21話 小さなコロン
8日目の朝。昨晩はほとんど眠れないかとも思ったが、気がつくと朝焼けで空が明るくなり始めていた。あれほど酷かった頭痛も今はもう無くなっていた。
ベッドで横になったまま見ると、抱きかかえるようにしている相変わらず丸くなった銀狐の少女が、眠ったままで俺のTシャツを掴んで離さないでいる。
「ん~と……」
どうしたものかと少し困っていると、白銀の狐耳の少女の向こうから、同じように抱きかかえるように横になったルリが、小さな小さな囁くような声をかけてくる。
「昨晩のように、私が見ていますから大丈夫ですよ」
昨日の夜中に帰って来た時にやっぱり寝てなかったのかと苦笑しながら、「すまないが頼む」とつぶやく。
そして、まだ小さな銀狐の少女がその本当に小さな手で、ギュッと掴んで離さないTシャツを、そのまま握らせた状態で静かに脱ぐと、上半身裸になってベッドからおりる。
振り返ると包み込むように優しく抱きしめたルリと、握ったTシャツに鼻先を埋める銀狐の少女が、涼し気な風と共に朝日に照らされていた。
だいぶ空が明るくなった病室の外に出て、上半身裸のままで剣二本を両手で振る。少しでも【二刀流】スキルに慣れるための練習だ。
昨晩は相手がこっちを舐めていたのと、たまたまこちらの奇襲がまぐれで上手くいっただけだ。当然のように正面切って戦うには、まだまだ絶対的に戦力が足りていない。
しばらく素振りを続けていると、今朝もなぜか早起きのアリスが不機嫌そうな顔を隠そうともせずやって来た。病室の窓の方を窺うようにして、俺だけに聞こえる声で話しかけてくる。
「殺さなかったのね」
「今回は、偶々ね。
あぁ、少なくともアリスとルリの二人は人殺しなんてもんから、できるだけ遠い所にいてくれればそれでいいよ」
剣を振りながらの俺の返答に、紅と蒼の瞳を丸くして少し拗ねたようなアリスの顔と、ベッドの上で半身を起こして銀狐の少女を抱いたまま窓越しにこちらを見つめるルリの顔を視界の端でとらえる。
そうして、両手に持った剣をゆっくりと下すと、二人に向かってできるだけ穏やかに笑って見せる。
「あ、あの王城の魔術防御結界を無効化して貫通した転移魔法のこと、後で私にも教えなさいよね! それから、まず何か着なさいよね!」
「はいはい」
苦笑しながらも、汗に光る日焼けした自分の腹筋を見ながら思い返す。次はヘタレないように、キチンと最後まで一人で殺らないと、姉貴達六人みたいにまた「ヘタレてキモい」とか言われてしまいそうだ。
朝食の準備をしようとアリスと一緒に病室に戻ると中から、ドタドタドタッ、と音がしているのが聞こえてくる。見るとベッドから飛び降りて、白い壁に背をつけた銀狐の少女が、
「フーッ!」
と、小さな牙を見せながら長い白銀色の髪と、ふさふさのしっぽを逆立てていた。
まあ、当然そうなるわな――と思い、ゆっくりと近づいて少女の前に膝を着くと、屈んで目線を合わせながら話しかける。
「起きたのか。どこか痛いところはないか?」
「ん? くんくん、くんくん」
何かに気が付いたように、銀狐の少女が小さな鼻をすんすんとさせる。
「ああ、俺の匂いは覚えているのか? 俺はハクロー。呼びにくかったら、ハクでいい」
「アリスよ」
「ルリおねーちゃんです。初めまして、よろしくね」
俺達三人が自己紹介をすると、危険は少ないと分かったのか威嚇行動はやめて、舌足らずな言葉で、それでもしっかりと自己紹介を始める。
「コロンは、コロンといいましゅ。助けてくれてありがとごじゃましゅ」
そう言うと、ぺこりと小さな頭を下げる。
「「か、可愛い……」」
おおぅ、確かにこれは……ルリとアリスのハートは間違いなくガッチリと掴んでしまったようだ。
【解析】でステータスを確認すると、まだたったの10才だった。しかしそれにしても、それ以上に痩やせ細っていて、身体つきも小さいし、言葉遣いが幼過ぎる。初めて見るがこの国の【奴隷】の扱いとは、こういうものなのか。
名前;コロン
人種;獣人族
性別;女
年齢;10才
レベル;Lv1
職業;【奴隷】
スキル;【調教Lv1】、【召喚Lv1】、【料理Lv1】
「さあ、こっちに来て座って。あ、私のことは『ルリおねーちゃん』と呼んでくださいね」
