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AKIBAALIVE -overture-  作者: 一々葉(PSYCHOFRAME)
第1話 『運命交換』
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7 運命交換


 事ここに至っては警察を後回しにできる段階ではなくなった。


 ここ最近、秋葉原では爆弾事件が起こっているという。

 この事件もまた連続爆弾事件の犯人が起こしているものかもしれない。


 真砂に連絡を入れた後で、警察に事情を(信用されそうな範囲を取捨選択した)説明し、鈴音のところへ走る。


 走りながら考えることは、犯人のこと。


 俺が犯人の足取りを追うだろうことを予想して、こういう手を打っていたのだとしたら効果的だと言わざるを得ない。


 いいように犯人のシナリオ通りに弄ばれている。

 少なくとも完全にイニシアチヴは奪われている。


 悔しいが、こちらの描くシナリオが用意できていない以上、相手の手を凌ぎきるしか今は手段がない。


「鈴音!!」


「あ、葦人君!!」


 ゲーセンの近くまで戻ってくると鈴音がこちらを見つけて声をかけてきた。

 まだ、無事なようでほっとする。

 思わず近づこうとするが、咎識のときのことがフラッシュバックする。


 鞄を確認するが、記憶の限りでは全く一緒の鞄のように思える。

 そう、ここからが問題だ。


 爆弾にも色々と種類があるわけでそれを俺は特定できていない。

 可能性としては3通り。


 時限式。

 遠隔操作式。

 感応式。


 このうち後半2つのタイプだった場合、俺が近づくことで爆発する可能性が非常に高く、迂闊に近づくことができない。


「…………」


「? どうしたの?」


 立ち止まった俺を怪訝な表情で見てくる鈴音。

 今度は鈴音の方から近づこうとしてくる。


「ちょ、ちょっとそのまま待っててくれ…………っ」


 知らず、距離を開けるために後ずさる。


「え……うん…………」


 くそっ、俺は一体なにやっている……! 咎識のときと同じことを繰り返すつもりか……!


 絶対に助けるって息巻いておきながら、やってることは無事であることを確認しただけ……!


 モルモットのように鈴音を観察してるだけじゃないか!


 目の前に爆弾があるだけで迂闊に近づくこともできない!


(考えろ……! 考えろ、考えろ……!! 鈴音の無事は確かめられた……! 後は助けるだけだ…………!)


 犯人の思考を読め……! シナリオを読み切れ……!


 咎識も同じように鞄を取り付けられていた……。

 すぐには爆発せず、それどころか咎識は椅子代わりにしたり、かなりぞんざいに扱っていた。

 爆発したときは俺と会っていて、さらに俺が近づこうとしたとき。


 まだこれだけじゃ、爆弾のタイプは特定できない。

 可能性の高い、低いで考えることはできるが……、万が一を起こすことは絶対に許されない。


 犯人は俺を指名している……何の目的があるかは知らないが。

 その場合において、時限式にするメリットは全くない。

 無差別になってしまうし、俺が近くにいる可能性は低い。


 いくら休日の秋葉原より人が少ないとはいえ何人かは近くをすれ違うので感応式も無理がある。


 残るは、遠隔操作式だが、犯人が直接、俺に危害を加えていないこと。


 これが気になっている。


 遠隔操作式にするにしても他のタイプにするにしても、何故俺を直接狙わない……?


 俺をターゲットにしているかのように鍵を渡すなどのギミックを用意しておいて、その当の俺には爆弾をつけていない。誰にも気がつかれずに爆弾をとりつける技術があるなら俺に直接つければいいはずなのに。


 もしも愉快犯としての性質を有した犯人であった場合、メリットデメリットを度外視する可能性がある。


 俺を直接は狙っていないくせに、『桜井葦人様へ』と書かれた封筒に鍵を入れるという回りくどさ。

 その結果、俺が鍵を外すか渡しに近づき爆発に巻き込まれるかもしれない。

 そんな不安定な方法で、死んでも死ななくてもどっちでも構わないかのようなやり方だ。


 俺の何かが目的なら、直接俺に鞄をつけて脅迫でもすればいいにも関わらず。

 どう考えても愉快犯だと判断せざるを得ない。


 愉快犯ならば人の生き死にも大して意味はないのかもしれないし、仮にこの事件の犯人も連続爆弾事件の犯人ならば今までに何件も事件を起こしていることといい、

 事実として虫を殺すくらいの気楽さで爆発させている。


 爆弾のタイプも効率を考えていない可能性は否定できない。


 じゃあ、なんで俺なんだ……?

