39話 パーティー撃滅戦
18日目の夜明け前の剣術と歩行の朝練に、今日から新たにミラのぬいぐるみゴーレムのテディベア・ベアトリーチェ、愛称ビーチェが参加している。
ビーチェは師匠のコロンに一礼してから、一歩後ろに下がって並ぶと両の手に【魔法のナイフ】と【魔法のフォーク】を構え、ひゅんひゅんと素振りを開始する。
それを日の出の方角に身体を向けて横目で頷き見ていた、コロンもその両手に【魔法のおたま】と【魔法のフライパン】を空中から【召喚】すると、「すぅ~」と深い呼吸をひとつ。
次の瞬間、空気を切り裂く風切音と共に【二刀流】スキルによる、残光しか見えない銀閃が宙を舞う。
「もうすっかり、俺よりも上手いんじゃないか?」
「いつも常にクロセくんの後ろ姿を見詰めていますからね、うふふ」
振り返ると、歩行訓練リハビリ用の左右二本ある木製の手摺のひとつだけに両手で掴まり、ルリが微笑むようにしてそんなことを言う。
ようやく丸みを帯び始めたその細い身体を、しっかりと二本の脚で支えて大地に立つその姿はあまりに美しく、涙が出そうになりつい顔を逸らしてしまう。
「クロセくん? どうかしましたか? クロセくんってば」
「い、いや」
小首を傾げて、綺麗な紅い瞳の上目遣いで下から覗き込んで来るルリに、思わず逃げるように視線を上に向ける。
まったく……これだから、この世の全てを賭けてでも守ることに何の躊躇も無くなるんだと、そう思いながら。
見上げた先には瑠璃色に輝くどこまでも透明な、まだ夜明け前の空があった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
午前中の野外の魔法教室に、王城の礼拝堂の朝の掃除を終えて乱入して来たシスター・フランが、芝生にぺたんと座って黒板を見上げるルリに抱きつくと、くんかくんかと匂いを嗅ぎ始めた。
「くんあぁ~、昨日は礼拝堂の引継ぎで一日中拘束されちゃって、ちっともご一緒できなかったのでルリ様成分が足りていませ~ん!
だから今日はたっぷり補給させてくださいね、くんかくんか、ああぁ~幸せぇ~。女神様、感謝いたしますぅ」
「クロセくん、た、助けてくださいぃ~」
手足をバタバタさせて必死に逃げようと、ルリが手を伸ばしてくるが。
「あー、無理だと思うぞ。そろそろそれのことは諦めろ、ルリ」
「あ~ん、クロセくんがひどいですぅ。ぎゃー、フランちゃんそこ匂い嗅がないでください。いやーぁ!」
「ではアリスさん、この魔法を発動するために必要なことは何でしょうか?」
お気に入りの黄色い☆マークの指差し棒で、スチャッと伊達メガネの縁を上げてキランと光らせる、オールスルーな学級崩壊中のダメ教師。
「ミラ先生って、マイペースだよね」
「それが姫様の、唯一の取得ですから」
「クラリス、唯一とは何ですか。他にも取得ぐらい……ある、ハズですよ。ひとつぐらい、たぶん。ぐすん」
あー、半泣きのルリに続いて、今度はミラ先生まで泣きそうになってしまって――仕方ないなぁ。
「ミラ先生は王侯貴族ばっかりが集まる、こんな魔窟のような王城で長いこと生きて来たんだからさ。
自分のペースで生きて――ほら、そりゃマイペースじゃないとやってられないよね?」
「うう~、そうなのよぉ。クロセくんだけよ、分かってくれるのは」
「姫様、そんなこと言って。習い事もすっぽかして、公務である社交ですら嫌だと全て欠席して、あげくお見合いも片っ端から断って、部屋に篭もってお裁縫三昧、たまにお散歩で裏庭に出てお花の手入れするぐらいじゃないですか」
おお、それは――王族としても、全然ダメダメってことじゃん。
「ミラ先生……」
「うう、だぁって~。クロセくん、王侯貴族って怖いんですよ~」
