水瓶の神の世界 ファルブーク⑫ 魔王退治
魔王が勇者に成り変わり、支配する世界。人々は一見平和ではあるが、別の見方をすると、魔王と対立を放棄したとも取れる。
争いは醜いが、どの世界に於ても争いが文明を発展させることには違いはない。
この世界は、争うことを放棄したことによる停滞なのだと、俺は確信する。
「それでは手筈を話しますから、よく聞いてください」
俺は皆の前で作戦を話す。それは、とても単純で首都のグランベルーを正面から奇襲して侵入、なるべく他の兵士を引き付けておいて欲しいとだけ。
危険じゃないのか、ろくな武器も無いのにと、動揺が走り、ざわつき始める。
すると、ログの知人の男性が集団の一歩前に出て振り返る。
「皆、行こう! 俺達の目的は勇者の独裁体制を崩すことだろ。それに彼女は、あくまで引き付けるだけで良いと言ってくれている。彼女の全てを信じる訳ではないが、それでも俺達が強いと信じていたあの瓦礫の山を見ろ。彼女は、拳一つで壊すくらいには強い! きっと勇者を倒してくれるさ」
沸き上がる歓声に俺は上手くいったと心の中で、ほくそ笑む。
それから一週間かけて準備を行う手筈となる。
俺自身も、折られた腕の治療を行う時間が欲しかったからな。
それに、魔王に通じるかどうかわからないが、そこそこの武器は手に入った。
メイリーには、同じく武器の山から拾った杖を渡しておこう。
メイリーの魔法の威力は捨てがたいしな。
◇◇◇
“万能魔法のススメ”には、もちろん回復魔法も記載されている。しかし、痛めた手で本を持ちながら使う魔法には苦労した。
骨を折られた上に捻り曲げられた。
そのせいか、治りがいまいち遅かった気がする。
一週間まるまる治療に要したが、それでも思わぬ成果を手に入れた。
あのメイリーに渡した杖だ。
あの杖を使用した魔法の威力は上がらなかった。
それでも、成果と言えるのは、メイリーの魔法の精度と制御が大幅にアップしたのだ。
俺自身には、ミョルニル程度と“万能魔法のススメ”による攻撃しか手段がなかったし、威力もそれほど高くない。
メイリーの魔法は、十分に切り札になりうる。
なるべく俺が今持つ重火器の世話にはなりたくない。
この世界のパワーバランスがおかしくなるからな。
「準備はいい? メイリー」
杖を胸元に大事そうに構えたメイリーが小さく頷く。他の連中も一般的な剣や槍を持ち、決戦だと意気揚々としている。
連中の中には男性だけでなく、女性も含まれている。
目撃者は、男女問わず多い方が後々、話が広がるしな。
勇者の正体が魔王であるという話を。
一週間の準備を終え、俺を先頭に向かうは首都のグランベルー。
最後は俺とメイリーだけで魔王に勝てるかが、鍵となる。
馬車を数台で全力で進み、夕暮れ時にはグランベルーへと到着した。
もちろん、少し離れた立ち並ぶ木々の陰に馬車を隠して夜を待つ。
夜陰に乗じて奇襲をかけるには、もってこいの暗さ。
俺達は、数台の馬車を横並びにして、その後ろを進んでいく。
いくら暗闇でも、大人数が歩いて来れば門番も気付き警戒するだろう。
篝火を焚く正門に門番の姿が確認出来る。人数はわずかに二人だ。
俺達は、見つかるか見つからないかのギリギリまで馬車を寄せ、荷台へ火を点けた。
馬車の速度を上げた直後、御者の役をしていた者が飛び降りると馬車は真っ赤な炎を上げた荷台を付けたまま正門へ突入する。
と、時を同じくして一斉に歓声を上げて全員がグランベルーへと突進していった。
「メイリー、こっち!」
グランベルーから、ワラワラと兵士が湧いて出てくる。兵士の相手は、任せて俺とメイリーは、裏道を通り城をまっしぐらに目指した。
