第2章9話 チキン・ラン
次の日の朝はいつもより少し遅い時間に起きて、広い草原でルリとじっくりとストレッチをした後に、剣術の朝練とリハビリをしてから、コロンとクラリスが用意してくれた朝食をみんなでそろって食べていた。
「悪いな、朝食の準備させてしまって」
「へーきです、ハク様。戦う【料理人】のコロンにおまかせなのでしゅ」
随分と膨らみの出て来た胸をトンッと叩く小さなコロンの横で、同じくふっくらしてきた胸を張ったルリが嬉しそうに報告する。
「今日はおねーちゃんも、この前よりはちょ~っとはお野菜トントンしたんだよぉ」
「サラダに入ってる、厚みがバラバラでつながっているニンジンですね」
「はい、姫様。それでも今日は玉ねぎは避けたので、ちゃんと最後まで泣かずにカットできていました。格段の進歩ですね」
お姑なミラと料理教室のクラリス先生の、優しいような厳しいようなコメントをいただきながら、ウルウルと涙目でルリが訊ねる。
「うっ……固かった? つながって長いのは、おまけのサービスで……嘘です、ごめんなさい」
「ルリ様、このフランは何とか頑張って美味しくいただきましたよ」
「フィもお腹に入ってしまえば、一緒ぉ」
どちらかというと、フランとフィの辛口のコメントに、涙をいっぱいに溜めた紅い瞳でこっちを覗き込んでくるルリさん。
「はいはい、この前よりは上手になってるから、大丈夫だよ。ちゃんと食べれたし、次も怪我しないように頑張るんだぞ」
「うん、がんばる。ありがと、ハクローくん。えへへ~」
ニヘラァ~、と涙を浮かべたまま笑うルリの隣りで、やっぱり分厚いニンジンをボリボリと齧りながらアリスが肩を竦める。
「はあ~、またハクローはルリを甘やかして。ルリもニンジンは固いんだから、手を切ったりしないように気をつけるのよ、わかった?」
「うん、アリスちゃん。心配してくれて、ありがと。うふふ」
そう言うアリスだって、十分にルリには甘々だと思うんだよなぁ。とか考えながら、ミラとクラリスに今日の予定を聞いてみる。
「確か今日は、二つ目の街に泊まるんだったよな?」
「はい。そんなに遠くないので、おそらく昼前には着くはずです。でも街というよりは、村といった大きさだったと思いますが」
「姫様の言う通り、林の手前にある小さな村で、ここを過ぎるとしばらくは林と荒野しかなく、街道沿いに人里は無くなってしまいます」
「じゃあ、あんまり何にもない所なのかしら」
「でもでも、牧歌的な田舎の農村というのも、ほんわりのんびりしていて良いかもですよ~」
腕を組んで人差し指を顎に当てたアリスに、ピンと人差し指を立てて紅い瞳をキラキラさせたルリが、いつの間にか涙の引っ込んだ笑顔でワクワクと答えるのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「あいつら、本当に王都を出て行ったのか!」
王城の【勇者】に用意された上級貴族用の客室で、沢登生徒会長がテーブルを叩いて叫んでいる。
「ですから、先の謁見の間で国王陛下がご裁可下されたとおりですよ。その翌朝には出立されて行ったのを私も見送りましたが、それがどうかされましたか?」
今さら何を言ってるんだとばかりに、マリーアンヌ第二王女は紅茶を飲みながら小さくため息をつく。
「先輩の私達に一言の挨拶も無く、黙って出て行ってしまうなんて。何て恩知らずな子達なの!」
拳を握りしめて、憤まんやる方無いといった様子の、長瀬風紀委員長が傲慢にも吐き捨てる、が。