とうとうマジ泣きのミラ先生……それは、分かる気もするが。ああ、クラリスがメガネの奥の目を細めてこっちを睨んでますよ。
「クロセ様、姫様を甘やかさないでくださいね」
「私は何か、すごいシンパシーを感じるわ」
「こらアリス、それはダメな感じだぞ」
「せんせ、どんまい」
「そーだ、そーだ」
「コロンにフィまで、そこは気にしないとダメなとこだぞ」
「うわーん、クラリスとクロセくんがいぢめるぅ」
いや、そうじゃ無いだろ~。
しょうがないので、ミラ先生のご指導により裏庭の花壇のお花の手入れをして、そのまま昼食はガーデンパーティーのランチということで、火の【魔石】入り小型コンロを持ってきて簡単な料理をしている。
すると、ルリの周囲にふわふわと四つの光が舞い始めた。最初に気が付いたらしいフランが空中を指差す。
「ルリ様、それは精霊ではありませんか? 木精霊、水精霊、土精霊、火精霊のようにも見えますが」
「え? わわ、ホントだ。でも、いつもの子達じゃないねぇ?」
「それでは、聖精霊と光精霊を呼んでみたらどうですか?」
「そう? それじゃあ、聖精霊さんと光精霊さん……、あれぇ?」
ポンッ、と薄く透き通るように光る少女の姿で空中に姿と現した聖精霊と光精霊が四つの光に、クスクスと内緒話をするように顔を近づける。
しばらくそうしていると、空中の四つの光はだんだんとその姿を薄く光る小さな少女へと変えていった。
「「「「「「おおー」」」」」」
芝生の上に女の子座りをしている、ルリの周りの空中に聖精霊、光精霊、木精霊、水精霊、土精霊、火精霊がフワフワと透明な少女の姿を現していた。
それを間近にしてアリスが、半分呆れたように口を開く。
「流石にこれは凄いわね、六精霊が一堂に集うなんて」
「初めて見ました。六精霊が一か所にまとまって顕現するなど、これまでも無かったはずです」
「姫様、おそらくは神人の時代を除くと有史以来で初になるかと」
ミラとクラリスがこの世界の人の歴史を紐解いて、驚愕の事実を突き付ける。
「おおぉ、女神様! 祝福の精霊達によるこの奇跡の瞬間に立ち会えましたことに、心からの感謝を!」
「なんか増えたな」
あんまり、ぽんこつフランが五月蝿いので、ついボソッと本音を漏らしてしまう。すると、横にいたアリスが流石にジロッと睨んでくる。
「ハクロー、あんた、その言いぐさは」
「こぉ~ん」
「よしよし、コロンだいじょうぶだぞ」
何言ってんだ、びっくりしてコロンが鳴いてしまってるじゃないか。
もしやと思い【解析】でルリのステータスを見ると、予想通り【守護】に【祝福の木精霊】、【祝福の水精霊】、【祝福の土精霊】、【祝福の火精霊】が一気に増えていた。
「これはですね、『女神様が祝福した高位精霊からの守護』ということなんですよ」
シスター・フランがその豊満な胸を張って自慢気に、初めて聞くことになるミラとクラリスに説明していた。
そうなんだ、最大の問題はその守護者である高位精霊を祝福した、その女神が誰かということなんだ。くそっ、どうしてこうもルリだけが。
思わず唇を噛み締めて俯いてしまった俺が強く握り込んだ左手の拳を、優しく包み込むように手に取ったルリがその紅い瞳を細めて微笑む。
だいじょうぶだと、だいじょうぶだからと俺に微笑む。
その二人をじっと見守るように傍に立つ、アリスとコロンの二人の姿があった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
午後になって、事前情報の通りにブヌトー公爵は銀色の全身金属鎧を着た自領騎士団約百名を引き連れて、王城の騎士団訓練場を通り過ぎ、病室のある別棟の入り口を取り囲んでいた。
なのになぜか、すぐ隣の訓練場には合同訓練をするはずの王国騎士団の姿は、一人も見当たらないのだった。
