第2章15話 寺小屋の子供達
そんな訳で最終的に十八人に増えた盗賊をソリで引き摺りながらも、その日のまだ明るい内に次の村に到着していた。
この小さな村からそのまま河沿いに南下すると少し大きめの街があるのだが、俺達は東の隣国であるジュネヴァン連邦国の国境へと向かうので、この村の先の河を渡る必要があった。
「じゃあ騎士団駐在員さん、この盗賊は次の街の騎士団警備隊に引き渡しをお願いしちゃっていいのね」
「ああ構わんぞ。こっちはこれだけの盗賊を捕まえてくれて、むしろ感謝したいぐらいだからな。それよりも、冒険者ギルトへの盗賊討伐報酬とか犯罪奴隷報酬とかどうするのかね?」
この国境へ向かう河沿いの村は戦略上の重要拠点らしく、珍しいことに小さな村だというのに騎士団が駐在していた。
その騎士団員の一人が感謝と共に盗賊捕縛の報酬の心配までしてくれるが、当のアリスはサッパリとしたものだ。
「ああ、それはこの村の人達に分けてあげてちょうだい。隠れ家があれだけ近かったんだから、どうせこの村の周辺にもちょくちょく荒らしに来ていたんでしょ?」
「おおぉ、それは助かる。実は盗賊に親を殺された子供達を、この村外れの寺小屋で預かって育ててくれている剣士様がいるんじゃ」
それを聞いていた腰の曲がった村長さんも、皺だらけの顔をクシャっとさせて喜んでいる。
「それって、河の舟渡し場の広場の側にあったボロ――げふんげふん、古びた小屋の?」
◆◇◆◇◆◇◆◇
「ねーねー、お姉ちゃんたち。これ魔法で出したの?」
「でも、うちの小屋よりずっと小さいくない?」
「ねえ、これって砂でできてるの?」
「なんでこんなところに机だしてるの?」
「わぁ、妖精さんもいるよ~」
宿泊施設など当然のように無い小さな村外れにある、少し大きめの河舟渡し場の側の広場に【砂の城】を置かせてもらっていると、広場に面した木造平屋から物珍し気に顔を出してこちらを物珍しそうに見てた五人の子供達がぞろぞろと集まって来ていた。
「そうですよ、このお兄さんの魔法なんですよぉ、えへん。
はい、小さく見えますが、実は中はけっこう広いんです」
「良く分かりましたね。見た通り砂なのですが魔法で強化されているので、実はとっても頑丈なんですよ。
今日はお外で夕食の準備しているんですよ~、うふふ」
「フィは妖精さんなのです~」
子供好きらしいルリとミラにフィが、【砂の城】の玄関先に出した大きな白い丸テーブルにカトラリーをいつもより多めに並べながら、視線の高さを子供達に合わせてひとつひとつ質問に受け答えをしている。
妖精のフィは、まあ飛び回っているだけみたいだが。
すると子供達を後ろから追うように、しっかりした足取りで寺小屋から出てきた白髪を後ろに縛った老人が、シャンと伸ばした腰に下げた剣の柄に腕を引っかけたまま、いかにも好々爺といった様子で笑う。
「ふぉふぉふぉ。これはこれは綺麗なお嬢さん達、子供達が騒がしくてすまんねぇ」
「いいえ、平気ですよ。それより、今日は夕食を作り過ぎたようなので、ご一緒に食べて行かれませんか?」
ミラもスラッと高い背をピンと伸ばして抜群のスタイルでモデル立ちし、でも優しく子供達を夕食に誘う。
「えー、いいの?」
「いっしょに食べたーい」
「わーい、これ食べていいの?」
「すっげー、ごちそうばっかだ」
「こんなのはじめて見る~」
子供達はコロンとクラリスが大きな白い丸テーブルに並べ始めた数々のお料理に、目をキラキラさせて釘付けのようだ。
「それはそれは。それじゃあ今晩は、綺麗なお嬢さん達のお言葉に甘えてご馳走になるとしようかのぉ。ふぉふぉふぉ」
老剣士の許しが出ると、あっという間に子供達は大きな白い丸テーブルに座って、どこで覚えたのか「いただきま~す」とちゃんと手を合わせてから、これでもかと並べられた戦う【料理人】コロンの特選子供向けメニューのから揚げ、ハンバーグ、コロッケ、卵焼き、タコさんウィンナー、オムライス、スパゲッティなどに凄い勢いでかぶりつく。
