第3章7話 ギルドマスター
「こ、これって初級地下迷宮『虫の巣穴』のダンジョンコアですよね?」
結局は地下十階にあるボス部屋まで本当に1匹の魔物も出てくることはなく、ものの十分程度で駆け抜けてしまった。
ラスボスも幸いG系ではなかったのでボス部屋の入り口から放たれた、アリスの超位氷魔法【ゼロ・ケルヴィン】で瞬殺となったので、合わせても十五分もかかっていない計算になる。
ていうか俺達ってあの地下一階だけで、もしかして地下十階までの魔物達を一度に相手にしていたんだったりするんだろうか――それって地下迷宮が魔物暴走したのと一緒だったりして。ま、まさかね。
それにしても、本来は階層を超えて出現することの無い魔物が、しかも大挙して地下一階に集結していた理由については、冒険者ギルドによく調べてもらわないとな。
そんな訳でニースィアの冒険者ギルドでいつもの猫人族の受付女性にクリア報告をしていると、だんだんと顔色が悪くなって来て何だか額からも沢山の汗を垂らし始めてしまって、もしかすると体調でも悪いのだろうか。
「ええ、そうよ。それじゃあ、Cランクへの昇級試験は明日でいいのね? ところであなた、具合悪いなら休んだら?」
アリスも心配になったらしく誰かに代わるように言うが、引きつった笑顔のままで案内を続けるネコ耳の受付嬢。
おお、プロの矜持ってヤツだろうか――でもネコ耳が震えるようにピクピクして余裕が全く無さそうなんだが。
「い、いえ、私は大丈夫なので。それより、Cランク昇級試験は明日の午後一番からになっています。時間に遅れたりしないようご注意ください。それでは初級地下迷宮『虫の巣穴』クリアの手続きと、Cランク昇級試験の申請をいたしますのでこのままで少々お待ちください」
「あ、ちょっと待って。それから、その地下迷宮の地下二階でこいつらに襲われたんだけど」
そう言って、十三人のBランク冒険者達のギルドカードをバラバラと受付カウンターに落とすと、ギョッとした猫人族の受付嬢が椅子から立ち上がってとうとう叫んでしまう。
「こ、これは当ギルドに最近来たばかりのBランク冒険者達じゃないですか! 襲われたって、でも、それじゃ」
「うん、返り討ちにして地下二階に転がしてあるから、悪いんだけど後で拾いに言ってよ」
「はぁ? 返り討チ? Bランクヲ? コレ十三人いますヨ?」
アリスの言っている意味が理解できないのか、片言で喋り始めたネコ耳の受付嬢は、さらに激しくネコ耳と共にプルプルと震えはじめてしまう。
「あ~、実際はBランクは四人だけで、他の人族はみんなCランクだったみたいよ?」
そう言って、アリスが銀色のカード四枚と銅色のカード九枚を指差す。
「この人族以外って、竜人族に虎人族とインプ族、それに……ダークエルフまで……普通の強さの種族じゃないはずですよ!」
「え? ああ、確かに再生してたし、硬かったみたいだし、変なスキル使ってたみたいだし、精霊を呼び出したりしてたみたいだけど……普通だったわよ?」
「え――――」
綺麗な女性だろうに、そんな大きな口をあんぐりと開けてしまっているのでちょっと残念な女のかも。
あぁ、しかもそんな大きな声で叫ぶもんだから、ギルド会館の受付フロアが静かになってしまったじゃないか。
「ダークエルフだと? それは本当か?」
そう言って受付カウンターの奥から出て来たのは、長い耳と日焼けしたように綺麗な肌のどう見てもダークエルフの女性で――あれって、チャイナドレスだよなぁ。
妖艶なボンキュボンのナイスバディを、純白の登り龍の刺繍がされた真っ赤なスリーブレスのチャイナドレスに包んで、アッシュブロンドの長髪をザンバラになびかせた、たぶん相当な美人さんなんだろう。
おお、歩くとスカートの腰まである横の切れ目から、生足だけじゃなく黒の下着の紐まで見えてますよ。
それにしても、やっぱりあるんだねぇチャイナドレス痛い、痛い、痛いです、ルリさん。そんなに、脇をつねったら痛いです。
「ふん……カードは本物のようだな。それにしても、BランクとCランクが十三人もそろって初級地下迷宮なんかで何をしていたんだ?」
「ああ、それなら私達を輪姦してから、性奴隷として売るとか言ってたわよ。それから、隣りのホテルに女性冒険者を二人寝かせてあるわ。そのパーティーメンバーの男性冒険者の遺体は――たぶん三人分だと思うけど【収納】に入れて連れて帰ってあるから」
肩を竦めたアリスが手のひらをヒラヒラとさせて苦笑した後、そのまま苦しそうに後半は小さな声で職員にだけ聞こえるようにつぶやく。
「くっ、それはまた……そういうことなら、私が行こう。すまないが、遺体は奥の霊安室で引き取らせてくれ」