「どうしたんだ、急に」
突然、おねーちゃん風を吹かせ始めるルリに、気になって聞いてみるのだが。
「(高校には行っていませんが)私は高校一年生のハクローくんと同じ学年で、四月生まれの16才なので、この四人の中では一番のおねーちゃんなんです。ふんす」
前半の小さな声はともかく、どうも今まで一番身体つきが小さかったために、おねーちゃんらしくなかったの気になっていたのか、自分より年も身体も小さな少女が現れて思うところがあったようだ。
「ルリおねーちゃん」
「うきゃ~!」
ベッドによじ登ってペタンと座りながら、くねくねするルリに答えるコロンに、そわそわとアリスまでが。
「わ、私は『アリスおねーちゃん』ね」
「アリスおねーちゃん」
「キター、何これチョー可愛い! コロンは『アリスおねーちゃん』のものだ! 絶対に嫁にはやらんぞっ」
「ああ! アリスちゃんずるいですぅ」
さぁ、これはほっといて、ちゃっちゃと朝食を作ろう。
まずは先に温めたホットミルクにはちみつを入れて、よくかき回してからテーブルに置いて渡す。
最初は目の前に置かれたコップを、くんくんしていたが両手に持って一口飲むと、白銀色の狐耳をピンと立てて、大きなしっぽを、ふわぁさ、ふわぁさと振りながら、こくこくと飲み始めた。
「んくんく――ふう~」
「ああ~、甘いです~」
「今日は、はちみつ入りね」
ルリとアリスにも朝一番で必要な糖分が染み渡るようで、好評みたいだ。
さてと次は小さな子供向けに、パンの中までよく染み込ませた超柔らかフレンチトーストにしてから、ジュ~ッと焼き始める。
そして部屋にいい匂いが充満し始めると、金色の瞳をキラーンと輝かせたコロンが白銀色のしっぽを、ばふぅん、ばふぅん、と待ちきれないとばかりに振り始める。
すると気のせいか、その両隣に座っているルリにまで白マルのしっぽが、ふりんふりんと、アリスには真っ紅な猫のような細いしっぽが、ふわんふわんと見えるようだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
みんなできゃーきゃー言いながら朝食を取った後は、ダブダブだが取りあえずルリの生成色のワンピースを着たコロンを肩車して、城下町におでかけだ。もちろんコロンにも【ドライスーツ(防壁)】はバッチリかけてある。
その後ろには【波乗り】で浮かせてある『車椅子』にルリを乗せて、スイスイ押しながらアリスが、話をしながらついて来る。
いつもよりずいぶんと高いだろう視線に、コロンもすっかりご機嫌のようだ。
「ここが大奴隷商よ」
王城に出入りしている大奴隷商をアリスがマリーアンヌ第二王女に教えてもらって、地図を頼りにやって来たのがここだ。でも、第二王女に知られたってことは、後でメイド・イン・ジャパンの正義の味方がやって来るんだろうなぁ。
「ほらコロン、大丈夫だから。抱っこ抱っこ」
奴隷商と聞いて、少し怯える白銀髪の狐人の少女を胸に抱きかかえて背中を、ぽんぽんと優しく叩いてから落ち着いたことろで、ゆっくりとその扉を開けて中に入る。
大奴隷商の店主は細身のメガネをかけた切れ者風の男だった。もっとこう、見るからに嫌な感じのする男かと思っていたので意外だ。
一緒にいる三人の少女達にも、特にいやらしい視線を向けたりもしない。
「ようこそお越しくださいました。お噂はかねがね、なにせ【紅のま……げふんげふん。いえ、実は先日とある貴族の私兵団が大量に犯罪奴隷に落ちてきまして、大変儲けさせていただき感謝しております」
アリスが股間を消し炭にした伯爵のバカ息子の連れていた私兵団だな、犯罪奴隷になっていたのか。
まあ、王国が良くも悪くも国策として召喚した【勇者】を殺そうとしたんだから、もしかしたら国家反逆罪でも適応されたのかも。
「あー、……あれよねぇ」
「あれだけの好条件の戦奴がまとまって手に入るのは、大変珍しいことで。いや、こちらも大変助かりました」
「じゃあ、話ぐらいは聞いてくれるか。この狐人の少女を連れていた奴隷商が殺されたんだが、【奴隷】から解放する方法を教えてほしい」
抱いているコロンがビックリして金色の瞳を丸くする。しかし、抱いたままの肩につかまった小さな両手は更に強く、爪が立つぐらい強く握られていく。
