第2章14話 盗賊狩り
まだ薄暗い夜明け前から林の出口の草原に設置した【砂の城】の前で剣術の朝練をしていると、一階の窓が開いてプラチナブロンドの長い髪を朝の涼風にふわりとなびかせたユウナが、ひょっこりと顔を出す。
構えていた二本の直刀の【カタナ】を下ろして、ひとつ息を吐いてから。
「おはよう。ユウナさん、気分悪いとかは無い?」
「……おはよう、ございます。別に……普通です」
昨日と同様に気のせいか幾分ぎこちない返事に、この世界で作った白いタンクトップの裾で滴る汗をぬぐいながら、軽い気持ちで語りかけてみる。
「そうか。丁寧な言葉でわざわざ沢山喋るのが苦手だったら、楽に話してくれていいぞ」
「うん。……わかった」
サッパリと返された飾りっ気の無い素の言葉に――そのどことなく無表情な癖に微妙に戸惑ったような紫色の瞳が妙に自然に感じて、思わず苦笑してしまう。
「くすっ。ああ、その方がユウナさんは何故かずっと自然だ」
「む。クロセ……さんも私のことを『さん』付けで呼ぶのは不自然」
お、ちょっとだけ拗ねたように唇を尖らせて、自分自身が不自然なことを言い出すユウナ。
「はは、俺のことは呼び捨てでいいよ。ユウナさんを『さん』付けなのは、そのうち慣れたら自然と取れると思うから、気にしないでくれると助かる」
「わかった、クロセ……くん。昨日は助けてくれて、ありがと」
綺麗にシャンプーされてサラサラなプラチナブロンドの長髪をシャラリと垂らして、ペコリと窓から覗いていた小さな頭を下げる。
そう言えば昨日はお礼を言われていなかったのかと思い出し、冷静そうに見えて案外とボンヤリ屋さんなのかも、なんて考える。
確かに見た目は13才ぐらいだが、言われてみれば実年齢は3才だったのを思い出す。
直刀【カタナ】を鞘にしまいながらスタスタと窓辺まで近づいて、嫌がられるかなと思いながらも優しく頭を撫でてみる。なでなで、なでなで。
「あ……」
「ああ、どういたしまして。もう心配しなくていいからな」
そうして、できるだけ優しくなるように気をつけながらプラチナブロンドの頭を撫でる。なでなで、なでなで。
びっくりしたように見開かれた紫の瞳が少しづつ細められるのを見ながら、ちょっとでも気持ちが和らぐようにと頭を撫で続ける。
「……うん」
なでなで、なでなで――すると、俯き加減の唇の端が少しだけ、わずかに微笑むように上がるのを見つける。
「よし、ほらっ」
「あ」
窓の外から手を突っ込んで脇の下に手を入れて、紫陽花色のベビードールを着たユウナの細い身体を引っ張り上げる。そのまま片腕の上に載せて抱っこすると、澄んだ空気が気持ちいい朝靄に浮かぶ丘の上の草原へと連れ出してしまう。
Lv4になった【身体強化】をもってすれば、痩せ細ったユウナぐらい片手で簡単に持ち上がったりする。
「ほら~、外の方が気持ちいいだろ? 今朝は辺りに薄く霧が出ていて、湿った空気が涼しいんだ。
それからもうすぐ朝日が昇るけど、今日は上空に雲が無いからきっと夜明け前の空が凄く綺麗だぞ」
「あっ、ああっ、わ、私は穢れて、いるので……お、下ろしてっ」
ポカポカと俺の頭を叩きながらも――ちっとも痛くないのだが――頬を染めて泣きそうな顔をして、またそんなことを言うユウナを片腕で抱っこしたまま、ちょっと可愛い女の子に意地悪をする小学生の気分で、ハッハッハッと小高い丘の頂上で高笑いを始める。
「ハクロー、あんた一歩間違えると幼女誘拐犯に見えるわよ」
騒がしかったのか、ぼさぼさの紅い髪をそのままに、窓からニュッと寝ぼけた顔を出したアリスが、酷く人聞きの悪いことを言い放つ。
「ああっ、アリス! た、たすけて!」
「ああーっ、ハク様。ずるーい! コロンも仲間に入れてー」
「フィも仲間ぁ~」
ピョコンと【砂の城】の玄関から飛び出してきたコロンがフィを肩に乗せたまま、隣に立つと一緒になって二人も「「ハッハッハッ」」と腰に手を当てて高笑いを始める。
「あっ、ああっ! コロン、下ろして。笑ってないで下ろして!」