別棟建屋の前の馬車を付けることもできる広いエントランスアプローチに向けて、一人で進み出て来る大きなお腹を突き出して脂ぎった顔をして豪奢な服にデカい宝石の指輪をこれでもかと付けた下品な貴族。
こいつがブヌトー公爵だな、アリスも頷いているので間違いないだろう。
そのアリスは、いつもの真紅のドレスアーマーに白銀プレートを胸に付けて腰には透き通る神話級【剣杖】、紅と蒼のオッドアイを煌めかせながら、紅い長髪を風になびかせている。そして胸には、ミスリルのドッグタグが光る。
その後ろには、アイボリーホワイトのワンピースを着た上に白いロングカーディガンをかけて、白い長髪をペールピンクのリボンでまとめて横に流した、『車椅子』に座る紅い瞳をしたルリ。右手の薬指には、ミスリルのリング。
そのすぐ横には、黒のフリル付きエプロンドレスとホワイトプリムを身に着けて、白銀色の狐耳としっぽを長髪と一緒に、ピンと逆立てている金色の瞳のコロン。細い首には、ミスリルのクロスチョーカー。
そして肩にはカナリーイエローのワンピースを着た、ゴールデンブロンドの長髪が虹色に光る羽にかかった、妖精フィを乗せている。
そして一番前には、マリンブルーのTシャツにアーバン迷彩のサーフパンツで、ミスリルのウォレットチェーンを腰にぶらさげたビーサン姿の、髪も瞳も瑠璃色をした俺がつっ立っていた。
「ぐへへ、ワシの妖精を返せ。そうすれば見逃して……いや、そこの女三人も連れて帰って、ワシの性奴隷にして可愛がってやろう、げへげへ。
ああ、男は要らん。殺せ」
前に出て来たブヌトー公爵はそう言うと、良いことを思い付いたと嬉しそうに、ブヒブヒ言いながら右手を上げた。そして、そのブタの手が下される直前。
「【ミスリル☆ハーツ】パーティーフォーメーション・アローヘッド! 全員、敵無力化を優先して一撃で仕留める! 手加減は、無しだ!」
アリスが厨二病を大爆発させながら、みんなに指示を出す。
中段に仁王立ちしたアリスが【未来視の魔眼】で騎士団を瞬時にロックオン、【加速】させた上位風魔法【ギロチン】で剣を持った金属鎧の騎士達の腕を前列から順に、今回は手加減なしで、ズガンッ、という鈍い金属を断ち切る音と共に全て斬り落としていった。
「「「ぎゃぁあああ!」」」
後衛に近づいて来ようと前進を始めた全身鎧の騎士を、妖精フィが【睡眠】で立ったまま眠らせると、コロンは【魔法のおたま】と【魔法のフライパン】を全力の【二刀流】で白銀色に光る残像を閃かせながら、次々に気絶させていく。
「「「ぐぇっ」」」
『車椅子』に座るルリはメンバーに【攻撃上昇】、【魔力上昇】、【防御上昇】、【速度上昇】など大量のバフをかけ、その周辺の空中に顕現した高位六精霊がそれぞれの属性魔法で守護して接近を許さない。
「こ、こいつら! こちらも、後列は魔法で攻撃しろ!」
最前列が一通り倒されてしまったのを見て、焦った自領騎士団長らしい男が後列の騎士団員に指示を飛ばす。
俺は最前列で、【ソナー(探査)】でマッピングした騎士達が接近して来る順に【チューブ(転移)】でゼロ距離まで瞬時に接敵、剣を持った騎士の腕を直刀【カタナ】の【抜刀術】で斬り飛ばし、再び【チューブ(転移)】で次の標的に向けて転移を繰り返していた。
しかしここで魔力波を検知したので、後衛の前まで一度戻る。
そして、【解析】スキルを使って『マルチタスク』で魔法を並列処理させると、この時のために開発したばかりの新オリジナルスペルの【AMW(ノイズ)】を複数同時に並列起動し始める。
ちなみに、AMWはと言うとAnti-Magic-Waveの頭文字を取っただけの相変わらず安直な略称になる。
もうメンドクサイから、とうとう略してしまった。アリスには、後で怒られそうだ。