「え? ええ! そ、そんなわざわざ」
自分が行くと言い出したダークエルフの女性に、ビックリしたらしいネコ耳の受付嬢が止めようとするが、聞く耳持たないといった様子で既にスタスタと扉の方に一人で歩いて行ってしまっていた。
お~、受付カウンターに隠れて見えていなかった足元は、何とスカーレットのピンヒールだって痛い、痛い、本気で痛いです、ルリさん。
振り返るとルリが唇をアヒルのように尖らせて、紅い瞳を三角にして上目遣いで睨みながら、また脇をつねっていた。
「わ、わあ~、待ってください~。ちょっと、待ってくださいよぉ~。あ、あなた達ボケっとしていないで、すぐ後を追いかけて! ああ、アリスさん達はカードなどの手続きを済ませてしまいますので、少々お待ちください~」
猫人族の受付女性は周囲にいた女性のギルド職員に指示をすると、自分も全部のカード持って奥に走って行ってしまった。
「それじゃあ、遺体を霊安室に連れて行ってから、午後の【魔石】とドロップアイテムも換金しながら待つとしましょ」
まずはギルド職員に案内された霊安室に行って、みんなには下がっていてもらってからバラバラの男性冒険者達の遺体をできるだけ元の身体が分かるように並べてからそこにあったシーツを被せると、入り口からみんなで手を合わせる。
この世界のコロンとフィにユウナは、最初はアリスにルリと俺が手のひらを合わせているのを不思議そうに見ていたが、つられるようにして黙って真似していた。
それから気を取り直したアリスの言う通りに、初級地下迷宮『虫の巣穴』の【魔石】とレアドロップがそれぞれ約四百個以上とラスボス分を換金し終えたころには、受付嬢もロシアンブルーのしっぽを振りながら走って帰って来た。
「こちらが初級地下迷宮『虫の巣穴』クリアが記入されたギルドカードになります。先ほどもご説明したとおり、Cランク昇級試験は明日の午後一番からになっています。
それから、問題のBランク冒険者達のことでお話をお聞きしたいのですが、宿泊先を」
「明日の午後には来るんだから、その時にして頂戴」
少し不機嫌そうにアリスが猫人族の受付嬢の台詞を遮ると、ちょっとビックリしたようだったが、すぐに「了解しました」とギルドカードを返してから本人も走って扉から出て行ってしまった。
「それじゃ。俺達も帰るとするか」
「そうね、ちょっと疲れたわ」
そう言って長い睫毛を伏せたアリスだけでなく、その後に続けて歩くみんなの元気が無かった。
それはそうだ――また俺達は、間に合わなかったんだから。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「これは……どういう状態なんだ?」
まず隣のホテルに行ってギルドだと名乗ると案内された客室のベッドの上には二人の女性冒険者が眠っていた。シーツを捲ると清潔な新品の肌着を着せられてはいるが、拭き取ってはいたが血と男の体液の臭いがむせ返る。
綺麗な顔立ちをした二人の女性冒険者は、それでも穏やかな寝顔をしていて――あの妖精のスキルだろうか、まるでいい夢でも見ているかようなのだ。
一緒に付いて来ていた女性のギルド職員には、密かにその二人をギルド会館の治療室へ移送して治療を受けさせるように手配させるのがやっとだった。
そうして歯を食いしばって、ようやく初級地下迷宮『虫の巣穴』の地下二階に足を踏み入れたダークエルフの女性は、その惨状を唖然とした表情で見回すしかなかった。
そこには手足を切断された冒険者の男女の姿が――その全員が金属の紐でグルグル巻きにされて、天井から地面ギリギリに逆さまに吊り下げられていて、男性は股間が黒焦げになったり吹き飛んで無くなっていた。
中でもたった女性の二人は哀れにも胸部が黒焦げになったり削り取られていて、最初はそれが女性だと気がつかなかったほどだ。
しかも顔の下半分に大怪我をしていれば、尚更だった。
ただ、切断された箇所には低級HPポーションをかける処置がされていたらしく、止血だけはされていてすぐに死ぬようなことは無さそうだ。
「し、しかし、地下迷宮のど真ん中に置き去りにするとは、一体どうゆう神経をしているんだアイツらは」
殺すでもなく生かしたままで、地下迷宮に置いていく理由が全く分からなかった。
まるで、いつ来るかもしれない魔物に怯え続けさせて、消えることの無い恐怖をわざわざ植え付けるかのような、……そんな馬鹿な。
それではまるで悪魔か、かつてこの世を支配した魔女のようではないか。
「と、とにかく周辺警戒をしつつ、この者達を下ろして連れて帰るぞ。その間に、誰か喋れそうな者は……ああ、その虎人族の男が顔に怪我を負っていないようだな。