「あら、置いてきぼりにされた先輩のお三方に、後輩である彼らは何か恩に着るようなことがあったのですか?」
最近は冷徹な本来の性格を隠そうともせず、厳しいコメントを漏らし始めたリーアンヌ第二王女に、宮野副生徒会長がほわわんと笑う。
「あはは~。琳ちゃんったら、また変なこと言ってぇ。私達はあの子達に、全く何のお世話もしていないよ~。
むしろ、平河くんや高堂先輩が王城で暴れた時に私達【勇者】が何もできずに、取り押えることもできなかったのを代わりに捕まえてくれたりして、お世話になったのはむしろこっちだよ~。
そう言えば、お礼言いそびれちゃったねぇ~」
「「くっ!」」
二人揃って一人前に悔しそうな顔で俯いて、唸るだけの生徒会長と風紀委員長を冷めた横目で見ながら、残念なこの三人組をどうやって使い物になるようにしたらいいのか、窓の外をぼんやり眺めながら頭を悩ませるマリーアンヌ第二王女だった。
自分達の都合の良いようにしか物事を見ず、緊張感の欠片も無く、しかしゆとりだけはあるこの三人組を、どっかの地下迷宮に放り込んだら死ぬ気で頑張ったりはしないだろうか。
そういえば西の地下迷宮の近くの鉱山に、脱獄した元【勇者】平河の女奴隷で元貴族令嬢のサラが犯罪奴隷として移送されたという話を、卑屈に笑うフレデリック第一王子から聞いたが……はたして、どのくらい生きていられるのか。
兄上も軍閥筆頭のカリエール公爵に婚約を解消されてからは、貴族の支持者も減ってしまって、次期国王候補として立太子から遠ざかってしまっているようだけど。
国王陛下はあれ以来、体調を崩して寝込んでしまっていて――まあ、勇者召喚した二人が国外逃亡、エドモント第二王子は生殖不能に、ジョスリーヌ第三王女は再起不能で、とうとう【聖女】達三人は王城を出奔してしまっては気持ちは分からないではないけれど。
などと、とりとめもないことをボンヤリと考えていたマリーアンヌ第二王女だったが、コホンとあらたまってから。
「とにかく、残されたお三方には早急に戦力となっていただく必要がありますので、近日中に地下迷宮攻略に着手していただきます」
「「「え? 地下迷宮?」」」
「そうです。レベルアップには最適ですよ、よかったですね」
そう言って、優雅な微笑みを見せるマリーアンヌ第二王女に、急にアタフタとし始める残念【勇者】三人組。
「う……マリー、それはちょっと」
「私達は……別にそんな」
「ひぇ~、うっそぉ~」
「それでは、私、攻略地下迷宮の選定など準備がありますので、これで失礼しますね」
ああ忙しい忙しいと、マリーアンヌ第二王女がサッサと席を立って部屋を出ていってしまったので、ビックリしように口だけ【勇者】三人組は慌ててその後を追いかけていくのだった。
「「「あっ! あぁ~、マリーちょっと待ってぇ~~」」」
◆◇◆◇◆◇◆◇
「おおー……なんかこれはまた、のどかな風景よねぇ」
アリスの目の前には一面が牧草地帯で、木製柵の中には田畑が広がる牧歌的なザ・田舎の農村が広がっていた。
「やっぱり、宿泊施設そのものがありませんでしたね」
「はい、姫様。ここはクロセ様に【砂の城】を出していただいて、村外れに設置した方が安全だと思います」
代表して村長と話をしたばかりのミラとクラリスが、少しガックリしたように広場に止めた馬車まで帰って来ていた。
「まあ、そのために【砂の城】を錬成したんだから、構わないけど。二人だけなら、村長の家に泊めてくれるんだろ?」
「いえ、私はクロセ様達と一緒の方が」
