36話 妖精の少女
約束のケーキの山を完食し、礼拝堂の準備を始めるフランと一緒にミラとクラリスの護衛をしながら王城に送って行った後は、午後の軽い運動を兼ねて冒険者ギルドで恒例となった常時依頼の『採取クエスト』へと向かう。
「最近さぼってたから、食後の腹ごなしにサクサク行くわよ!」
「「「おー」」」
ちょっとケーキを食べ過ぎたことを気にする乙女なアリスと愉快な仲間たちは、ゆっくりと王都外壁の街道から森の入り口を目指していた。
しばらく大森林の近くで【ソナー(探査)】に写る魔物と遭遇殲滅を繰り返していると、森の奥から十人ほどの集団が移動して来るのがマーカーで捕捉されたのだが。
「冒険者らしい十人ぐらいの集団。マーカーに敵反応なし。しかし、これは様子がおかしいぞ」
「あれは、平河の馬鹿と奴隷の女性達のようだわ。あ、怪我をしているわね」
【遠目の魔眼】で確認したアリスが、なぜか嫌そうな顔をする。少しして森から出て来た平河衛士達は、こちらを見つけるとニヤニヤしながら近づいて来た。
「よお、クロセとチッパィ……待て待て待て、冗談だ、冗談だよ。あっぶねーなぁ。これから狩りか?」
「だったら何よ。要らんこと言ったら、また燃やすわよ」
掲げた手の先に炎の玉を浮かせながら、アリスが睨みつける。そういえば、焦げた茶髪は回復魔法で復元できたようだねえ。
「お前らとケンカするつもりは無いさ。こっちもオーガを一体倒してきたばっかりで、ヘトヘトなんだからな」
「へえ、それはすごいな」
【解析】で見ると相変わらず雑多なスキルばかりでレベルも低いものが多いようだったが、基礎レベルはLv10までアップしていた。
「そこの下郎、当たり前じゃない。【勇者】エイジ様こそがこの王国最強なのよ!」
確か没落貴族の元令嬢のサラと言ったか、同じ【従属の首輪】を付けた他の九人の奴隷の女性達は傷だらけなのに、平河衛士とこいつだけは怪我ひとつ無い。
「魔物からじゃ、いいスキルが取れないけどさ。王城の奴等からは無暗に【強奪】できないし、せっかくの最強チートスキルを持っているのに苦労するぜ。
あ、俺はやさしいから、奴隷のこの女達を囮になんかしてないからね」
わざわざ、そんなことを言うが――どうだか。
だったら何で、傷だらけで座り込んで肩で息をしている奴隷の女性達九人全員が、恨めしそうにお前達二人を睨んでるんだ?
「おい、平河。お前達、回復魔法は持ってないんだろ?」
「何かムカつくけど、私はこっちを診るわ」
「それじゃ、私はそっちの娘達を治療しますね」
「コロンもおてつだい」
ボケっとした平河衛士の返事も聞かず、アリスは回復魔法、ルリは精霊達に回復魔法を使ってもらい、コロンは『車椅子』を押してそのお手伝い、俺は【ライフセーバー(救命)】で治療を始める。
奴隷の女性達は治療を始めるとびっくりしたようで、目を見開いて座ったまま後ずさってしまう。だいぶ体力も消耗しているようだ。
そんな怯えた野生の小動物のような彼女達に、少し悲しそうな横顔で『車椅子』に座ったルリが優しく声をかける。
「大丈夫ですよ、すぐに治すからじっとしていてくださいね」
「【ヒール】、どう? 痛みは無くなった?」
逃げ腰の奴隷の女性の一人に、構わず回復魔法をかけるアリスも、眉間に皺を寄せたままだ。
「ルリ、平河に見つからないように付与魔法で、その娘達に【防御強化】もかけておけるか? 王城に無事帰還するまで持てばいいから」
「はい、できますよ。ちょいちょいです」
木陰の岩に座った平河衛士は【収納】から飲み物を取り出して一人で飲み始めると、ブツブツと独り言を言い出した。
「ふん、俺は純戦闘職なんだよ。攻撃特化の最強ビルドだぜ。オーガの【自然治癒】持ってるから回復魔法なんてもんはいらねぇんだよ」
「その通りです、最強【勇者】であるエイジ様は敵を倒すことだけに専念すれば良いのです」
手持ち無沙汰の平河衛士と奴隷のサラは少し離れた木の下で、暇にまかせてダベってるだけだった。
ところで、元没落貴族令嬢のサラは一緒に来て何をしてるんだ? 何の役にも立っていないような気がするんだが――【解析】で見ても、スキルは【料理】しか持っていないみたいだし。
意外と家庭的だったりするのか? というか、平河衛士は何をするつもりで彼女を奴隷として買ったんだ? あ、ナニをするつもりでか……そりゃそうか。
九人の奴隷女性達にも飲み物を【次元収納】から出して渡してから全員の治療が一通り終わった頃、【ソナー(探査)】の索敵範囲に飛び込んで来る反応があった。と同時に、街道の遠くの方から悲鳴が響き渡る。
その声に平河衛士がすぐに反応して、奴隷女性達に指示を出し始める。 ん? それにしても、この敵影マーカーって大きくないか?
