意外に食いしん坊みたいじゃねえか
「新年の祝い? そんな催しは無いぞ」
この世界で初めて新年を迎えるシノノメがアスセーナに新年の予定を伺ったところ、普通に通常業務を行うと返された。シノノメはクロウの方に振り返るが、彼も苦笑いしながら首を横に降る。
平常通りといっても、現在は降雪のある冬季。
民間人は活動が鈍り、ほとんど毎日が休日の者もいる。アスセーナら行政側にしても縮小気味の業務になっており、軍部も哨戒こそ雪のため苦労するが、まずこの時期に攻めてこられることがないために弛緩した空気が流れている。
「年明けに特別やることといえば、暦が変わったことを公布する位だぞ。
宴会? 何を言っている。今は冬場だからな。蓄えていた食糧は命綱だから、不測の事態が起こっても良いように摂生しなければならんよ。
・・・どこかの誰かは毎日不摂生に酒を飲んで、冬が開ける前に物乞いでもする気かもしれんがな」
ジロリとアスセーナがクロウを睨むが、彼はニタニタ笑って挑発する。暇になって毎日が深酒の日々を過ごす彼に、雇用主であるアスセーナが釘を刺した訳であるが、クロウが何の痛痒を感じていないことは一目瞭然である。
対して、シノノメであるが。その読心能力で、彼が先の一件から隠れて行っている日々の鍛錬の質と時間が相当に増加していることを知っており、心配そうな視線を彼に送る。
ただし、前の戦いの後から、自棄のように酒の量が増えたことも知っているのだが。
「一つ聞きてえんだが、なんでそんな時期に年越しなんだ? もっと余裕のある時期にすれば、ちっと位騒げたんじゃないのか」
「私はこの時期で助かっているがな。忙しい季節に暦の切り替えなんてやってられん。
それに、馬鹿騒ぎなど計画する者などに振り回されたくない。その時は、どうせ私に丸投げするに決まってる、あの愚王や中央の貴族どもは」
いきなり新年セレモニーの運営を振られ、各々が右往左往するアスセーナを想像し、三者三様の表情を浮かべる。もちろん、ニタニタしているのはクロウである。
「だが、大昔。それこそ王国黎明期には、新年祝いは開かれていたらしいぞ」
「どうして無くなっちゃったんです? あちこちで紛争が起こって、物騒になったからですか?」
今の乱世では、祝い事に割く余裕がないことは理解できるとシノノメは思う。しかし、その考えを否定し、苦笑いしながらアスセーナは説明を続けた。
「それがな、昔は春の訪れを新年として祝っていたらしい。特に、冬の間に消費しきれなかった貯蓄を放出し、民も貴族も食べきるまで宴を続けていたとされる。
だが、何故か暦が少しずつズレて行ってな。現在では冬の真っ只中だ。
10年や20年では観測できない、ほんの僅かな暦と季節の周期の違いだ。ほとんど生活に影響が出ないので、実質的には放置されているが、一応は観測は続けさせてさせてはいる」
アスセーナの説明に顔を見合わせるクロウとシノノメ。どうやら2人には心当たりがあるようである。
「それって、閏年とかで調整できないんですか?」
「なんだ? その閏年というものは」
「数年に一回、暦に1日を足して調整するんですけど」
「止めとけ止めとけって」
異世界知識を初めて活用できる機会とばかりに、得意満面でアスセーナに説明しようとしたシノノメだが、苦笑したクロウが彼女の肩を軽く叩き制止する。解説を遮られたシノノメは不満そうな顔をするものの、彼の思考を読んでその甘さに気付いたようだ。
「どうした? そちらで完結されても、私には伝わらんのだが」
一方、蚊帳の外となったアスセーナは、不満そうな、といっても仲間外れにされた子供が少し口を尖らせるような顔で、その話の先を促す。
「いやな。確かに閏年を設ければ暦のズレを解決できるんだろうが。
どの位ズレているのか、どういう器具を使用して観測できるのかまでは知らねえな、って思ってよ。
適当にやっちまうと、その違いは大きくなっちまうし。そもそも、ズレが正確に観測・計算されていれば、遠の昔に閏年を制定してただろう」
(視点変更)
「あ〜あ、クリスマスにお正月。イベント、一杯なのに」
「俺も面倒だから、イラネ。小動物ちゃんてば、やっぱ女の子なんだな。イベント事に目がねえっていうか」
それもあるけど、元の世界じゃ孤児だったし、能力が開発されてからは周りに敬遠されてたし。やっとみんなでこういう行事を楽しめると思ったのに、それに、
「お餅食べたい」
口にしてハッとなる。クロウさんの方を見ると・・・やっぱりニヤニヤしてる!!