「『魔素子』の波動を周囲360°に向けて広帯域の周波数で単パルスを発射、反射波を検波して、それぞれの騎士団員が構築している魔法の周波数に合致した、狭帯域で同じ周波数の強いランダムノイズを各マーカーの騎士団員めがけてピンポイントで送信して、制御中の『魔素子』にジャミングの割り込みをかける!」
すると、後列の騎士団員の周囲で詠唱中の呪文や、展開中の術式、魔法具に組み込まれた魔法陣などで制御中の『魔素』が制御を離れて霧散、中断したり、中には暴走し、遂には暴発するものまで出始める。
「な、なんだ! 魔法が……消える!」
「ぎゃあっ、私の『ファイヤーボール』が手元で暴発したぞ!」
「ぐぁあ、中断された魔法が自分めがけてバックファイアを起こした……痛い、頭が割れそうだ!」
『魔素』の制御には当然のように、極めて高度で精密な精度が必要とされるが、それを各属性や系統に合致したそれぞれの周波数の高ノイズ成分を被せられると一溜まりもない。
攻撃魔法を準備していた後列の騎士団員達は、突如使用できなくなり暴走を始めた自分自身の魔法によって、自爆し大混乱となっていた。
そうして騎士団員の魔法をすべて発動前にジャミングしながら、二本の直刀【カタナ】を持った『蒼い光弾』が騎士達の立つ空間に煌めく度に綺麗な花火を撒き散らし、ジャギンッという斬撃音と共に剣を持った騎士の腕が高々と空中に飛び散っていく。
「「「「「ぎゃああああああ!」」」」」
そうして戦闘開始からわずか数分の時間で、騎士団はその百人全てが地面に倒れ伏して全滅していた。
なんとか、家の後衛に怪我はなさそうだ。まあ、みんなの【ドライスーツ(防壁)】に防御反応が無かったんだから、傷なんてあるわけ無いんだが。
ただ一人だけ、立ち尽くしているエロ公爵は顔を真っ赤にして怒鳴りだす。
「な、何だ! いったい、何なんだ! これは……貴様ら、何者だ!」
「そんなことも知らないで、馬鹿面さげてノコノコやって来たの?
はぁ~、あんたは王族の縁者だっていうから、今回は見逃してあげるわ」
「な、何を言って……、まさか!」
そうこうしていると、王城から王国騎士団がぞろぞろと遅ればせながら姿を現す。やっと、来たのか。
先頭に立っているのは、マリーアンヌ第二王女とフレデリック第一王子だ。女騎士と生徒会長達三人組もいるぞ。おい、高みの見物かよ。
それを見たエロ公爵は、大きな腹をさらに突き出して脂ぎった顔に、盛大に脂汗を垂らしながら大声で叫び始める。
「おおう! 良い所に来た、こいつらを逮捕しろ!
あ、そうだ女三人は犯罪奴隷としてワシが預かる。男は殺せ!」
「ブヌトー公爵殿、これはどういうことでしょうか」
極寒の視線を隠そうともしないマリーアンヌ第二王女が、凍えそうな冷たい声で問いかける。
「こいつらがいきなり、ワシの騎士団に切りかかってきたのだ!」
「そうですか。アリス様、このように申しておりますが」
「ふん、そこの奴隷商と袋に入った非合法奴隷売買の違法契約書と贈賄横領の証拠をマリーにはプレゼントするから、後は好きにすると良いわ」
奴隷商は昨晩、公爵の屋敷に行く前に確保して、妖精フィの【睡眠】と【魅了】で自白させてから【淫夢】で良い夢を見てもらっている。
「なっ! そんな奴隷商なんか知らん、知らんぞ!」
「そうですか。ではアリス様達と妖精はひとまず私が預からせていただいて、ブヌトー公爵殿にはお茶でも差し上げることにいたしましょう。
タチアナ副騎士団長、ブヌトー公爵領騎士団の者達の治療と身柄の確保を」
「はっ」
女騎士が指示をして、王国騎士団達がぞろぞろと倒れている騎士団員達を連れて行く。
ああ、剣を持ったまま落ちてる腕を忘れていますよ。え、沢山あり過ぎるからいらない? そりゃ八十本ぐらいはあるから、邪魔になるとは思うけど。そう、落ちてる剣を今回のお詫びにくれるって?