 俺をターゲットにして目的があるかのように振舞いながら、効率を度外視するのはおかしいのではないだろうか。


 支離滅裂で矛盾した考え方に混乱しかける。


 考え方を変えよう……こういった状況で愉快犯が矛盾なく俺を狙う目的……


 つまり、犯人は俺を、俺の命なんていつでも奪えるということをアピールしているのではないか?

 それによって俺が怯えるのを期待している……?


 犯人にとっては俺の生き死には二の次で、俺を眺めて愉しむことが目的……か?


 何故俺を目的にしているのかは相変わらずわからないが、なるほど、愉快犯らしい。


 俺が右往左往していることを見るのが目的ならば、近くに犯人がいるのかもしれないと考えたが……雑踏だらけのこの場所で特定することは困難だ。


(見ることが目的なら……)


 どうしたら一番効果的に俺を怯えさせられる?


 いや怯えさせるだけなら直接鞄を取り付けるほうが効果的だ。

 だが、それではそこで終わってしまう。それは最期のやり方だ。


 俺が足掻いているのを見るために、俺が強制的に動かざるを得ないような状況。

 俺を四苦八苦させ、動かさせるのはどうしたらいいか。


 それは……さっき体験した。


 目の前で直接ニンゲンをただの肉塊に変えて飛び散らせるのが効果的だ。

 そしてその知り合いに爆弾を取り付ける。


 俺がそうだったように、同じような状況であればきっと誰もが怯え、動かざるを得なくなる。


 これは遠隔操作式でほぼ間違いないだろう。

 これで、ゲーム盤のゲームマスターを気取って駒の行動を操り、楽しんでいる。


(くっそ……!)


 遠隔操作型だということがわかったのはいいが、一番厳しいものだったといえる。


 近づけば爆発。

 近づかなくても現状は悪くなるだけ。

 そして警察が来ても彼らは何もできないだろう。


 警察を確認したらすぐに爆発をさせるか、何かのアクションを起こすことは明白で警察が爆弾を処理する時間など与えてくれるわけがない。


 向こうはまだ様子見、俺が次の一手を指すまでは高みの見物。


 鈴音に会ってからまだ十数秒だが、俺が何もしないのを犯人が不審がっていてもおかしくない。


(どうにか……犯人に気がつかれずに爆弾を外すことはできないだろうか)


 どんな方法を考えたとしても、一手遅い。


 手錠がどうしてもネックになる。

 鈴音から爆弾を離すためには手錠を外すという一工程がどうしても必要になる。

 それはつまり、手錠が外れた時点で犯人に気がつかれ、爆発させられることを意味している。


 1秒でいい……ヤツの気をそらし、戸惑わせることができれば……!


「あれ? 葦人君、それって……?」


 不意に鈴音が不思議そうに俺を見る。

 いや、正確には俺の後ろの何か、だ。


「私の鞄と一緒……?」


「…………ッ!! 鈴音っ!! 伏せろ!!」



 後ろを確認する時間はない。

 一瞬後にくるであろう衝撃に対して体を丸めながら、横に飛び退る。



 ドゴォオオオオオ……ッ!!