「うわっ、何だ、この兵士! 溶けたぞ」
「くそっ、強えぇぇっ、なんなんだコイツら!」
あちこちで兵士に化けた魔物に苦戦を強いられる声が聞こえる。
「クリス! いいの、これ? 苦戦しているみたいだけど」
「大丈夫。私たちは城へ」
俺は更に強くメイリーの手を引く。メイリーは声が聞こえる場所を気にしているが、それでも自分の役目は俺から伝えてあるためか足を止めずにいてくれた。
城周辺は、想像以上に兵士が少ない。舐めているのか、罠なのか、それは行ってみなくてはわからない。
“巨爆火球”
不意を突いて火球を飛ばす。火球は周辺にいた兵士と共に入り口を爆破する。
兵士が集まってくるまでの僅かな時間をチャンスに俺とメイリーは、城の内部へと侵入した。
入り口側の大広間、中央に鎮座する二階へ上がる大きな階段と左右に四つの扉が見える。
迷いなく俺は中央の階段を登り二階へと向かう。
俺には理解出来ないが、何故か王様や魔王などは、高い場所に居るのが好きだ。
だからこそ、二階へ向かったのだが、大きな階段の途中で俺とメイリーは足を止めた。
「なんで、ここに……」
予想外であった。今居る階段を登りきったところに居たのは勇者……いや、魔王であった。俺とメイリーを見下ろすその勇者の目には、背筋にヒヤリとさせるものが感じられる。
とても、老齢の人がするような目ではなかった。
「クリス、もしかして……」
俺は勇者から視線を外さないまま、頷く。さっきから俺達に向けて敵意なようなものを放ってくる。
何故、俺達が敵だと気づいたんだ。
俺はメイリーを肘でつついて合図を送ると、俺も“万能魔法のススメ”のページを開き戦闘態勢に移った。
メイリーも杖を構えるが、同時に勇者の目が輝く。
「メイリー!!」
俺はすぐにメイリーに覆い被さると、二人して階段を落ちていく。
メイリーの居た場所を勇者の目から伸びた赤い光が通りすぎていき、一階の床に命中すると、爆発を起こす。
階段の途中で手すりに掴まり、下まで落ちることはなかった。しかし、これで確信を持てた。
目から光を放つ人など、考えられない。コッソリと後ろ手で他の転生転移先を探るが該当がなかった。
「メイリー。私が引っ掻き回すから、援護よろしく」
俺は階段を蹴り上がり一気に勇者の懐へ。ミョルニルで殴り付けるべく腕を伸ばすが、届く前に腕を掴まれてしまった。
しかし、掴んだのはミョルニルの手甲。俺はぐっと力を込めて拳を握り込んだ。
勇者にミョルニルを伝って電流が流れるも、気を失うどころか、そのまま俺を持ち上げて一階へ投げ落とした。
無造作に投げ捨てられた為に体勢が崩れ、このままでは床に直撃だった。俺は“巨爆火球”を一階の床に向かって唱えると、その爆風で体が浮く。
直撃は免れたものの、俺は階段に体を打ち付け一階まで階段をゴロゴロと落ちていった。
“ストーンスピア”
メイリーの魔法が勇者に真っ直ぐ向かう。勇者が俺を投げたタイミングと同時に。
ストーンスピアは、幾度か勇者を傷つけるも、顔をメイリーの方へと向ける。
「メイリー! 後ろに飛んで!」
俺の声に反応したメイリーは、すぐに階段を蹴り後方へと落ちてくる。
一階に着地したと同時に走り出す。そして、落ちてくるメイリーの体を支えた。
想像以上に強い。そんな事を考えていると、勇者はジャンプ一番、二階から俺達に向かって飛ぶ。
俺は咄嗟にメイリーを突き飛ばすと、顔の前で腕をクロスさせる。
そこに勇者の蹴りが入ると、俺は体を支えきれずに落下の勢いに吹き飛ばされる。
「しまった……」
俺とメイリーは、バラバラに別れてしまった。