流石はマリーアンヌ第二王女、太っ腹だね。わわ、睨むなよ。太ってるなんて言ってないって、ホントだって。
「何を言っている! 茶などいらん、あれはワシの妖精だ! 聞いておるのか!」
「はいはい、聞いていますよ。ああ、あった、これですね。
確かにおっしゃっている妖精に関する――これは、違法な奴隷売買契約書があるようですね」
「な、何だと? 知らん、知らんぞそんなもの」
「そうですか。それではお茶でも飲みながら、ゆっくりとお話でもお聞きしましょうか」
「い、いや……そうだ、今から国王に会って話が」
「そうですか。ではせっかくなので、国王陛下と一緒にお茶でもいたしますか? 久しぶりに叔父上と話ししたいことがある、とおっしゃられていましたから」
「え? あ、いや、待て。ああ、待てと言うのに。引っ張るな、あああ!」
おお、強制ドナドナされていく子牛、じゃなくてブタ。やっぱり、国王も一枚噛んでいたのか。本当に心底、異世界人を都合の良い駒としか思っていないな。
端っこで生徒会長達三人とフレデリック第一王子は口をあんぐり開けてるけど、無視、無視。
「それにしても、随分と気持ち良くバッサリとやってくれましたね。」
ざっと証拠資料に目を通したマリーアンヌ第二王女が近づいて来て、ため息交じりに小言を言い始める。
「騎士団も公爵の違法性を認識した上で指示に従っていたんだし、職業軍人が殺しに来て殺されるのは嫌ですなんて我儘は通用しないわよ」
「まあ、命までは取らなかったんですから、彼らとしては運が良いのか悪いのか。
私の仕事は増えてしまいましたが」
アリスの当然の返しに、それでも愚痴をこぼすマリーアンヌ第二王女にサッパリと言ってやる。
「なんだ、公爵もバッサリ逝った方が良かったのか?」
「いえ、王国内の勢力図からも、今はもう少しの間は生かしておくことに意味がありますので、ご温情には感謝していますよ」
「なあ、この国にはこんな貴族しかいないのか? 本当に異世界から人を攫ってまで、救う価値のある国なのかよ」
「……」
あ~あ、眉間にシワを寄せて、俯いて黙ってしまった。マリーアンヌ第二王女にも分かってはいるんだろう。それでも、氷の意志で進むしかないということなんだろうな。その先には、崖しか無いと分かっていてもさ。
お? コロンが肩によじ登ってきて、しっぽを丸めてプルプルし始めたぞ。まさか、高堂先輩か。
「やっぱり、クロセくんは最高におもしろいよねぇ」
「わ、高堂先輩、びっくりさせないでくださいよ。コロンが怯えるのであっち行ってください」
「ちぇー。さびいしいなあ~」
手でしっしっとすると、それでも口元は笑顔のままで嬉しそうに、足取りも軽く去って行く高堂先輩。
いったい何しに来たんだ。あの人だけは何考えてんのか、さっぱり分からんな。
◆◇◆◇◆◇◆◇
月の灯りだけが差し込む、ロウソクの灯も消された薄暗い病室。
その晩はさすがに疲れたのか、みんな早くにベッドに入って横になっていた。
二つのベッドをつなげた真ん中には、コロンが相変わらず俺のTシャツを鼻先に持ったままで丸くなって寝ている。
その丸まったふかふかの白銀色しっぽに包まるように、妖精のフィが虹色の羽を横に埋まるようにして寝ている。
そして二人をやさしく抱くように、ルリが反対側で眠りについていた。
今日はやむなく血の臭いが辺りを漂うことになってしまったが、みんなのトラウマになったりしないと良いのだが。
正直、小さな子供達には怖かったはずなんだ、気持ち悪くて、吐きそうになってもおかしくはなかった。
こんなことは、もう……二度と。
三人を抱くようにしてみると、とても甘く優しい匂いがして、ささくれ立った心が静かに落ち着いて安らかになっていくのがわかる。
やっぱり、この匂いは好きだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇
真夜中過ぎ、窓の無いロウソクの灯りだけの、暗がりの地下牢からエルフの少女が、大きな腹の突き出た脂ぎった顔の男に両手に縛られた縄を持って引きずられて行く。
腱を切られた両脚を必死にバタつかせて抗うので、見る見るうちに身体のあちこちに擦り傷ができて、血の跡が地下牢の石畳の廊下に続く。
「――っ!」
少女が声にならない叫びを上げるが、構わず引きずられて、あちこちに飛び散らせながら続く血痕だけを残す。
「くそ! くそ! 何でこうなったんだ。しかし、こいつだけはワシの物だ!ぐへへ。
待っていろよ、ワシの【純潔の女神】アルティミス、げへっげへっ」
下卑た笑い声を上げ、唾と涎を飛ばしながら男が少女を引きずって暗い廊下を行く。後に残るのは、あちこちにこびり付いて続いていく血の跡だけだった。