「うおー、うめぇー」
「なにこれー、おいしー」
「うんめーぞぉ、これ」
「わーん、とってもおいしい」
「おいじぃ~、ぐすんぐすん」
やはり普段はあまり十分には食べれていないのか泣き出す子供もいて、子供達の間に座ったルリとミラにクラリスやコロンまでが、汚れた口の周りの他にそっと涙も拭いてあげている。
「ほら、大丈夫ですよ。まだまだありますから、ゆっくり食べてくださいね」
「うふふ、そんなに美味しいですか? よかったですねぇ」
「はい、姫様。これは作った甲斐があると言うものです」
「コロンもお口をふきふきしましゅ~」
「そうだ、お爺さんにはとっておきの赤ワインもあるのです。女神様に感謝なのですよ~」
そういえばミラもクラリスも飲まないのに、何故か王城から持ち出されて馬車の食糧庫に死蔵されていた赤ワインがあったのだが、シスター・フランにより引っ張り出されてきてようやく消費者に提供されている。
「ふぉふぉふぉ、これはすまんですなぁ。いやぁ~、こんな綺麗なお嬢さん達と一緒に一杯やれるなんて、長生きするもんじゃのぉ」
「そのくらいいいわよ。河を渡る舟が出るまで、子供達と一緒に剣術を教えてくれるお礼よ」
お酒には強いのか高そうな赤ワインをパカパカ空けながら、ちっとも顔色ひとつ変えない老剣士に、から骨付き揚げをくわえたアリスがヒラヒラと手を振る。
実はここ数日、山脈の方にだけ雨が降り続いたらしく、河が増水していて渡し舟が二日ほどお休みになっているらしい。
その間暇ならと、食事のお礼も兼ねて、子供達と一緒に寺小屋で剣術を教えてくれることになったようだ。
ところでビックリしたことに、このご老人だが物腰が只者ではないので、こっそり【解析】でステータス情報を見ると【剣術】スキルだけでなく、なんと【剣聖】スキル持ちだったりして――なんでこんな上級スキル持ちの達人クラスが国境に近い小さな寒村で、寂れた寺小屋なんかやってるのか。
アリスが少しだけツンとした風に、次の骨付きから揚げをもう一個口に放り込みながら、思い出したようにさらにヒラヒラと手を振る。
「さっき渡した盗賊の隠れ家に残されていた剣とか防具とかの押収品は、売るなり何なり好きに使ってくれていいわ」
「ふぉふぉふぉ、寺小屋には儂の手製の木剣しかなかったからのぉ、真剣がもらえたのは助かったわい。それに、討伐報酬も犯罪奴隷代金までもなんて、――本当にいいのかのぉ」
寺小屋の横に質素な手作りっぽい畑はあるものの、小学生ぐらいの子供五人を食べさせていくのは並大抵のことでは無いだろう。
そこへ、いそいそと嬉しそうに金属トレイに小皿を乗せたルリが、ちょっと危なっかしい足取りでふらつきながら馬車から出て来た。
「食後のデザートはコロンちゃん特製のアイス盛りプディングですよ~。これを食べたら、寺小屋の横にこのお兄さんが錬成で作った、大浴場の露天風呂に入りますからね~」
「きゃあ~、あま~い」
「何これ! あっまい~」
「わあ~ん、あまあま~」
「うう~、おいし~」
「こんなのはじめて~、ぐすんぐすん」
最強の戦う【料理人】コロンの特製アイス盛りプディングに、再び泣き出してしまう子供達に、せっせとルリとミラがぐちゃぐちゃになった顔を拭いてあげている。
「ほら、おいしいねぇ。お口、拭き拭きましょうね~」
「そうですか、おいしいですかぁ~。うんうん、よかったですねぇ~」
そうしてデザートを食べてから子供達を連れてルリとコロンにフィが、馬車からお湯を引いて溜めた露天風呂に一緒に入っている間に、隙間風だらけのボロボロな寺小屋を、盗賊を乗せてきたソリの板を再錬成して、【砂の城】の要領で張り合わせて土壁も作って、雨漏りが無いように補修してしまっておこう。