ルリは紅い瞳をやさしく細めて、アリスは赤と蒼のオッドアイをニヤニヤさせながら、二人共がさも当然と言うようにコロンを見つめている。
「ほう、【奴隷】解放ですか。この少女の持ち主である奴隷商は確かに死亡がこちらでも確認されていますから、言い方は悪いですが、拾ったお客様が所有権を主張されて正式に手続きをすれば、まずはお客様の【奴隷】とすることができます。
その後に【奴隷】解放の事務手続きをすれば、いいだけですね」
「【従属の首輪】は取れるのか?」
「もちろんです、今ご説明した手続きは全て商業ギルドでできますので、【従属の首輪】を外すことも一緒にまとめて処理することができますね。先日は儲けさせていただいたので、ここは銀貨一枚で私がとりまとめて処理いたしましょう」
「よろしくたのむ」
高いのか安のか分からないが、かまわず【時空収納】の銀貨の中から一枚を取り出して、言われるままに手渡す。
「ただ、その狐人の少女は未成年者になりますので、保護者登録が必要に」
「俺が父親でいい」
少し、イラッとしてギルドカードを見せながら相手の言葉を遮る。
「それから、王都では【奴隷】でない獣人の方が極めて珍しいので、攫われたりしないよう、見せかけの首輪などを付けておかれることをお勧めします。
その【従属の首輪】のように重い金属製ではなく、軽く柔らかい革の首輪を当店でもご用意できますが。
ああ、まずは今付けている【従属の首輪】は外しておきましょうね」
「結局、首輪が必要なのか……」
ガシャン、とコロンの細い首から重い金属の首輪が外されて、代わりに見せられた革の首輪は日本で大型犬がしているような、いかにもといった見た目で、ルリもアリスもあからさまに眉をしかめている。
「ハクロー、あんたそうゆうプレイがしたいとか」
「言うに事欠いて、何言い出すんだ」
どこまで行っても理不尽な現実に、暴走したアリスが変なことを言い出す。
あ、こら、ルリとコロンが涙目になってしまったじゃないか。
「コロン、ほらこれをやるから。俺のおさがりで悪いけど、こっちのデザインの方が、まだそれっぽくないからな」
ならばせめてと俺の左腕に二重巻にしている、光沢のある黒の革にシルバーのクロスチョーカーを見せる。
「よかったね、コロンちゃん。そっちの方が絶対可愛いよ」
「いいじゃない。異世界で最先端デザインの、この世界にはひとつしかない一品物よ」
左腕から外したシルバーのクロスチョーカーを、コロンの酷く細過ぎる首にそっと巻き付けて、パチンと止める。
「……っ」
「よく似合うぞ」
金色の瞳から涙がこぼれないように大きく見開いた白銀髪の少女はその顔を、抱いたままの俺の胸に埋めるとコクコクと繰り返し頷く。
その小さな両手はしっかりと肩に掴まったまま、離されることはなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
しきりに首に巻いたクロスチョーカーを小さな手で撫でながら、薄っすらと微笑むコロンを再び肩車して、部屋着や下着と靴などの着替えを買い揃えるために、みんなでアリスお気に入りの服屋へ向かって大通りをとてとてと向かう。
大通りですれ違う家族連れを横目で見ながら、「そうだ」と思いついて、肩車したコロンにできるだけやさしく声をかけてみる。
「なあコロン、成り行きとはいえ父親になったんだから、『パパ』と呼ぶというのはどうだ? 『お父様』ってのもいいけど固いしなぁ~、『父上』、『父ちゃん』、『親父』、『ダディ』……」
「っ!」
「こら、ハクロー。コロンが怯えているじゃないのよ」
「クロセくん、普通に『お父さん』ではダメなのですか?」
え? かわいい娘には『パパ』と呼んでほしいじゃないですか。
肩に乗ったコロンは俺の頭にしがみついて顔を隠し、いやいやと言うようにしっぽをふるふると振る。どうも『パパ』と呼ぶのは恥ずかしいらしい……残念。
服屋に入ると古着でないことに驚くコロンに、あれこれとお出かけ着、部屋着、寝間着、下着、靴など着替えを買い揃えていく。
するとなぜか、コロンがメイド服の前に立ち止まると、見上げたまま動かなくなってしまった。
「……」
「あら、メイド服が気に入ったのかしら?
