第2章31話 姫様のお仕事
そんなこんなで、せっかく有名観光地の温泉街にやって来たというのに、ちっとも心休まる間もなかったのだが、ようやく高級温泉旅館にあるレストランの個室でみんなとゆっくり夕食を取ることができていた。
「あっ、これ美味しい! 小さな皿で色々お盆に乗って出てくるのって、やっぱり良いわよね」
「本当ですアリスちゃん。おうふ、これはちょっと和風なテイストで……いけない、目から何かが零れて」
「おおー、何か和洋折衷って感じが温泉旅館って感じでいい感じだよなぁ」
流石は王族御用達なだけあってアリスにもルリにも大好評だったようで、俺は既に何を言っているのか自分でも訳が分からなくなっていた。
それにしても、和食風と中華風の料理まであるということは、やはり異世界人の影響だろうか。
「わおー、ハク様。確かにこれはおいしいでしゅ。戦う【料理人】のコロンとしては、この味を盗んでみせるのだぁ!」
「フィも大満足なのだぁ!」
おお、家でも特に味に五月蝿いお子様二人組を唸らせるとは、看板は伊達では無いということだ。
「本当にサッパリしていて、とっても美味しいですね。これなら緑のお野菜も食べれてしまいます」
「はい、姫様。王城と比較しても遜色ない料理ばかりです。さらには姫様に大嫌いなお野菜を食べさせてしまうとは、侮り難しです」
「ぶー。せっかく美味しいものを食べているのですから、クラリスは余計なことを言わなくてよろしい」
しかも、王侯貴族であるミラとクラリスにまで高評価を得るとはビックリだ。ちょっと、有名観光地でも大きな高級旅館ということもあってか宿代は高かったけど、これでみんなの元気が出れば安いというものか。
「ふえ~ん、こんなおいしいのは初めてですぅ。おお女神様、感謝いたします」
「クロセくん、この温泉たまごがおいしい」
「そうか、よかったな」
泣きながら食べてるぽんこつフランはいいとして、まだ消化の良くない物はあまり食べれないユウナにとっても、食べやすい小皿の料理が多くて本当良かった。
しかし、こうして温泉旅館の料理を見ると、やはり刺身が欲しくなってくるのは日本人の性か。
南の海沿いの街に行ったら、刺身があるといいなぁ。お、ちょっと新しい街が楽しみになってきたぞ。
「どうしたのですか。ハクローくん」
「ん? いや、ちょっとね。これから行く海の街に魚が」
その時、コンコンとノックの音と共に女中さんがやって来て、何でもAランク冒険者が挨拶に来たと伝えてきた。
冒険者でも人類最強とも言われるAランクがこんな温泉観光地でいったい何の用だろう、と首を捻っていると。
「今は食事中です。半刻したら、ティールームを用意して来ていただくよう伝えてください」
そう、凛とした声でミラが女中さんに伝言を頼むので、改めてみんなが顔を見合わせる。
「Aクラスの冒険者って、さっきカフェに入る時のあれよね?」
「そういえば、アリスちゃんに後でお詫びに来るって言ってたねぇ」
ようやく思い出したのか、嫌そうに眉を寄せたアリスが唇を尖らせるのを見たルリがクスクス笑う。
「お詫び?」
「はい、クロセ様。お風呂上がりのお茶をする時に、ちょっと他の冒険者達に絡まれたんですよ。その時にたまたま居合わせて」
「そうですね、姫様。ただ、わざわざお会いになる必要は無かったのでは?」
こうなった経緯を教えてくれるミラに対して、わざと少しキツイ口調で意見する侍女のクラリス。
「まあ、そうかもしれませんが。ただ、冒険者の方と言えど王国にも十数人しかいないAランクともなると準騎士扱い、人によっては先代【剣聖】のように士爵に取り立てられる場合もあります。
それにやはり、魔物暴走に見舞われた王都に、遠路はるばる救援に駆けつけてくれるのですから、無下にすることはできません」
「はい、出過ぎた真似をいたしました」
「いいのよ」