俺の頭越しにコロンに向けて伸ばした両手をパタパタと振りながら、半泣きになってしまうユウナ。
そんな風に玄関先でワイワイやっていたらみんなが起きて来て、終いには呆れた顔で取り囲まれてしまっていたのだった。
そういえばこれだけ騒いでも、ぽんこつフランだけは起きて来ないのは流石だ。
「今朝はハチミツたっぷりの、柔らかフレンチトーストです」
「「「「「おお~」」」」」
パチパチパチと一部のオーディエンスから拍手喝采を受け取ると、あっという間にルリ、コロン、フィ、ミラとへっぽこフランが口の周りをベタベタにしながら満面の笑みと共に「おかわり~」と空になった皿を差し出す。
侍女のクラリスも横でニコニコしているけど、お姫様なミラまでがこんなんで良いのだろうか。
「おい、みんな分かってるとは思うが、胃が弱ってるユウナさんのために作ったんだからな」
「「「「「えへへ~、わかってるって~」」」」」
揃いも揃って、本当に分かってんのかよ。
「あ、甘くておいしい」
フォークで小さく切り分けた一口目を咥えたまま、紫の瞳をクリクリさせているユウナを覗き込むようにして、また遠慮したりしないように声をかける。
「そうか、よかったな。まだ食べれるようなら、おかわりあるからな」
「「「「「おかわり~」」」」」
もう空にした皿を再び差し出すルリ、コロン、フィ、ミラにぽんこつフランの嬉しそうな笑顔に、少しだけ意地悪をしてみる。
「……おい、太るぞ」
ボソッ、とつぶやくと、
「ぎゃあああああ! クロセ様、言ってはならないことを」
「ぎゃあ~~~~! これ以上、胸が大きくなったら困ります。おお、女神様お助けを~」
ミラとへっぽこフランだけが過剰に反応して騒ぎ出す横で、さっきから黙ってボソボソと食べていたアリスがそっと皿を差し出すと、俯いたままつぶやく。
「……私もおかわりしたら、大きくなるかしら」
俯いたアリスのその視線の先に広がるささやかな平地を見ないように気をつけながら、特にたっぷりとハチミツをかけたフレンチトーストを皿に乗せておかわりを差し出す。
「ほ、ほら、アリスもおかわりあげるから元気だせ、な」
「そ、そうよね。おかわりをして、小さなユウナと二人でこれから大きくなるのよね」
そう言って、拳を握り締めて天井を仰ぎ見るアリスの輝く瞳が――怖い。そんなこと俺に同意を求めるなよ――と、思わずユウナを肘でつつく。
「え? あ、そ、そうね。私も3才だから、一緒にこれから大きくなろう……ね?」
「う……私、今年で15才なんだけど。もう大きくならないのかなぁ」
また、ガックリと首を落とすアリスに、かわいそうにわずか3年しか人生経験が無いユウナがしまったという顔をする。
「あ」
「ぎゃあ~! 大丈夫、大丈夫だから。なあ、元気出せよ」
こうして新しくユウナが加わっても、相も変わらず姦しいのが、俺達の朝食の風景なのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
まだ真夏だというのに、遠くに真っ白な雪を乗せた高い山脈が見えてきた街道を、御者のビーチェが順調な速度で突き進む。少し標高が高くなって来たのか、馬車の窓から入り込んでくる涼風がひんやりと気持ちがいい。
そんな車内ではルールを説明されたばかりのユウナを入れて、大トランプ大会が開催されているのだが。
「わあ~ん! 私、女の子なのに爺ばっかりって何でですかぁ~。女神様ぁ、これって爺の呪いですか?」
やっぱり爺抜きでも盛大に連敗記録を更新中のへっぽこフランさんに、敵う者は誰もいなかったりする。
「ほ、ほら、修道女――シスターだからお年寄りに絶賛人気大爆発中……とか?」
「うわ~ん、私は若いイケメンの方がいいですぅ~」
「おい、それでいいのか【女神の使徒】――――アリス、前っ!」
常時展開中の【ソナー(探索)】のマップに、アラートと共に相当数の敵影反応が表示されていた。
「フィも感じた! いっぱいいる!」