「はい、姫様。クロセ様、別々は寂しいですし護衛の問題もありますので」
急にパタパタと手を振り始めるお姫様なミラに、侍女のクラリスがうんうんと頷く。
「そうか、だったら構わないが」
「ハク様~。それよりも、あそこに見える新鮮な農地直販の野菜とかお肉とかを、買いに行きたいでしゅ~」
「フィも~」
お子様二人組はもうすぐお昼ということもあって、お腹ペコペコだったりする。
「はいは~い、それじゃみんなで村を見て回りましょ~?」
「はい、ルリ様。こういった田舎の寒村は私に案内を任せてください」
初めての田舎の村に素直に喜ぶルリに、農村のお手伝い経験が豊富なシスター・フランが案内を買って出ていた。
「これとそれと、あとそこのトマトを一袋くだしゃい」
嬉しそうに野菜の山を指差しながら白銀色のしっぽを、ふりんふりんと振っている戦う【料理人】コロン。
「それから、新鮮な鶏肉をくださいな」
ちゃっちゃと農家のお婆ちゃんと買い物を進める小さなコロンと修道女のフラン。
なんだか今日に限って無駄に頼りになる、ぽんこつフランに不安しか覚えないのは何故なんだろう。
「よっし、可愛い娘さんの頼みとあっちゃ、こりゃ新鮮なのをサバくしかないねぇ」
そう、きっぷの良い声でお婆ちゃんが後ろから引っ張り出したのは一羽の鶏で、何をするのかと思った瞬間に、お婆ちゃんは横に寝かせた鶏の首を鉈で、トンッと断ち切ってしまう。
「「「「え?」」」」
首を切り落とされた鶏は、スタッと二本の足で立ち上がると、切り飛ばされて無くなってしまった首から血飛沫を撒き散らしながら、タッタッタッタッと勢いよく走り出してしまう。
ギョッと見下ろすみんなの周りをきっちり二周ほど走ると、ゆっくり速度を落としながら、タッ……タッ……パタッと倒れて動かなくなってしまった。
「「「「ぎゃあああああ!」」」」
血のサークルに囲まれて逃げ場を失くし、文字通り全身に鳥肌を立てて絶叫を上げたのは、免疫の無い現代日本人のルリとアリスにお姫様なミラと――ヘタレな俺だったりした。
おおぅ……夢に見てしまいそうだぞ、トラウマになって焼き鳥が食べれなくなったら、どうしてくれるんだよ。
一方、この世界生まれの料理教室の先生たるクラリスに、戦う【料理人】コロンと【暴食】の妖精フィに、ぽんこつフランまでが平気な顔をして、「何事?」と言った呆れた目で俺達を見ていた。
「あれ? ハクローさん、血を見るのダメでしたっけ? あれ? あれれ~?」
アホ面して、へっぽこフランが首を傾げて俺の顔を覗き込んでくるのが、一番ムカつく。
戦闘モードに切り替わって近接戦闘でゴブリンを斬っても、最近は気分が悪くなることは無くなっていたが、何の心の準備も無く突然こんなもの見せられりゃ、そりゃあビックリもするだろうさ。
そもそも、いらんこと頼みやがったのは、お前だろうが。
「今度、お前も絞めてやるぞ」
「いやぁ~! ルリ様、ハクローさんがいぢめますぅ~」
「ほっほっほっ。仲がいいねぇ。そうじゃったそうじゃった、たった一羽じゃ足りないわねぇ。ちょっと待っとれよ、ほりゃ、ほりゃ」
するとお婆ちゃんは再び二羽の鶏を引っ張り出すと手加減なしで、トンットンッと軽い音をさせて首をはねてしまう。
「「「「ええっ!」」」」
再び二羽の首なし鶏が、スクッと二本の足で立ち上がると、今度は二羽が競争するように、タッタッタッタッと軽快な足取りで走り出す。
そして引きつった顔をして立ちすくんだままの俺達の周りを、首から盛大に血飛沫を辺りに振り撒きながら、二羽が半周遅れで勢いよくチキン・ランを開始すると。
