第2章7話 2匹の白蛇
「ほら、持って来たぞ」
無駄に長い時間を遊園地の疑似アトラクションに使ってしまってから、ようやく精霊樹の丘を下りてジュリエッタとロメオが待つ冒険者ギルドへと戻って来ていた。
疲れ果てた顔をしたまま精霊樹の黄金色の枝葉を渡してやると、心配そうに小さな二人に顔を覗き込まれてしまう。
「ハクローさん、ありがとうございます。あはは~、何だか凄くお疲れのようですね」
「私達のために、本当にありがとうございます。あはは~、それにしても、遠くから見てましたが大変でしたね」
「ゴホン、子供が余計な心配しなくていいんだよ。
それよりも、これでまずは【精霊樹の加護】の儀式とやらを試してみて、それでも考えているのと違ったり駄目だったりしたら、ちゃんと俺達に言うんだぞ」
「「はい、この御恩は決して忘れることはありません」」
「【精霊樹の加護】が取得できるといいですね」
「古の儀式、がんばるのよ」
「コロンも応援してましゅ」
「フィもね」
「小さな子供二人で大変でしょうけど、無理しない範囲でがんばってくださいね」
「そうですよ。姫様の言う通り、何か分からないことがあったりしたら、ちゃんと大人に相談するのですよ」
「お二人に女神様のご加護があらんことを祈ってますからね」
「「みなさんも本当にありがとうございました」」
みんなから激励と問題があった時の注意を受けると、ぺこりと頭を下げて、子供らしい笑顔を見せながらジュリエッタとロメオの二人は帰って行った。
これから夕方まではだいぶ時間があるので、これから地元に古くから伝わるという、【精霊樹の加護】を受ける儀式を執り行うのだろう。
二人からもらったサイン入りのクエスト完了証を、冒険者ギルドの受付カウンターのお兄さんに渡して報告すると、今日できるとは思っていなかったらしく驚きながらも感謝されてしまった。
「さすがは【紅の……げふんげふん、失礼。いや、なんでもないです。
しかしこれで冒険者見習いのFランクだって言うんだから、本当に驚いてしまいますね。これは老婆心ですが、ランク査証と言われて余計な詮索をされたりしないように、ぼちぼちでもいいからギルドランクをEから順番にアップさせておいた方がいいですよ」
そして約束のクエスト報酬である銅貨一枚を受け取って、みんなで少し苦笑いをしながらホテルへと帰るのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
その日の晩御飯は、高級ホテルのレストランの貴族用個室でコースっぽい高級料理を出された。
そういえば日本でもコース料理なんて食べた記憶は無かったので、沢山並んだナイフとフォークの使い方が分からず、コロンと一緒にちょっとビビッていたのは秘密だ。
「この世界で初めてコース料理を食べましたけど、凄く美味しいですね」
「マッシュルームソースの味付けがちょっとお昼と違っていて、これはこれでまた美味しかったわ」
ルリとアリスもテーマパークで遊んだ帰りに、高級コース料理を食べたみたいなノリでとても喜んでいた。
「本当、テーブルマナーもクラリス先生に教えてもらえたから助かったよ」
「コロンもこれを作れるように戦うのでしゅ、ふんす」
「フィは食べるだけ~」
さっきまで、白銀色の狐耳としっぽを緊張の余りピンと立てていたコロンも、デザートが出てきた辺りで漸くホッとしたのか、口調もだいぶ柔らかくなっていた。
妖精のフィは、まあいつも通りだ。
「ここのお料理は見た目にも綺麗に飾られていて、とっても美味しかったですね」
「はい、姫様。ここの領主である子爵が上級貴族をもてなすためにと、王都からわざわざシェフを呼び寄せたほどらしいので、そのまま王都の高級店と比べても、全く遜色がありませんでした」
おお、ほとんど外食しない引き篭もりのミラはともかく、侍女のクラリスのお墨付きが出るくらいなら大したものだ。
「ジロリ。クロセ様、今何か失礼なこと考えましたね?」
「え? い、いや、ソンナコトアリマセンヨ」
おおぅ、ミラが切れ長の翠瞳を細めて睨んで来た――なぜ、バレる?