おいお前、話しはできるか? 何があったのか、話してみろ」
「ひぃいいいい! お、俺は何も知らない! 何もしてねぇんだ!」
頭を下にして逆さまに吊られたまま、ブルブルと震え出す勇猛果敢な種族と謳われているはずの虎人族の男。
「う~ん、話にならんな。それではお前達はここで何をやってたんだ? それぐらいなら答えられるだろ?」
「う、うう……俺達は……唯……ここで討伐依頼」
「そんな討伐依頼は無いぞ、念のために言っておくがな」
「う、うう……あいつら……あいつらが、突然襲って来たんだ! あいつらが悪いんだぁ!」
怯えたように涙を流しながら、自分は悪くないと繰り返す虎人族の男に、大きなため息をついてから。
「【紅の魔女】達の報告と全く食い違っているようだが、本当なんだろうな? 一度、奴等と面と向かって話を」
「ひぃいい、嫌だぁ! 嫌だっ、あいつらを連れて来ないでくれぇ、嘘だ、嘘なんだ、悪かった、俺達が襲ったんだ、男は殺して、女は犯ってから、奴隷商に売るつもりだった! 正直に言ったぞ、だからあいつらには、あいつらには二度と、嫌だ、嫌だぁあああ!」
涎と鼻水と涙を逆さまになった顔に垂らしながら、わんわんと号泣し始めてしまった虎人族の男は……音に聞こえた勇猛さの欠片も見られなかった。
そんな情けない様子を見ていた猫人族の受付女性がため息をつきながら、赤いチャイナドレスを着たダークエルフの女性に話しかける。
「ギルマス。この感じだと、最近になって初級冒険者がパーティーごと全滅した中のいくつかは、こいつらの仕業なのかもしれませんね。確かその中には、さっきのホテルの二人のように若い女の子も何人かいたはずですから。
しかし、こんなことしていれば、何時かはバレるとは思わなかったのでしょうか?」
「……イアサントの奴が王都に向かってどのくらいだ?」
逆に質問されて、ニースィア冒険者ギルドで最高位の上級冒険者であるAランクの細マッチョなイケメンのイアサントを思い出す。
「確か、二週間ぐらいになるでしょうか……あ」
「恐らくな、根が真面目なあいつがいない間に好き勝手して後はトンズラするつもりだったんだろう。それにしても、私もいるんだがな。舐められたものだ」
そうつぶやくと、ダークエルフの女性から漆黒の魔力が溢れ始める。
それを見た十三人のBランク冒険者達は、逆さ吊りになって血が昇って赤黒く変色していた顔を、一気に青白くさせてプルプルと小動物のように震え始めてしまう。
「ぎ、ギルマスが元Sランク冒険者であることはいくらBランクの上級冒険者でも、こいつらのような新参者までは知らないでしょうからねぇ」
「ふん、まあいい。私は先に帰っている。ああ、ニーナも一緒に来い。ここ二週間で全滅した初級パーティの洗い出しと奴隷商のアタリを付けたい」
「かしこまりました、リアーヌ様」
深々と頭を下げるネコ耳の受付嬢ニーナの後ろから、他のギルド職員の一人が声をかけて来る。
「ギルマス~、この金属の紐が全然切れないんですが」
「ん? ほお、錬成した金属をさらに【物理強化】することで、うまい具合に物性変化させてあるのか……バランスが丁度いいんだな。まあ、これは切れんか。どれ……これでよかったか?」
ギルドマスターのリアーヌから漆黒の魔力が放射されると、金属の紐をすり抜けるように十三人のBランク冒険者達が地面にグシャと頭から落下していた。
「ああ、そうだ。そこのダークエルフの……そうだ、お前だ。名前は……リンダと言うのか。貴様、よくもこの私の縄張りで好き勝手してくれたな。
これからの五百年を一生かけてずっと後悔させてやるから、そのつもりでいろ。それが嫌なら、他の奴等が大人しくギルド会館に帰り着くまで見張っていろ、いいな?」
名指しされてしまったダークエルフのリンダは顎が外れていて返事ができないので、涙目のまま必死にコクコクコクと首を縦に振り続けていた。
「それじゃニーナ、行くぞ。掴まれ」
「は~い、リアーヌ様ぁ~。ピトッ」
ネコ耳をピンと立てた受付嬢のニーナが腕に掴まるのを確認すると、再び漆黒の魔力がギルマスのリアーヌを中心に膨れ上がり、フッと漆黒の霧が消えるとそこには二人の姿が無くなっていた。
「あ~、ニーナだけいいなぁ~」
「ズルいなぁ~、私もリアーヌ様と転移したかったなぁ」
「私達だけ、こんな小汚いクズ冒険者と一緒だなんて……」
「お前ら、文句言わないでサッサと運ぶぞ」
「ええー、リアーヌ様が帰っちゃったからヤル気が出ない~」
「……ギルマスに言いつけるぞ」
「「「ぎゃあ~裏切者ぉ~」」」