はっ、もしや、け、ケモ耳メイド……って、キター!
店員さん、ちょっとこんな野暮ったいのじゃなくて、裾をこうして、袖はこう、カチューシャじゃなくてヘッドドレスをこう……」
何かアリスのヤル気スイッチが入ったらしい。女性店員もその無謀な要求に対して以外にもふんふんと前のめりに耳を傾けていたが、ピキューンと目を輝かせたかと思うとメイド服を持って全力で走って行ってしまった。
「なぜ?」
あっという間に手直しを終えたメイド服を持って帰って来て、問答無用でコロンを試着室に連れ込む、目をギラギラさせた女性店員さん。
そして、じゃじゃ~んと試着室のカーテンを開くと。
「どうぞ!」
姿を現す、カスタムされたメイド服に着替えたコロン。
いわゆるフレンチメイドというやつで、黒をベースに白のフリル付きのエプロンドレスはミディ丈スカートにカットしてパニエで膨らませ、パフスリーブも袖をカット、白いレース付きホワイトプリムを付け、白のフリル付きのアンクルニーソックスに黒エナメルのストラップシューズを履いている。
「うひょ~っ! キタキター、『かわいいは正義』だ!」
「アリスちゃん、グッジョブです!」
雄たけびを上げるアリスに、親指を立ててドヤ顔をするルリ。幸いなのはコロンも気に入ったようで、さっきからしっぽを、ふりん、ふりん、とさせている。
どう見ても黒ゴスの一歩手前なんだが、首の黒革とシルバーのクロスチョーカーも服に似合っているからいいか。
でもテンプレのケモ耳メイドって、誰得なギャルゲー? ああ、アリスか。え、ルリもなのか?
◆◇◆◇◆◇◆◇
昼食はルリとコロンが食べやすいだろうと、スープパスタのレストランに入る。
白銀髪の狐耳にゴスロリなメイド服のコロンに店員が一瞬ぎょっとするが、スルーしてそのまま屋外の通りに面した涼し気なテラス席に案内してもらう。
ここでも、一緒に席に着くように言うとコロンが驚く。やはり【奴隷】とかメイドとかは、同じ席について食事はしないのか。
そんなことよりも、こっそり買ったばかりの綿棒と、こっちは売ってなかったので【時空錬金】で錬成したイヤークリーナーを包みから取り出し、ちょこんと隣に座って緊張しているコロンをちょいちょいと呼ぶ。
「コロン、ちょっと耳を貸して」
「ふや?」
「そういえばハクロー、何かいろいろ買ってたわね」
素直にピンとした狐耳を寄せてくるコロン、その白銀色の狐耳をやさしく摘むと、イヤークリーナーをつけた綿棒で軽く耳かきを始める。
クリームタイプのクリーナーをたっぷり染み込ませているので、散らばることも無く、どんどんすっきりときれいになっていく。
「あっ……ああっ……うくっ……いぃ……あん……」
コロンが耐えるように押し殺した声が漏れる。最初は微笑まし気に見ていた店内のお客さん達も、何だかそわそわし始める。
「こんなとこで、何やっとんじゃ!」
ポカッ
「あいた!」
「気持ちいいんですよね~。クロセくん、耳かきがとっても上手なんですよ」
そう言うと、ルリが遠くを見るように視線を大通りの向こうにやってしまう。
「ルリも耳かきしてもらったの?」
「えへへ、お嫁にいけない身体になってしまいました。ぽっ」
「この間まで手も上がらなかったんだから、当たり前だろ」
「こ、この……」
なぜか拳を握りしめてプルプルしているアリスを放っておいて、コロンの狐耳をきれいにすっきりさせてから、包みをかたずける。
しばらくしてスープパスタがやって来ると、コロンはふんわりしたしっぽを、ふりふりしながらフォークだけでおいしそうに食べ始める。
ただ、小さなコロンにはパスタはちょっと食べにくかったようで、それでも反対の隣に座ったルリが微笑みながら、しきりに口の周りを嬉しそうにふきふきしてあげていた。
メニュー選択はミスったかもしれないが、これはこれでまあいいか。