「うう~、今まで食べたお料理で、一番高級で美味しかったですぅ~。これが教会の経費だと思うと、二度美味しいですぅ。女神様、これまで生きてきたことに心から感謝します~」
シスター・フランはデザートのプチケーキに乗ったアイスをつつきながら、うれし涙を流している。
まあ、お姫様のミラと違って、俺達は毎日がこんな高級料理という訳には金銭的にもいかないだろうけど、初めての旅行で街に泊まった記念ぐらいにはなったんじゃないだろうか。
今日は知らない街を観光して、地方限定クエストも完了させて、いいホテルに泊まって、美味しいコース料理を食べて――すっかりご機嫌なルリも紅い瞳を嬉しそうに細くし、桜色した唇をωの形にしてデザートの小さなスプーンをくわえている。
異世界に来て初めて観光旅行で訪れた街の一日目は、みんなと一緒に幸せそうな笑顔でいっぱいなのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
日付が変わる真夜中、さすがに今日は疲れたのかベッドでぐっすり寝ているルリとコロンを部屋に残して、室内の内扉で続いている隣のアリスの部屋に妖精のフィと来ていた。
「やっぱり、【精霊樹の加護】の儀式は夜中だったのね」
「妖精であるフィは精霊の魔力には敏感だから、すぐに分かっちゃったわよ」
寝ていた妖精のフィが最初に気がついて、俺もほぼ同時に【ソナー(探査)】でマーカーにピンを付けてモニターしていた、ジュリエッタとロメオが精霊樹の丘に向かったことに気がついて起きていた。
それでアリスを起こして【遠見の魔眼】で二人の様子を確認している、という訳だ。
「どんな古の儀式か知らないけど、女神の力を借りて【精霊樹の加護】を貰うぐらいだから、真昼間に人が沢山いるところじゃ、そりゃあできないってことなのか?」
「何だか、かなり本格的な儀式を準備しているみたいよ」
右目を掌で隠して【遠見の魔眼】で視ていたアリスが、少し驚いたようにつぶやく。
「心配だったけど邪魔になるから直には見に行けないし、まあそれでアリスにわざわざ魔眼で視てもらっているわけだけど、どのくらい時間がかかるかわからないから大丈夫そうだったらもう寝ようか?」
「ちょっと、待って……」
「ハクロー、この魔力は!」
「くそっ、二人のマーカーが点滅し始めたぞ! 何があったんだ、アリス?」
急に状況が動き始めて、しかも胸騒ぎがするような展開に三人共が慌てる。
「二人の身体が光って、……倒れた! まずいかも!」
「ハクロー、精霊樹の魔力が溢れてる!」
「ヤバいぞ! マーカーの点滅が消えそうだ! 俺とフィは精霊樹まで飛ぶから、アリスはみんなを頼むっ」
そう言い残すと、フィを肩に乗せて窓から飛び出と同時に、【時空収納】からサーフボードを空中に投げ出して足をかける。
「【波乗り(重力)】! 【ビーチフラッグ(加速)】!」
蒼く輝く魔法陣を背後に残しながら、月明りに照らされて暗闇に浮かぶ精霊樹に向けて、空中を最大加速する。
◆◇◆◇◆◇◆◇
二人の姿はすぐに見つかった。
精霊樹の巨大な根元の洞にある祠の前に、ジュリエッタとロメオが手をつないで寄り添うように倒れていた。
アリスは二人の身体が光ったと言っていたが、少なくとも今は光ってはいなかった。
いや、それよりもこれは――二人の身体は心臓が停止していて、どう見ても死んでいた。
「くそっ! 【精霊樹の加護】って、命を懸けるってことなのかよ! 自殺するってことなのか?
