく怖かったというのは、“あの方”ってのに逆らって自分や自分の大切な人を巻き込むのが怖かったのだと推測出来る。
◇◇◇
準備が出来たと連絡が入るまで俺は、メイリーとログに今後どうするかを伝える。
重火器による、一方的に蹂躙するような戦争は偶然だが、“あの方”が居なくなることで阻止は出来そうだ。
残る問題は、勇者に成りすましている魔王のみ。
そして、俺はこの世界で自由を満喫してやる。
あ、今の俺は女性だった……。
なんだろ。一気にヤル気失せた。女性になったとはいえ、心は男だ。
男色を否定するわけではないが、俺にその気はない。
いや、まだ諦めるのは早いかもしれない。男色じゃなければ……
俺の心は決まり、なるべく表に出さないように悦に入る。
連絡を受けて外に出たときも、スキップしたい気持ちを必死に抑え込んだ。
「何これ?」
集められた武器の山を確認していると、重火器の中から似つかわしくない杖状の武器が出てきて為、俺は手に取る。
俺が知っている杖状の武器は、魔法の力を高めたり直接殴打に優れているものが多い。
もしかしたら役に立つかもと、その杖と、重火器ではない武器だけは取り除き、あとは一つ一つ丁寧にミョルニルで叩き潰していく。
「あぁ~」と、武器を惜しみ嘆く声が集まった人々から漏れる。
これらの武器が一体どれだけの命を奪えるのか自覚がないようだ。
今ので俺は躊躇っていたが、決心が着く。
俺は瓦礫の山と化した武器の上に立ち、集まった人達へ、勇者の正体を伝える。
もちろん、証拠など何もなく、顔色を伺う限り半信半疑より、やや下回っている様子。
しかし、そんなことは俺にはどうでも良かった。
「私の言ったことを信じなくても構いません! ですが、相手が勇者だろうと、魔王だろうと狙いは共通ですよね。だから、私達に協力してください! 別に戦う必要はありません。私とメイリーの二人を勇者……いえ、魔王の元に送り届けてくれればいいのです!」
俺は敢えて言っていなかった。魔王の周囲にいる兵士が魔物であることを。
ただの人が魔物に敵うはずもない。
俺は、この人達を囮にするつもりだった──。