するとそんな作業をしている俺を、ルリから貸してもらった『車椅子』に座って見ていた、ユウナが後ろから少し暗い声をかけてくる。
「クロセくん達はいつも、こんなことをしてるの?」
「そんな訳ないさ。今回は臨時収入があったから、たまたまだろ?」
「だって……私も」
「そういった意味では、ユウナさんは子供達とは違って、俺達にとっての特別だからな」
「特別って何を……。私もここに、捨て置いて行っても……」
「悪いがそれはできないな」
「……だって、私は穢れて、いて……だから、みんなのように……子供達のお世話も、できない……」
振り向くと、いつも無表情なユウナが両手のひらでその顔を覆って、『車椅子』の上で俯いてしまっていた。
「そうか、小さな子供達の面倒を見たかったのか……そうだな、それは脚と体調が戻ってから、ゆっくりと、な。だからさ……泣くなよ、な?」
そんなこと気にするな、なんてことを男の俺が言えるはずも無く。
そうして、小さく震える細い肩とさらさらと揺れるプラチナブロンドの髪を、なるべくゆっくりと優しく撫でるしか、できることが無かった。なでりこ、なでりこ。
本当ならまだ小さな幼子であるはずのユウナが受けた心と身体の傷は、俺達なんかじゃどうしてやることもできず――唯一人にしないよう、傍にい続けてやるぐらいなんだろう、と思う。
天空を見上げると、そこには変わらず星降る夜空があって――その流れる星々に向かって思わず、少しでも早くユウナの傷が癒えるようにと祈るのだった。
「さ、ユウナさんもみんなと一緒に露天風呂に入って来るといいぞ。汗でも流せば、少しはサッパリするだろうしな。その前にトイレにでも行くか?」
「また、あんたはそんなこと言って。ハクローになんか、ユウナをトイレに連れて行かせられる訳が無いじゃないのよ」
しばらくユウナが落ち着くのを待っていると、アリスが二人分のタオルと着替えを持ってやって来た。
「えー、だってルリの時は」
「あの時はしょうがなかったじゃないのよ。でも、その結果が今の状態でしょ。
私も失敗したと思っているのよ。ユウナまでルリと同じ目に合わせる訳にはいかないわ」
「同じ目って、何だよ」
するとアリスは俺の耳元にさくらんぽのような唇を寄せると、ユウナに聞こえないように小さな声でつぶやく。
「あんたに対する過度な依存よ」
「うっ……」
そして少しだけ顔を離すと覗き込むようにして、わずかな後悔を隠すようにして。
「あんただって、分かってんでしょ」
「……分かったよ。ユウナさんのことは頼むからな」
俯きながらそうなんとか答えてから、『車椅子』に座るユウナの頭を撫でたまま、しゃがんで目の高さを合わせる。
「露天風呂にはアリスが連れて行ってくれるってさ。ああそうだ、風呂から出たら、いつもの脚のマッサージをしてやるからな」
「うん。わかった」
ようやくいつものように表情を取り繕ったユウナが、アリスに『車椅子』を押してもらって出来立ての露天風呂の土壁の向こうに消えていくのを見送った後、ついついそのまま星が瞬く夜空を見上げてしまう。
何かここんところ、夜空を無意味に見上げることが多い気がするなぁ。
「火の【魔石】と水の【魔石】でお湯を張れるようにしたら、子供達だけで露天風呂屋を営業できるかな……」
そんなことを考えながら、今日の野盗の隠れ家の押収品の中に火の【魔石】と水の【魔石】がいくつかあったのを思い出していると、露天風呂のある土塀の向こう側から楽しそうな声が聞こえてくる。
「わ~、つるつる~」
「髪もつやつや~」
「いい匂いがする~」
「冷えたミルクが、うんめーぞ」
「お姉ちゃん達、ぷにぷに~」
風呂から出たらしい子供達がきゃっきゃと、ルリとコロン達と一緒に騒いでいるようだ。
そういえばアリスのやつ、今日はスレンダーなハイエルフのユウナと一緒にお風呂に入ったようだから、大丈夫かな――だといいな。