そんなの――まだ10才の子供にさせてんじゃねェーよ!」
「は、ハクロー……」
「ちっくしょおおおっ、精霊樹っ! てめェー、何とか言え!」
祠の前で冷たくなっていく小さな二人の身体に、思わず頭に血が昇って、精霊樹を見上げて大声で叫び散らしてしまう。
「あ……ハクロー、あそこ」
その時、肩に乗ったフィが、祠の後ろの精霊樹の根元にある洞を指差す。
「え……?」
そこには二匹の真っ白で小さな蛇が、寄り添うようにトグロを巻いて、赤い瞳をこちらに向けていた。
「フィが言っていた、白い蛇の精霊のお爺さんってヤツか?」
「ハクロー、違うわ。
これは……、この二匹が……、この二匹の白い蛇が精霊となった、ジュリエッタとロメオよ」
「なっ!」
思わず一度、祠の前で倒れている二人の身体を見て、再び二匹の白い蛇をよくよく見直す。
「お、お前達……ジュリエッタとロメオなのか?」
自分でも馬鹿らしいとは思いながらも、つい馬鹿正直に聞いてしまっていた。
すると、二匹の白い蛇が俺の問いに答えるようなタイミングで、それも二匹同時に頷くように小さな頭を下げて見せた。
「おいおい……、やめてくれよ。
それじゃ、【精霊樹の加護】ってのは人間を守護するんじゃなくって、精霊化するってことなのかよ?」
「多分、違うわ。
二人が精霊樹に祈ったのよ、ずっと二人で一緒にいられますようにって。
そして、二人の純粋な愛に精霊樹が答えて、二人を精霊化させたのね」
「うっ……、それって」
二人の魂は精霊としての二匹の白い蛇となって、そこにあるのかもしれないけど、人間の身体は死んでしまっているじゃないか、そう思わず叫びそうになって……それが、二人が精霊樹に望んだことなのかと、思い至ってしまった。
「おい……頼むよ、そんな……そんなのがお前たちが女神に、神に望んだことだと言うのかよ。
そんなの、ルリに……みんなに言える訳がないじゃないか」
だって、精霊樹の黄金色の枝葉を取って来て【精霊樹の加護】の儀式のために渡したのは、俺達なんだぞ。
アリスは【遠目の魔眼】でこっちを視ているから、誤魔化すのは無理だ。
もう大人でこの世界の生まれのミラとクラリス、それにフランにとっては普通のことで、平気で大丈夫なのかもしれない。
でも、心根の優しい日本人のルリと、まだ小さいコロンには……駄目だ、言えるはずがない。絶対に、駄目だ。
◆◇◆◇◆◇◆◇
そうして、恐ろしい現実から目を逸らすように、二匹の白い蛇を【解析】することもできないまま、アリスのいるホテルの部屋に窓から逃げ込むように帰ることしかできなかった。
「ねえ、二人は倒れたままのようだけど……どうしたの! ハクロー、顔が真っ青よ」
その言葉を最後まで聞いていることもできずに、口を手で押えてトイレに駆け込んでしまう。
「ぐっ、げえええええっ」
「ハクロー……あんた」
驚いたアリスも追って来て、トイレに顔を突っ込んで涙と鼻水を流しながら吐いている俺の背中を擦ってくれた。
俺の吐くものが無くなる頃には、妖精のフィがアリスに見てきたことを説明し終えていた。
それは本当に助かった。とてもじゃないが、俺の口からアリスに全てを語って聞かせることなんて、できそうにはなかったからだ。
「そう……なの。それは……また」
物事に動じない流石のアリスも、まだ15才の中学生だ。そうですかなんて、ホイホイ受け入れられるものじゃないだろう。
いや、それ以前に、二人はまだわずか10才ぐらいだったんだぞ。それが、人の世を儚んで精霊になることを神に望むなんて……そんなこと。
「これはルリと……コロンには、とても言えない」
内扉でつながった隣の部屋の壁を睨みながら、そう告げる。ロウソクに照らされるアリスの顔色も青白い。
「そうね、その方がいいとか悪いとかじゃなくて、言えないわ。絶対に、無理よ」
「他のミラとクラリスとフランはこの世界の生まれで、年齢的にも決して小さいことは無いが、あえてこちらから話題を振る必要はないだろ」
「そうね、明日はどっちにしろ、朝食を取ったら、さっさと出発してしまいましょう」
「ああ、そうしてくれると助かる」
「じゃあ、ハクロー。あんたも酷い顔してるんだから、もう寝ましょう」
フィはさっきから両手両足を俺の肩から垂らして、器用に爆睡していた。
「アリス、一人で大丈夫か? 今日は俺達と一緒に寝るか? 俺なら今日は床でいいから」
「うん……たぶん大丈夫。ありがとう、無理だったらその時そっちに行くわ」
「そうか、アリスは強いな。でも、無理はするなよ」
思わず一言余計なことを言ってしまうが、アリスは苦笑してつぶやく。
「ふふっ。私は直接、二人の遺体と二匹の白い蛇を実際に見ていないからよ。魔眼越しで視て話を聞いただけでも、さっきから気分が悪いもの。
むしろ、ハクローの方こそ、よく帰って来るまで我慢できたわね」
「いや、もう本当無理。あのルリと小さなコロンがこれを知った時にどんな顔をするか、考えることすらできないぐらいだ。だから、絶対に知らせはしない」
「私もよ。もう今日は寝るわ。おやすみなさい」
「ああ、おやすみ。内扉は開けておくからな」
「分かった、ありがとう」
その後はルリとコロンの眠っているベッドにフィを連れてもぐり込むが、暗闇の中で月明りに照らされた三人の寝顔を見ながらまんじりともせず、朝まで結局一睡もすることができなかった。