「【遠目の魔眼】! 街道に倒木ね。ビーチェ、あわてず減速停止して」
アリスが片目を手のひらで閉じながら、御者席に座るビーチェに指示して馬車の緊急制動をかけさせる。
「ぐへへっ、お貴族様の馬車が護衛も付けずに、襲ってくださいと言ってるようなもんだぜ!」
「ちげーねー! バッカじゃねーのか」
街道を塞ぐように倒されている倒木の前まで進んで静かに停止した馬車に向かって、剣を抜いて取り囲みながら下卑た笑い声を上げる、見るからに野盗といった風体の男達。
「前方に五人、左の藪の中に四人、右に四人、後方に騎馬が三人。じゃ、ちょっくら行ってくる」
「ハクロー、私も行くわ」
敵戦力を【解析】し終わったところで、アリスが真っ先に馬車の扉を開けて外に出て行く。
「コロンもハク様と行きましゅ」
「フィも行く~」
「六精霊さん、お願いします! あと、馬車を中心に防御の魔術結界を張っておきました」
続けてルリが過剰ともいえる防御態勢を構築させると、ミラが御者席に声をかける。
「ビーチェ、そこから皆様の援護を!」
「……パ・カッ」
馬車の外に出てみると御者のビーチェがその真横に裂けた口をバックリと開けて、乱杭歯をギラッと光らせていた。
「ひょーっ! 女が二人もいるぞ」
「おお、こりゃ大漁だぜ」
「後で売るんだから、壊すんじゃねーぞ」
「そんなこと言ったってよ、久しぶりだからよぉ」
「うひひ、もう待てねぇよ」
正面で馬鹿笑いをしている五人の前に、不機嫌そうに腕組みをして仁王立ちするアリス。その横でコロンは左、俺は右を警戒していると、視界の端に逃亡阻止のために馬車の背後から近づいて来る騎馬三人の姿が見える。
「一応聞いてあげるけど、盗賊はその場で即死刑って分かってるのよね」
紅と蒼のオッドアイを細くさせたアリスが、冷たい声で念のため情状酌量の余地を問いかける。
「ぎゃはは、死刑が怖くて盗賊なんかやってられるかって」
「そんなことより、お嬢ちゃんは自分の心配をした方がいいぜ」
「安心すんなって、足腰立たなくなるまで可愛がってやるからよ。ぐへへ」
「もっとも、どこまで意識があるかわかんねぇけどな」
「すぐ犯ろうぜ、ここでよぉ」
そんな処置無しな馬鹿盗賊達に、首を振って大きなため息をつくと、アリスは静かに凍えるような澄んだ声を響かせる。
「どっちにしろ死刑だろうけど、無力化だけでよし。【未来視の魔眼】、【ギロチン】!」
「「「「「ぎゃあああ!」」」」」
片目を瞑ったアリスの前で、五人の盗賊の剣を持った腕がへし折れる鈍い音と同時に叫び声が上がる。
「なっ! ぎゃあ!」
「「「がっ!」」」
左側の草むらに白銀色の残像が煌めくと、【魔法のおたま】と【魔法のフライパン】を【二刀流】に構えて立つコロンの周りで、四人の盗賊が意識を刈り取られていた。
「くそ! ぐわっ」
「「「ぐっ」」」
仲間があっという間に倒されている姿にぎょっとした右側の木の上で矢を構えていた野党も、閃く『蒼い光弾』がおさまる頃には、二本の直刀【カタナ】を腰にぶら下げて歩く後ろに、取り残されるように地面に落ちて動かなくなっていた。
「お、おい! 何だあいつらは」
「聞いてねぇぞ、うわあ精霊が来た!」
「逃げるぞああああ!」
後方の騎馬三人のを逃がさぬように取り囲む六精霊の真ん中に、弾丸のように飛び込んだビーチェが【魔法のナイフ】と【魔法のフォーク】を【二刀流】で振り回しながら、馬の背中を飛ぶように渡って盗賊を落としてしまっていた。
「ちくしょおっ! これでもくらえ【ファイヤーボーなっ……ぎゃ!」
アリスの前で折られた腕を抱えて呻いていた首領らしい盗賊が、下位火魔法を詠唱しようとしたので【AMW(ノイズ)】で呪文詠唱をジャミングして途中キャンセルさせてしまってから、【HANABI(爆裂)】を鼻先で小爆破させて数m後ろまで吹き飛ばしておいた。
その様子を唇を尖らせたまま見ていたアリスが、ため息をつく。
「はあ~。盗賊団っていっても、こんなもんなのね」