「お前らさっさと索敵に行け、グズグズするな!」
「さあ、ゆっくり休んだんだから、【勇者】エイジ様の魔物狩りのお手伝いよ!」
そう叫びながら走り去る平河衛士とサラの後を追う奴隷の女性達九人は、去り際に深く頭を下げてから走って行った。
「はぁ~、敵影が大きいから様子だけでも見に行くかぁ」
「え、そうなの? ちょっと待って……って、あちゃ~。サイクロプスよ、これ」
【遠見の魔眼】で敵を確認したアリスが、声を低くして首を横に振る。
え……それって、一つ目の巨人のあれですか? おいおい、平河衛士は本当に一人で大丈夫なのかよ。
「急ごう、嫌な予感しかしない」
「ハクローは先行して。私はルリとコロンを連れて行きながら、【遠見の魔眼】で必要があればピンポイント援護。コロンは『車椅子』を、ルリは精霊達を出して周辺警戒」
すぐさまアリスがテキパキと指示を飛ばす。
「了解、先行する」
【ビーチフラッグ(加速)】で巨大敵マーカーめがけて加速を始める。
「コロンもりょーかいでしゅ。よいしょ、うんしょ」
「聖精霊さん、光精霊さん、お願い!」
走り出した後ろで、『車椅子』を押すコロンと高位二精霊に話しかけるルリの、ほのぼのした声が聞こえる。
はあ~ぁ、俺はいったい何をやってるんだ?
ルリ達を後ろに置いたままであることに、壮絶な違和感と堪え切れない不安を感じながら、それでも加速を続ける。
◆◇◆◇◆◇◆◇
街道をしばらく駆け抜けていると、そこには街道の道沿いに【従属の首輪】を付けた奴隷の男達と思われる半轢死体が点々と転がっていた。
それは一人一人が間隔を開た数珠つなぎのようにして、不自然に倒れている。チィッ、誰かの逃げる身代わりとして囮にされたのか!
さらに街道を加速すると、身なりの良い服を着た奴隷商と思われる男の目の前に、身長が5mはあるサイクロプスが迫っていた。
が、その向こう側に忘れもしないコウモリの翼を持つ悪魔が黒フードを深くかぶって空中に浮いている。
「お前は、コロンの時の!」
「わざわざ君達のために、連れて来たんだからねぇ。楽しんでもらわないとつまらないよね~」
黒フードで顔がハッキリ見えない『悪魔』に気を取られている隙に、いつの間にか追い越してしまっていたらしい、平河衛士がようやくやって来て奴隷の女性達にとんでもない指示を出す。
「ラッキー、【自動回復】スキルだ! 上位スキルをやっと見つけたぞ!
クロセ達はすっこんでろ! 奴隷女ども、お前らで逃げられないよう取り囲んで削れ!」
「馬鹿! 何言ってんだ、やめろ!」
その時、奴隷商の男が襲い掛かるサイクロプスに持っていた『鳥籠』を投げつける。足が折れているようで、動けなくなってしまっているようだ。
「ぐわおおおん!」
投げられた『鳥籠』が、グシャ、という軽い音を立てて、サイクロプスの大きな掌に払われる。
と、へしゃげた『鳥籠』の隙間から小さな【従属の首輪】を付けた小人の姿がはみ出しているのが見える――あれは羽があるが、まさか『妖精』なのか?