油断した。これじゃあ、私が食いしん坊みたいじゃないか。
「餅ねえ、餅」
「き、聞かなかった、こと、に、して下さい」
萎縮した私の頭をポンポンって、うぅ、恥ずかしすぎる。
(視点変更)
その昔、偉い人が言った。アンパンには餡がはいっている、と。
当然だ。アンパソマンを齧った時、中身がカスタードクリームだったら、カバな男の子が恐慌を来すだろうし、バイキソマンにも勝てない。
別にクリーム熊猫をディスっているわけではないぞ。
そして、同時に言った。食パンには何も入ってない。当然だ、イケメン涙目、乙。
また、こうも付け加えた。ウグイスパンにはウグイスが入ってない、と。
鶯餡入っとるやないけ!!
まあ、ここまでは全然関係ない話なんだが、商品名と原材料名が違うなんてよくあること。原材料名を偽装するのは、リスクが大きすぎると思うので、やっていないと信じたいが。
「何をブツブツと呟いていらっしゃるので?」
「おっぱい、ブルンブルン」
「はい?」
「チキショーメイ」
「・・・・・・」
おう、氷点下100度の視線をありがとう、おっぱい姫ちゃん。外の気温より低くて、おっちゃん濡れ濡れだよ。
「それで、このような場所に殿方が何故?」
「同じ台詞を返すぜ。こんな場所にお偉いさんがどうして?」
周りが忙しそうにガヤガヤしている。どうやら、おっぱい姫はしょっちゅう来てるみたいで、あんまりみんな驚かねえな。俺は、初め追い返されそうになったのに。
そう、ここはユーリリオン城の厨房、でっかい台所であるのだ。
(視点変更)
「と、まあ。昔は片栗で作られていたこの片栗粉は、このようにジャガイモでもできる訳なんだ」
「芋を粉末にすることは理解しましたが、なんにお使いになるので? あまり好む者はおりませんが、貴重な備蓄食料なので、無駄にするとお姉様から雷が落ちますわ」
リィリィのいう通り、ここユーリリオンでは災害・緊急物資として荒地でも栽培できる芋類が多量に保管されている。しかし、普通の人は小麦食の方を好み、その名の通り緊急時に嫌々口にするのである。
これは、品種改良が進んでいない芋類がボソボソで味も弱いため、ぶっちゃけると美味しくないためであった。
ちなみに、軍の糧食は基本オートミールのため、クロウは口にせずに専ら採集で賄うのであった。
「その、カタクリ?とやらは存じませんが、余計に粉っぽくて美味しくないかと思います」
「別に、これをそのまま口にはしねえって」
そうして取り出したのは、蒸したジャガイモ。それをクロウはマッシュしていく。
「やっぱ、こっちの、芋って、固えな」
「『こっち』とは、どういう意味ですの?」
「ああ? それこそ、こっちの、話。ててて」
ここのところよく見せる拗ねた顔で、リィリィはクロウの背中を抓る。クロウも口では痛がっているものの、楽しそうな顔でされるがままになっていた。
「んで、潰した芋に粉を混ぜ、整形して、と」
「そのカタクリコではなく、小麦粉ではできないのでしょうか?」
興味深そうに小判形の芋の塊を突っつくリィリィの問いに対し、作ったことねえと答えるクロウだった。
(視点変更)
「う~、寒いいい」
雪を払って定宿に入ると、酒場の暖気で人心地。雪国育ちじゃない私には、この寒さも降雪も少し堪えるけど、帰って来てから飲むホットミルクも悪くないと思う。
「おう、小動物ちゃん、おかえり」
「クロウさん、いつの間にか早上がりしたでしょう? アスセーナ様がお冠でしたよ」
怖い怖いと肩を竦めて厨房に引っ込むクロウさん。まったく、この人は・・・って、なんで厨房に入ってるの?
私はミルクを飲みきって、厨房にお邪魔する。マスターは仏頂面しているけど、特に嫌がっている風は無いように見える。
「ん? ああ、ちっと待ってな。帰って来てから火を入れはじめたんで、まだ出来んのよ」
こっちに振り返らずに言葉を寄越すクロウに、私も邪魔すると悪いなと思ったので、ミルクをもう一杯注文して席に戻る。
しばらくすると、キツネ色になった塊が積まれた皿を持って、クロウさんがでて来た。
「なんです、これ?」
「良いから、食ってみなって」
お行儀が悪いけど、手掴みで一つ取って頬張ってみる。
モチモチしてる。
お餅って言われると、違和感がある。けれども、お餅っぽい、お芋さんの料理だ。
塩味や甘味は弱いけど、バターがしっかり効いてて美味しい。あっ、こっちはチーズがトロトロ。
「芋餅って、知ってるか?」
クロウさんの問いに、首を横に振って応える。というか、口の中に物が入っていて、言葉で返せない。
「米の餅って訳じゃねえが、これはこれで美味いんだ」
続いて、クロウさんもガブリと芋餅に齧り付き、そのままお酒を口に運ぶ。
なんとも無しに呟いただけの、お餅発言だったけど。こうやって、手間暇かけて作ってくれるなんて。
やっぱり、私はここを離れたくない。
只今、絶賛体調不良です。
次も遅れるかも知れません。
短編の後、次の長編が最後の話になる予定です。