 今日、2回目となる爆発の衝撃と爆音。

 鞄の破片が体に当たって体中が痛い。

 青あざにはなるだろうが大きな怪我をするほどではないのが幸いか。


 犯人は確実に俺たちを見ている。

 でなければ、こんなタイミングで鞄を置いていけるわけがない。

 俺が次の手を指さないのをみて、焦れて俺の背後に例の鞄を置いていったのだろう。


 誰にも気がつかれずにどうやってなどは考えない。

 考えて答えを出すには材料が足りないし、状況がそれを許さない。

 今は、ありのままの事実を受け入れる。


「鈴音っ! 大丈夫か!?」


 距離が離れていたためか、鈴音はなんともないように見える。

 棒立ちとなったまま放心状態であるということを除けば。


「え……? あれ…………?」


 ぺたんと腰が抜けたように座り込む鈴音。


「あ…………え…………これって…………この鞄…………」


 呆然と、先ほど鞄があったであろう場所と自分の鞄を順番に見つめる鈴音。


「この鞄……さっきの鞄と…………おんなじ…………」


「…………」


 鈴音が気づく。己の危機を。


「ばく、はつ……? し……ぬ……?」


 自分自身が今、どういった状況に置かれているか。

 だんだんと理性の光を戻し始めた瞳で、それを理解する。


 おそらく鈴音は、理解したら…………耐えられない。


「ぁ…………ひぃぁぁ…………ぁっ……ぁ……っ……ぁぁぁぁぁぁ…………!!」


 悲鳴の出来損ないのような声を上げて、鈴音は繋がれている鞄から距離をとろうともがく。

 手錠があるため一定以上の距離はとれないが、それでも必死に尻餅をついたまま逃げようとする。


 鈴音の瞳が、俺を捉える。


「た……助けて……! ……葦人君……!!」


 鈴音が救いを求めるように俺へと手を伸ばす。


「…………」


 今は……、何も出来ない。

 犯人からいくら挑発をされようとも鈴音から助けを求められようとも。


 近づくことすら、鈴音を危険にさらす。


 俺は、何も出来ないまま鈴音を見る。

 近づくことも出来ず、鈴音から逃げることもできない。

 なんて――中途半端なのだろう。


「な、なんで……? なんで……ぇ?」


 何もできないでいる俺を見て、絶望した表情をする鈴音。


 …………なん……なんだ、俺は……!

 俺はこいつのこんな顔を見るためにきたわけではない……!


 鈴音のところに行けば、漠然となんとかなると思ってた。

 いてもたってもいられず、ここに向かうという選択肢以外はありえないような気がしてた。


 甘かった……!!

 なんのために俺はここにいるんだ……!


「あ………………ああああああああああああああああっぁぁあっぁぁぁっぁっぁっぁぁ!!!! たすけてっ!! たすけて、ましゃごん、りんちゃんッッ!!! 死にたくない……!! 死にたくないよぉぉぉぉぉっぅ!!!」


 鈴音は狂ったように泣き叫ぶ。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 騒ぎを聞きつけたのだろう、いつの間にか鈴音と俺を取り囲むように人垣が出来ていた。


「あの子泣いてるけど、どうしたの? 可哀想じゃん」

「いや、俺もよくわからんけど、どうもあの子が持ってる鞄が爆弾であの子が危険ってことらしいよ。さっき、あの子の鞄とおんなじ鞄が爆発したのを見たヤツがいるらしい。

「ば、爆……!? 助けなきゃ、だめじゃん!」

「じゃあ、助ければ? 近づいたときに爆発してもしらねぇけど」

「…………うぅ……」



「俺、人が爆死するの初めてみるわー」

「やめろよ。不謹慎だぞ」

「んなこと言ったところで、ここに集まってるヤツは大体似たようなもんだろ。つまらない日常でスリルを味わいたいっていう怖いもの見たさ。安全圏にいながらこんな会話してる時点でお前も文句は言えねぇよ」