「で、盗賊の隠れ家はこの先の岩場の丘の裏の洞穴で留守番が二名、囚われている一般人は現在いないようだ」
前歯が吹き飛んでしまった盗賊の首領を【解析】で記憶ログを確認してから、どうしようかとみんなと相談する。
「アジトと盗品を残しておくと、他の盗賊がやって来て居座る可能性がありますので、使用できないように完全に破壊しておきたいのですが」
「流石は姫様です。その処置はこの街道の安全のためにも必要かと」
王国のミラレイア第一王女姫殿下の意見も、もっともなので――まあ盗賊とやらが貯め込んだお宝ってヤツにも興味があるし、みんなで見に行ってみることにした。
捕まえた盗賊十六人は倒木を戸板のように錬成した上に重ねるように積み上げて『釣り糸(タングステン合金ワイヤー)』で縛り上げてから、ソリを引くように馬車で引っ張って行くことにした、のだが。
馬車に積み込めないための苦肉の策だったはずが、少し乱暴だったのか最初はゴンゴンと引き摺る音と共に悲鳴が聞こえていた盗賊達も、しばらくすると静かになってしまっていた。
「しまった、最初からソリも【波乗り(重力)】で馬車と同じように浮かせればよかったのか」
「ハク様、ドンマイ」
「フィもドンマイ~」
そんな、のんびりとした雰囲気の中で、馬車は洞窟の盗賊アジトを目指すのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「何よ。お宝っていっても、たいした物無いじゃないのよ」
盗賊の隠れ家の洞窟で倒れてのびている留守番の盗賊二名の前で、腰に手をあてて肩をすくめてみせるアリス。
馬車の傍では、ビーチェが積み上げられた盗賊達の前で見張りをしながら【魔法のナイフ】と【魔法のフォーク】をシャリン、シャリンと擦り合わせて、今にも頭からかぶりつきそうだ。
いくらスキルを得られるかもしれないからって、盗賊なんか食ったら腹壊すからやめとけって。
「でも面白そうな魔道具とか、金貨も少しは残ってたぞ」
「えー、そこは魔法剣とかレア装備とか宝の地図とか秘宝とか」
アリスが昔やったRPGを思い出すように顎に人差し指を当てて見せるが、現実はもっと世知辛いのだよ。
「おい、どう見ても雑魚盗賊だぞ。そんなもん持ってたら、とっくに売って足でも洗ってるだろ」
「そりゃそうよね~。チッ、しょっぱい盗賊ったら無いわね」
使えねー奴って感じで紅い長髪をフルフルと振るアリスに、怖々とユウナがルリの耳元でこしょこしょと聞く。
「あの……何時もこんな感じ、なの?」
「う~ん、だいたいこんな感じかなぁ。あ、でも今日は切断した腕をうず高く積み上げなかったから、まだマシかも」
こっちも顎に人差し指を当てて真剣に考えてみるルリと、ポンッと手を叩いて思い出したように声を上げるコロン。
「そう言えば、悪者のタマも消し炭にしなかったでしゅ。あのアリスおねーちゃんが、もしや大人になったでしゅか?」
「コロンったら、また物騒なこと言わないのよ。でも、フィも悪夢は使わなかったわよ」
「前は馬も人と諸共に見境なく、全てを薙ぎ倒しましたからねぇ。おお女神様、思い出してしまいました」
シスター・フランが天空が落ちてくる超位風魔法【テンペスト】を思い出したのか、プルプルと震え出してしまう。
「……これよりも普段の方がもっと凄い、のね?」
ちょっとビックリといった感じで俺の背中にさり気なく隠れるユウナに、ブスッとした顔でアリスが手をパタパタと団扇のように振りながら言い訳を始める。
「ほ、ほら、まだ魔法に慣れていなかったというか、魔力の加減を失敗したというか。ちょっとした間違いよ、今回はちゃんと全員無事じゃないのよ、ねぇ?」
何故に疑問形? それに、みんながソッポ向いて目を逸らしてしまったじゃないか。
すると、一人だけ暑そうに扇いでいていた手をピタッと止めて、こちらを振り返ってこんなはずでは、と顔を赤くするアリスさん。
「あ、あれ? あれれ? あれ~~?」