嬉しそうに頭を下げるクラリスと、少しだけ自信が無さそうにまた俯きかけるミラに、できるだけ明るい声で素直に褒めてみる。
「そうか。何だかミラも立派にお姫様してるんだなぁ。すっかり見直したぞ」
「そうね、私なら食事の邪魔をしてきた無作法者なんて、追い返して終わりよ」
最初会ったばかりの頃の自身なさ気なミラを思い出したのだろうアリスが、その引き篭もらず会うという選択をした彼女の決断を喜ぶ。
しかし、そんなことは気にしない空気読めない、ぽんこつフランが膨れっ面を見せる。
「えー。せっかくのイケメン細マッチョなんだから、アリスさん勿体無いですよ~。だいたいAランクでしかもイケメンなんて、なかなか出ない超優良物件なんですよぉ?」
「はあ~、あんたね……。欲しけりゃ持って行きなさいよ」
ハッキリと大きなため息をつくアリスだが、へっこぽフランはなぜか急にテレテレし始めてしまう。
「え? 私ですか? でもぉ~、私は女神様に仕える使徒としてのお仕事もありますし、それにぃ~うへへ」
「ぽんこつフランは放っといていいけど、厄介な事にはならないのか?」
「ハクローさんが、酷いです! ああ女神様、やっぱり私は使徒として一途にお仕えしますぅ」
う~ん、と顎に人差し指を当てて小首を傾げながらミラがつぶやく。
「そうですね。これから向かう南部にある海沿いの大都市ニースィアで冒険者登録をされるのであれば、彼の地で最高ランクの冒険者の為人を知っておいて損は無いと思いますが」
「はい、姫様。問題は何の目的があって向こうから、わざわざやって来たかということです。食事中を狙って来たということは、お詫びだけで無いことは確かですね」
メガネの縁をクイッと上げながら分析結果を報告する侍女のクラリスに、益々嫌な顔をするアリスはヒラヒラと手を振ってしまう。
「はあ~、聞けば聞くほど面倒くなってきたわ。ハクロー、私パスね。先に温泉にでも入ってるわ」
「あー。じゃあ、私もアリスちゃんと一緒に入る~」
「コロンもお風呂はいりましゅ~」
「フィも~」
人類最強で人々の羨望の的であるはずのAランク冒険者も、ルリやコロンにフィにかかると温泉風呂の方がよっぽど大事らしい。
「はいはい。昼間にサボった分も含めて働くってことで、ミラの護衛は俺がやっとくよ。ユウナも、先にみんなと一緒に温泉入って来な」
「はい。クロセくん、ありがと」
ようやくユウナもみんなと一緒にお風呂に入るのを嫌がらなくなってきたようで、本当によかった。
すると、横でミラが口元を押さえて笑いを堪えていたので。
「ん? ミラ、何かおかしかったか?」
「クスクス。やっぱり、クロセ様がいるのといないのとでは、皆さんの様子が全然違いますね」
「はい、姫様。私達も含めてですが、まるで迷子の子供達のようでしたからね」
「ん? どゆこと?」
ミラとクラリスが大人の顔をして悪戯っぽく微笑むので、首を捻ってみんなを見回すと。
「そ、そんなことは無いわよ!」
「そ、そうですよ」
「こぉ~ん」
「フィもだぁ~」
「ふえ~ん、女神様~」
「……ん、そう」
急にみんなが慌てたように騒ぎ出して、そろって視線を明後日の方角に逸らせてしまう。
「んん?」
絡まれたとも言っていたから、やっぱり何か危ないことでもあったのだろうか。あまり一人で離れるのは、極力避けるようにしないと駄目なようだな。
◆◇◆◇◆◇◆◇
女中さんに案内されて、高級温泉旅館のティールームにひとつだけあるという個室に入ると、入ってすぐのソファに腰掛けていたらしい冒険者二人が立ち上がって、そのうちの一人が跪こうとするのを侍女のクラリスが、スッと手を上げて制止する。
「構わぬ。お忍びだ」
「は」
そう言って畏まるイケメンの細マッチョは、それでも胸に右手を当てながら腰を折る。隣の筋肉ゴリラはボォ~ッと立ったままなんだが、誰と会っているのか分かっていないのか?