「「「いやぁあああああ!」」」
とうとう、俺の肩の上まで重なるように、よじ登ってしまって震えるルリにアリスとミラ。
おお、【身体強化】のレベルがLv4までアップしたからか、女性三人を同時に抱えてしまっても、よろめくことも無いぞ。
などと、つい現実逃避をしてしまっている自分自身に、内心でがっくり来てしまっていたりする。
そうこうしている内に、首なし鶏はみんなの周りをやはり二周ほど走ると、ゆっくり速度を落として、タッ……タッ……パタッと二羽共に倒れて動かなくなってしまう。
俺たちの周囲の地面は三羽の鶏の血で物凄いことになっていて、これから羽をむしったりするんだろうけど、マジで今晩これを食べるんだろうか。
「ハク様、どうじょ召し上がれ!」
嬉しそうに白銀色のしっぽをフリフリさせたコロンにサーブされて出てきたのは、野菜と穀物をハーブと一緒に内臓の代わりに詰めた鶏三羽のこんがり姿焼きだった。
大きな皿には切り落とされた三羽の鶏の首も、一緒にカリカリに焼かれて、ご丁寧に恨めし気な視線をこちらに向けていたりする。
「クロセ様ぁ。やっぱり、嫌ぁああああ!」
「ハクローくん。ぎゃあっ、鶏の生首と目が会いましたよ! 何かこっち睨んでます!」
「ハクロー。おのれぇ! このチキン野郎、消し炭にしてやるわ!」
お姫様なミラが顔を覆って泣き叫び、ルリは両目を手のひらで隠してそっぽ向きながら泣いてるし、アリスは上位火魔法の詠唱を始めるし……。
一方で、この世界のタフな分類の女性陣である、侍女筆頭のクラリスに戦う【料理人】のコロン、それから妖精のフィは一向に気にする素振りも見せない。
「姫様、好き嫌いを言っていてはいけませんよ。さあ、取り分けてあげますので残さずに食べるのですよ」
「ハク様、お代わりを取り分けしましゅね」
「フィも取る~」
おまけに空気の全く読めないぽんこつフランが嬉々として、ルリに余計な台詞を吐く。
「ルリ様、お食事が進んでいないようですが。このフランがスペシャルに、鶏の頭を鶏冠付きで取り分けて差し上げますよ~。おお女神様、スーパーデリシャスですぅ」
「「「じ、自分で取るから、結構です!」」」
ああ、昨日とは違ったベクトルで非常に疲れてしまった。頑張ってお料理してくれたコロンには悪いけど、もう飯はいいからお風呂に入って早く寝たいなぁ。
◆◇◆◇◆◇◆◇
真夜中の月明りの下、小さな林の途中の街道側に夜営している貴族の馬車とテントが複数あった。その中央の焚火を囲むように見張りの冒険者風、というよりはならず者ようなの男達がいる。
そしてひと際豪華な天幕の中からギシギシッ、ギシギシッ、という音と共に若い女の苦しそうな擦れた声が漏れ聞こえてくる。
天幕の中には足の腱を切られた、小さく細いエルフの少女を裸に剥いておおいかぶさる、腹が大きく突き出て脂ぎった顔に汗を浮かべたブヌトー公爵が、少女の美しい顔を分厚い舌でベロベロと舐め回す。
「ぐへへ、今行くぞ――待っていろ、ワシだけの【純潔の女神】アルティミス」
組み伏せられたプラチナブロンドの長髪の美少女は細い眉を苦痛に歪めて、荒縄で縛られた両の手でめくり上げられた服を必死に耐えるように、爪が食い込むほど握りしめていた。
そのテント外では、護衛と思われる無精髭の冒険者達が小さな声でつぶやき合っている。
「まだ早い。まだ一番近い農村に近過ぎる」
「この先の林を抜けて、荒れ地に出るまでもう少しだけ待て」
「くそっ、あのエロ豚め! 明日までの命だぞ」