くそっ、遠目にも手足が変な方に曲がっているぞ。
「ちくしょう!」
周囲に人が多いため【波乗り】で押し戻すことができず、とっさに【HANABI(爆裂)】をサイクロプスの目の前で炸裂させてわずかに後退させる。
アリスが放った遠隔魔法攻撃も、確実に顔面付近に着弾しているのが見える。直接視認できない距離からだというのに、凄い爆撃精度だ。
アリスの援護射撃の間に、壊れた『鳥籠』から小さな『妖精』を引っ張り出して、【ライフセーバー(救命)】で部位破損の修復と治療回復をしていると、返り討ちにあったらしい平河衛士が、
「うっひゃ~あっ!」
と、サイクロプスの周囲で怪我をして倒れている奴隷女性達を置き去りにして、あっという間に逃げ出してしまった。
「あの馬鹿!」
暴れるサイクロプスの周囲に倒れているので、あのままでは奴隷女性達が踏まれてしまうし、彼女達を巻き込む範囲攻撃魔法も使えないし、追いついて来たアリスも上位風魔法で牽制して時間は稼いでいるが、硬い皮膚と【自動回復】スキルで動きを止めることができないでいた。
この状況で、小さいダメージを重ねて削り切るのは無理だ。
「これならどうだ!」
脳を軋ませて【チューブ(転移)】と【HANABI(爆裂)】を繰り返し連続起動させて、サイクロプスの硬い皮膚の内側の、体内の至る所めがけて同時に複数を転移爆発させてやる。
それでも、外の皮膚は貫通しないのか! なんてぇ硬さだ。
「ぐわゃあおおおお!」
体中の内側からの激痛に大きな叫び声を上げ、サイクロプスの動きが一瞬止まる。
その瞬間、【チューブ(転移)】で目の前の空中に転移して、大きく開いた口の中に照準を精確に固定した【HANABI(爆裂)】を最大魔力でぶちかます。
バグンッ、というくぐもった爆発音と共に、ひとつしかない大きな目玉を飛び出させて、耳と口から脳漿と黒煙を撒き散らしながら、家ほどもある巨大な身体を崩れ落ちさせたサイクロプス。
これでも、頭の外殻は貫通できていない。本当に何て硬さだ。的を外せば、ヤバイところだったぞ。
そういえば、黒フードの『悪魔』の姿は既に無くなっていた。
まずは、取り残されていた奴隷の女性達の怪我を、ルリとアリスと手分けして手当てする。
幸い、重症になるような負傷が無かったのは助かった。回復魔法にも速度の限界はあるので、あまりに重傷だと手遅れになる場合もあるらしい。
疲弊し切った奴隷の女性達は、地面に座り込んで肩を抱き合って泣いている。
5mの巨体のサイクロプスに踏まれていただけで轢死――文字通り即死だったんだから、助かったのが奇跡のような偶然のお陰でもあるのだから、無理もない。
足を複雑骨折している奴隷商の男はと言うと、とりあえず止血だけしてやると痛みが和らいで気が大きくなったのか、急に態度が大きくなっていく。
「た、助けてくれたことには、礼を言おう。私と生き残った奴隷達を王都まで運んでくれたら、普通の冒険者では拝むことのできないぐらいの礼を弾んでやろう」
「……自分の立場が分かっていないようね」
紅と蒼のオッドアイを細くして、奴隷商を侮蔑するように睨むアリス。
「な、何を言ってる?」
「あんたが身代りにした奴隷達は、みんな死んだわ」
「クソッ、とんだ損害だ……そ、そうだ、その『妖精』も私の奴隷だぞ。返せっ」
やはり、コイツは奴隷を商品と同じ物としてしか考えていないようだ。そんな奴隷商にアリスは、ふん、と鼻で笑うと言い切る。
「死にかけていた『妖精』は、助けた私達がもらうわよ」
「何ぃ! そいつの主人は私だ、売り先も決まっているのだぞ! 私から盗むつもりか!」
最後に残された唯一の財産を横取りされると分かって、驚いた奴隷商は顔を真っ赤にして怒鳴り出す。
「ふーん、主人が死ねばいいのよね」
「な、何?」
アリスが振り向いて聞いてくるので、前に大奴隷商から聞いた話を答える。
「ああ、確か主人が死んだ奴隷は拾った人のモノだ」
「そうなの……、『妖精』の主人である奴隷商は魔物に殺されちゃったのね。間に合わなくて、とっても残念だわ」
「な、何を……言って。ま、まさかお前達、この私を? わ、わかった、取り引きしよう。いくらで買う?」
ワザとらしく紅い長髪の頭をかかえているアリスの言っていることを理解した奴隷商は、赤くしていた顔を真っ青にして冷や汗を垂れ流し始める。
それを見たアリスはさくらんぼのような唇を、ニヤ~と三日月のようにさせて困ったようにつぶやく。
「あっれー? 別に私達はこのまま歩けないあんたをここに置いて行くだけで、後は血の臭いに寄って来る魔物に任せてしまってもいいんだけどぉ~?」
「ひっ! ち、違う、間違った、奴隷はくれてやる。いや違った、差し上げる、解放もする、だから」