クラリスが先導して、奥の白いテーブルの椅子を引いてミラを座らせる。すると、図体のデカいゴリラが自分も座ろうと椅子に手を伸ばすが。
「かと言って、同席を許した覚えはありませんよ」
第一王女の侍女筆頭であるクラリスの低く冷たい声が響くと、脳筋ゴリラはババッと後ろで頭を下げているイケメンの所まで飛んで下がって、同じくペコリと頭を下げる。
それを当然のことのように見届けてから、高級だろうティーカップにゆっくりと紅茶を注いでミラレイア第一王女に差し出すと、自分は後ろに一歩下がって控えてからおもむろに口を開く。
「直答を許す」
「は、ありがたき幸せ。私、冒険者ギルド・ニースィア支部所属のAランク冒険者イアサントにござります。この度はお疲れのところ、お時間を頂きありがとうございます」
侍女筆頭クラリスの了解を得て頭を下げたまま口上を述べるAランク冒険者に、ようやく初めてミラレイア第一王女姫殿下が口を開く。
「よい。王都救援のため、遠路はるばるご苦労である」
「滅相もありません」
ようやく顔を上げた、人類最強Aランクのイケメン細マッチョな冒険者が謙虚に首を振る。
そうして、優雅にティーカップに口を付けるお姫様なミラの後ろから、今度は侍女のクラリスが問いかける。
「ところで、本日の要件とは?」
「はっ。この後ニースィアに向かわれるとのことでしたので、我らが拠点を代表してご挨拶に罷り越した次第です。
また、この機会に姫殿下の護衛を担当している一騎当千との噂の名高い冒険者の方々とも親睦を深めておきたく」
ここで、チラッと後ろを振り返るミラの視線の先には、ここまで黙ったまま後ろ手に組んで直立不動の、黒グラサンをかけたTシャツ短パンにサンダル姿の見るからに怪しい俺。
クラリスがようやくわずかに表情を緩めると、メガネの縁をクイッと上げて事務的な口調で答える。
「残念だが他の者達は明日の移動に向けて、既に交代で身体を休めてもらっている」
「それは残念です。それでは、【賢者】で【聖女】のアリスさんにも本日はニースィアの冒険者がご迷惑をおかけして申し訳なかったと、よろしくお伝えください」
「確かに承った」
そう頷くとクラリスは話はここまでと、目で合図を送られたミラは洗練された可憐な所作で立ち上がると、スラッと背筋を伸ばした完璧なモデル立ちで最後に一言イケメンに向かて言い放つ。
「本日は大儀であった」
「はっ」
再び深く頭を下げるイケメン細マッチョの冒険者達の前を横切って、部屋を出て行くミラレイア第一王女姫殿下。
その後ろを来た時と同様に黙って付いて行く俺に、わずかに上げた視線を向けて来るAランク冒険者は――なぜか、額にびっしりと脂汗が浮かべているのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「ぐっ、ふぅ~~~っ。な、何なんだ、あれは……。あのパーティーには、【紅の魔女】以上にも化物がいるってのか?」
ミラレイア第一王女姫殿下達が去ったティールームの個室では、大きなため息と共に、震える手で額に溢れる脂汗を拭う人類最強のAランク冒険者イアサントの姿があった。
そんな動揺した様子を始めて見るBランク冒険者の脳筋ブリスは、太い首を捻りながらも恐る恐る訊ねる。
「あの小僧がどうかしやしたか?」
「ああ、お前には分からなかったんだな。あの少年、まるで魔力の気配がしなかった」
未だに震えが止まらない手を握りしめて、悔しそうに入り口の扉を睨みつける。
「へえ~、全く魔力を持たない唯の餓鬼が冒険者なんて、地下迷宮だらけのニースィアで先が思いやられますねぇ」
「馬鹿野郎。目で見えてなけりゃ、そこに居ることすら気がつかない程なんて――【察知】スキルを持つAランクの俺が、まるで気配を掴むことすらできないなんて――あり得ない、はず、なんだが。
Aランク相当の【隠蔽】スキルを持っているとでも言うのか、あの歳でありえん――くそ、いったいどうなってるんだ?」
頭のあまり良くない脳筋ブリスはそれでも、人外となるSランクや現存しないSSランクを除くと、一般の冒険者で最高位であるはずのAランク冒険者イアサントを心配そうに見続けていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「なんで、俺のことジロジロ見てたんだ? あ、【隠蔽】したまんまだったからか? あちゃ~、普段は少し漏らしておかないと、勘の良い奴には逆に不審がられるということか。ちぇっ、師匠も教えてくれりゃあいいのに」
ふふん、と意地悪く笑ってる白刃斎の獰猛な笑顔が浮かんで、思わず苦笑いをしてしまう。
「どうかしましたか、クロセ様?」
レストランに併設されたティールームからスイートルームへと旅館の廊下を歩きながら、心配そうに覗き込んで来るミラに、そのままでできるだけ優しく微笑み返す。
「いや。それよりも、大したもんじゃないか。王族の振る舞いは正直良く分からないけど、ちゃんとできていたと思うぞ。偉いな、ミラは」
「え? えへへ~。そうですか? えへへへ~、ちゃんとしてましたか? うへへ~~」
色白な頬を染めながら両手で覆い隠してクネクネと喜ぶミラを、心から嬉しいといった優しい表情でメガネの奥から見つめる侍女筆頭のクラリス。
「はい、姫様。よくできました。たいへん、よくできましたよ」
「わーい、クラリスにも褒められた~」
何だかんだ言って、まあ言いたいことも多々あるようだけど――クラリスも大概、ミラには甘々だったりする。