「それでも、口にはするな。当事者にとっちゃシャレじゃすまねぇんだ」

「はいはい。無事に助かることを祈ってますよ」



「おい、だれか、警察に連絡したのか?」

「さぁ? とっくにだれかやってんだろ?」



 其処此処で、好き勝手な会話が聞こえてくる。

 憤りもするが、正義漢ぶって助けようと近づかないだけマシだとも言える。


 近づこうとするやつがいれば、それこそ俺が殴ってでも止めなければならなかっただろう。


「だれか!! だれか助けてっっ!!」


「うわっ!! こっち来た!!」


 鈴音は周りの野次馬に助けを求めて近づこうとするが、近づいた途端、彼らは波が引くように距離をとる。

 それはまるで野生の動物が近づいてきたときに対する反応のようで……。


 離れていけども、視線は外さない。

 あくまで鈴音を見ている。


「…………………………」


 彼らが自分を助けるために見ているのではなく、興味本位で動物園の動物をみるかのように見ていることを鈴音も悟る。


 それは、人間を見ているという目ではない。

 哀れな動物を見ている目が幾重にも重なって少女を見る。


 もはやニンゲンであってニンゲンでない、ニンゲンとして認められていない。

 ヒトの尊厳を認められていない。


 人々の好意の中で育ってきたであろう少女。

 人間の性善説を信じているかのように他人の善意を信じてきた少女の、その心に、この光景はどう映るのか。





 悪意なき陵辱が、




 人間を奪われた少女の心を、




 あっけなく、手折る。




「…………っく……うぇ……っ……ひぅ……っ…………ぅぁぁ…………」




 最後に残された心の欠片が静かに泣くことを選ぶ。




 体を丸め、蹲り、幼子のように、静かに嗚咽する。




 自分を守るように。

 自分の心が壊れてしまわないように。

 周りを拒絶し、蹲る。




 そこにはいつもの天真爛漫さなど微塵もなく……ただただ、小さな少女がそこにいた。




「鈴音」




 覚悟を決めろ、桜井葦人。


 ここで俺が動かなければ、俺がここにいる最後の意味までなくなってしまう。

 たとえ鈴音が生き残ったとしても、助かったことにはならない。


 俺は、こいつを、助けるためにここにいる。


「……っく……ぁぁ…………ぅっ……あ、……あひと……くん…………?」


「今から、助ける」


 咎識のときには何もできず、わけもわからず翻弄された。


 そして今また何もしない。

 そんな選択をするわけにいかない。


「…………え……?」


 言われたことを理解できないのか、涙に濡れた瞳で不思議そうにこちらを見ている。


「ちょっと待ってろ」


 先ほどの爆発で三半規管がおかしくなってるのか覚束ない足取りで立ち上がる。

 さっきの爆発も最初の爆発も、共通して言えることは人ひとりを爆殺するのが精一杯ってことだ。


 誰かが壁になればもうひとりは無傷とはいかなくとも、なんとか助かるのではないか。


 幸いといっていいのか鈴音の体格は小さく、俺の体で庇うことは十分可能だ。

 もちろん、繋がれた腕の方は無事って訳にはいかないだろうが……何とか腕も庇うようにしてみよう。


 先ほどの爆発はかなり近かったにも関わらず俺は生きている。

 犯人の美学なのかなんなのか知らないが、今はその爆薬の天才的な取り扱いに感謝する。


 その代わりといってはなんだが、お前の思惑通り今から鈴音のところにいってやるよ。


「…………くっ」


 意外と飛ばされていたのか、鈴音まで距離がある。

 ふらふらと覚束ない足取りで近づこうとする。


 そろそろ回復してまともに歩けるようになってるが、そのままふらつく足取りで動く。


 わかってるさ……、俺の目の前で鈴音を爆発させたいんだろう……?


 希望があるかのように俺に手錠の鍵を持たせたことも、絶望を際立たせるためのギミックでしかない。


 近くまで寄ってきたところを……もう少しで助けられるってところで……希望を奪い去る。


 勝負は直前、3m。

 それまでは俺の体にダメージが残っているかのように振る舞い、犯人を騙しきる。


(なんでこんなことになってるんだろうな…………)