すっかり血の気を引かせて顔を真っ青にした奴隷商は、全身から大量の汗を吹き出しながら、ペコペコと頭を繰り返し下げている。
アリスと奴隷商のおもしろくもない漫才を聞きながら、念のため【解析】で奴隷商の男の記憶を【解析】で今度は上手に『分析』して、過去ログから『妖精』の売り先を確認しておく。
「うわ……今度は公爵かぁ」
◆◇◆◇◆◇◆◇
帰りは奴隷商の乗っていた馬車に、【時空錬金】で錬成して作った荷馬車モドキをつないで、まとめて【波乗り】で浮かせてみた。
奴隷の女性達九人も全員乗っけても、浮力で引く重量が軽いからか、王都までの距離を奴隷商の馬だけで、すんなりと夕方前には着くことができていた。
逃げ出した平河衛士は、途中で追い抜いてしまったかもしれない。
奴隷商の男はマーカーにピンを付けたままにして王都の門で別れて、奴隷の女性達と一緒に王城へと戻る。血だらけの服を着た奴隷の女達に門番の衛兵がギョッとして驚いていたが、王城の中に入ると奴隷の女性達九人は深々と頭を下げて病室とは別の方へと歩いて行った。
「『妖精』っているんだなぁ。でも、よりにもよって奴隷って」
病室の二つ並べたベッドにそっと寝かせて、小さな人形ぐらいの身長の『妖精』を見て大きなため息がでる。その折れてしまいそうに細すぎる首には、既に金属の重い【従属の首輪】はない。
【解析】で見たステータス情報でも職業から【奴隷】が無くなっていたので、間違いはないだろう。
「この子、ひとりぼっちなんでしょうか」
「ぼっちは嫌ね」
「コロンもやぁー」
心やさしいルリが、小さな寝息をたてて眠る『妖精』を心配するが、一方でアリスは過去の記憶が蘇ったらしく、暗い瞳でつぶやく。
コロンの白銀のしっぽも心なしか、しょんぼりしてしまっている。
「『妖精』の奴隷なんて、どう考えても借金奴隷でも犯罪奴隷でも無いだろうし。攫われてきた、違法奴隷ってことなのか?」
すると礼拝堂の準備が終わって病室に来ていた、フランが『妖精』の奴隷についての異世界知識を披露し始める。
「『妖精』の奴隷の多くは性奴隷として【魅了】と【淫夢】と【睡眠】のスキルコンボを駆使して、さらには小さな体を使って凄いらしいです――げふんげふん」
「何を女の子に聞いてんのよ!」
ボカン
「あいた!」
あ、久しぶりにアリスに後ろから蹴り飛ばされた。
ってことは、『妖精』の売り先である公爵ってのは、違法な性奴隷と承知していることになる。
あ~、究極のエロ公爵かぁ。この国の貴族、マジで終わってるんじゃないか?
そもそもコロンだって、村を盗賊に襲撃されて違法に攫われてきた奴隷のはずが、途中で商取引が成立した時点から突然のように違法性が書類上から消えて無くなってしまうという、この魔訶不思議はどう考えても異常だろう。
そういった意味では異世界から勇者召喚で違法に攫われて来た俺達だって、【従属の首輪】を付けていないだけで、本人の意思に関係なく戦争に投入されてしまう奴隷である戦奴と何ら変わるところがなかった。
王国が異世界からわざわざ召還した【勇者】が、黒く重い金属の【従属の首輪】を首からぶら下げていると国内外に対して外聞が悪いという理由だけで付けられていないだけだ。いつ何時、国王の気分が変わって強制的に【従属の首輪】付けられて、文字通り戦奴にされるか分かったものではないのだ。
それが俺達が今、置かれている現実に違いは無く――ルリとアリスにそんなものを付けさせたりは絶対にさせない。
◆◇◆◇◆◇◆◇
日がすっかり暮れた夕食後、ルリがコロンとお風呂に入っている間に、【ソナー(探査)】でマーカーにピンを付けていた奴隷商の男が、公爵の屋敷らしいひと際大きな建物に入って行くのが確認された。
「アリス、例の奴隷商がでかい屋敷に入ったぞ」
「あ~、思ったより早いわね。ちょっと待って……あ、いた」
アリスが【遠見の魔眼】で、【ソナー(探査)】を共有したマップを追跡して確認する。
「こいつが公爵かしら。えらいお腹の突き出た脂ぎったブタよ。あ~、あの奴隷商が泣きついてるわ。決まりね」
「公爵様ぁ~、納品するはずの『妖精』奴隷が横取りされましたぁ~。トホホ~、ってとこか?」
「怒ってる怒ってる。なんだか音声を拾えなくてもダミ声が、ブヒブヒ聞こえてくるようだわ」
「ところで、アリスの【遠目の魔眼】って建物のなかでも、どこまでも入って行って見えるんだな」
「限度はあるけど、大体は見れるわよ」
「は! まさか、お風呂の中まで」
ゴン
「あいたぁ!」
「そんなことする訳ないでしょ。あ、ルリとコロンが身体を洗い終わったから、私もお風呂に入ろうかしら」
そう言って、いそいそとお風呂に入る準備を始める。――見てるじゃんか。
「ギロッ」
【収納】からお風呂セットを出す手を止めて、睨みつけてくるアリス。う……だから、なんでバレるんだろうか。