 今日は鈴音たちとゲーセン行って、買い物して……そしてまた明日学校でって帰るはずだったんだ。


 それがいつのまにかわけのわからん事件に巻き込まれてて……。


 もっと日が高いうちに帰ればよかったのか……。

 過ぎたことを悔いても仕方がないとはいえ、わけもわからず巻き込まれ悔いが残らないはずはない。


 そういえばゲーセンではウルトラレアを引いたな。確か、鈴音が羨ましがっていた。

 こんなことならくれてやればよかったか。


 いや、むしろゲームのようにあんな力があれば、こんな状況も1発でひっくり返せるな……。


 現実逃避気味に雑多なことを考える。

 ありもしない力に頼るようになったら、いよいよだ。

 精神的にまいっているのだろうか。


 少しずつ鈴音に近づく、ボーダーラインまでもう何歩もない。


(これが…………運命……というものか?)


 自分で考えて反吐がでた。

 だんだん犯人だとか自分自身だとかそういったものに対してだけでなく、運命だとかいうよくわからないものに対しても腹が立ってくる。


(なんで、俺がいるのはここなんだ……!)


 運命だというのなら……!

 何故鈴音でなく俺を選ばない……!!


 何故、俺がその手錠につながれていない……!!

 俺が目的なんだろ……!!


 鈴音を選ぶな!! 俺を選べ!!

 今からでも…………、

 今からでもいい……!!


 そんな、クソのような運命なんてな……



「俺が…………俺が換わってやるッ!!」



 全身に力を込め、鈴音のところまで走ろうとしたそのときだった。


 懐から1枚のカードが光り、操られるように飛び出す。


「これは……?」


 何が起きているか頭では理解できていない……いないが、直感的にこれは『力』だと認識する。

 『力』だとするなら……使わせてもらう!


 カードを掴みその名を叫ぶ。


「『運命交換』ッ!!」



 そのカードは目も眩むような眩い光の飛沫を放ち少女のものへと姿を変えていた。



 オンライン・ゲームでみたあの少女がそこにいる。

 まるで魔法のように。あのときのように。



『…………運命は交換される』



 カードの少女の声が木霊した。



……――ザッ……ザアアア――アア――――……――


 世界にノイズが走る――!


 鈴音の腕を束縛していた手錠と鞄は消え去り、代わりに俺の腕に手錠と鞄が繋がれていた。


「これは……! これならッ!!」


 状況に対する疑問はあるが……それは捨て置く。

 ただ冷静に状況を受け入れ、握り締めていた鍵を鍵穴に差込み捻る。


 カチャン……!!


 鍵は開いた……!!

 この作業に1秒あるかないか。


 犯人が状況を把握できているはずがない……!



「桜井様ッッッ!!」


 真砂の声が聞こえる……!

 真砂の声が聞こえた方向に向かって鞄をブン投げる!!


「うわああああ!!」


「何、こっち投げてんだよおおおおおおっ!!」


 野次馬が騒ぐが、ここにいる時点で何が起きても文句は言えないよな!?


「頼む!! 真砂ッッ!!」


「承知しましたッッ!!」



 もう、犯人が状況を把握し、起爆スイッチを押したとしてもおかしくない時間……! 間に合え……!!


 人ごみから飛び出てきた真砂が空中で鞄を掴み、尋常ならざる膂力で赤に染まった空へ放り投げる……!!



 再び走る、閃光と爆音……!



 爆弾ははるか上空で爆発し、ぱらぱらと破片を撒き散らす……!



 全ては一瞬……! 一瞬での結末。

 犯人もタイミングを合わせることはできなかっただろう。



「……よしッ!!」


 思わずガッツポーズをとる。

 なんとか犯人に一矢報いた気分だった。


「………………あ、…………え……?」


 何が起こったのか良くわからないのだろう。

 鈴音は自分の手に繋がれていたはずの鞄がなくなっていることに気がつき、不思議そうに俺を見る。


「助けるっていったろ?」


 笑顔で答える。

 この状況には訳のわからない力が働いたことも確かで。

 自分の力だけで鈴音を助けたわけではないが、それでも鈴音は死んでいないし俺も生きている。


「姫様ッ!! 桜井様!! ご無事ですか!?」


 駆け寄ってくる真砂。


「ああ、助かった、真砂。鈴音も俺も大きな怪我は何もない」


「それはようございました。ところで桜井様、その少女は……?」


 俺の隣に佇む少女に目をとめて、真砂が問いかける。


「あ、ああ、俺もよくわからないけど、カードから出てきて俺たちを助けてくれた」


 我ながらありえない説明だ。

 野次馬たちはこの少女が出てきた場面を見てなかったのか、拡張現実を使った投影映像だとでも思っているのか、状況的にそんなこと気にしていられなかったのかあまり気にしてなさそうだ。


「ふむ。なるほど。そういうこともあるかもしれませんね」


「ええっ!? 納得するのかっ!?」


 真砂の大らか過ぎる性格に驚きを覚える。


「何はともあれ助かりました。助けていただき、ありがとうございます」


「あ、そうだな。助かった、ありがとう」


 2人で少女に礼を言う。

 少女は相変わらず何も話さず、そこにいるだけで、無機質に佇んでいる。


 カードから出てきた非現実的な少女だ。

 もしかしたら意思はないのかもしれない。


「いや……本当に間に合ってよかったです。桜井様から連絡をもらったときにはどうなることかと……」


「そうだな、確かに少し遅かった気がするが……」


「もう電車でかなり先まで行ってしまいまして……。電車から飛び降り、追い越し、必死に走って参りました」


 彼の身体能力は人間を超えている。

 真砂がいればもしかしたらもう少し話は簡単だったかもしれない。

 まぁ、結果オーライといえば結果オーライだが。


 さて。

 野次馬の中にもしかしたら犯人がいるかもしれない。


 そう考えて、野次馬の中に不審な人物がいないか見渡そうとしたとき。


 周りの野次馬にあるはずのないものがあることに驚愕する。


(……………………え…………?)


「……なっ!」


 いつの間にか、周りを取り囲んでいた野次馬たちに例の鞄が取り付けられていた。

 その数、ざっと十数個。


「……? なにこれ……?」

「な、なんでぇ!?」

「うわあああ!! なんだこれちくしょうッ!!」

「これは、何もしなかった俺への罰……か?」

「い、いつのまに……!? 知らねぇ! こんな鞄知らねぇぞ!!」

「あれ……? これ、ホンモノ……?」


 野次馬がざわつき始める。


 周りを人ごみに囲まれているため逃げ場はない……!

 このままではパニックになり、収集がつかなくなるだろう……!

 被害もどれだけになるか、わかったものではない……!


 この野郎、最早なんでもありか……!


 だが、さっきとは状況が決定的に違う。


「真砂ッ!!」


 真砂に目配せをする!


「承知しましたッ!!」


 それだけで、俺が何をやろうとしているのか理解してくれたようだ。


 おそらく少女の能力はこれから起こる出来事を交換する能力。


 ならば……、周りの野次馬の運命を……俺が換わる!


 いちいち鍵を外している時間はないが、所持しているという視点で見れば手錠の繋がりを無視して俺が受け持つことも可能なはず……!


 周りの爆弾全てを認識する。


「頼むぞ! 女の子ッ!!」


「…………」


 隣に佇んでいる例の少女に声をかける。


 頷くかのように一瞬顔を伏せ、能力を発動する……!


……――ザッ……――


 世界にノイズが走り、周りの全ての鞄が俺の隣りに瞬間移動のように出現する。


「真砂!!」


「はッッ!!」


 それを待ち構えていた真砂が十数個の鞄を一気に放り投げる。

 投げられた鞄は1秒もかからずに秋葉原のビルを超えて上空へ投げ出された。


 その直後。その中の1つが爆発を起こす。


 1つが爆発すれば、後はもう連鎖的に爆発していく。


 どごぉんどごぉんと秋葉原の夕焼けの空に、爆発のアーチが描かれる。

 


それは、この事件のとりあえずの収拾を示すかのように派手な爆発だった。


 それを見届けると宙に浮いていたカードの少女は拡張現実のように体を透けさせ、

 光の飛沫を残しカードに戻り、俺の手に収まった。



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