いつもどおり!〜everyday life〜
<2020年6月5日>
「朝だよ、お兄ちゃん! 起きて! 起きないと、イタズラしちゃうぞ〜」
うるさい……
「お兄ちゃーん、遅刻しちゃうよー」
「うるさいよ、イヴ。今日は学校休みだろ。それに、おまえは画面の中にいるんだからイタズラできねーよ」
「学校は休みでも、今日は部活動の大会があるはず! まあ、イタズラできないのは認めるけど 」
本当にうるさい。
イタズラできないと認めさせ黙らすつもりだったが、全く効果がなかった。
「いいよ市大会なんて。どうせ、誰も相手にならないし……」
「それはそうだけど、集合時間に遅れたらまた監督に叱られるよ? 」
あ、確かにそれはまずいな。
この前は試合開始ギリギリに会場に着いたせいで、不戦敗にさせられたっけ。
でも、竹刀2本と防具を担いで移動するのは試合以上に疲れるんだよな。
ーーはぁ
「そんなに大きなため息つかない! ”二刀流”さんの鋭い目付きはどうしたの? 」
心の中でため息をついたつもりだったが、口から出てしまっていたようだ。
「あれは試合中で気合い入ってるときしかできないんだよ。ま、今から起きて支度するから真希にメールしといてくれ。8時30分に広島駅に集合ってな」
「わっかりましたー」
と言って、イヴはスマホの画面から消えていった。
ふぅ、イヴを黙らすには言いなりになるのが1番手っ取り早い。
俺はイヴがまたうるさくなる前に、カーテンの隙間から差し込んでくる初夏の日差しによって、ほんのりと温かくなっている床に足をつけた。
目を瞑り、大きく伸びをする。
思いっきり伸びをして、目を開けた俺の前には、賞状やメダルなどがずらりと並べられてある大きな棚があった。
もちろん、全て俺が大会で勝ち取ったものだ。その証拠に、賞状やメダルの全てに俺の名前、飯田樹の文字が刻まれている。
俺は毎朝起きたらその棚に礼をする。
別に、自負しているからとかそういう理由ではなく、その棚の真ん中の段には、父さんの遺影が飾ってあるからだ。
俺は、今広島県広島市で1人暮らしをしている。
剣道の強豪校から推薦入学しないかと誘われ、その学校に入学したのだ。
家族は神奈川県にいるため、父さんの墓もそこにある。
だから、せめて遺影だけでもと持ってきたのだ。
ーー父さんは世界を変えた
これは冗談なんかじゃない。
2016年、父さんはスマートフォンやパソコン、その他タブレットなどに共通する新しいプログラムとして、AIを開発した。
AIとは、画面上に現れる助手キャラクターみたいなもので、手が空いてない時や忙しい時などに、話しかけると反応し、命令通りに動いてくれるというものだ。他にも機能があり、すごく便利だ。
一見、マイク機能と変わらないように思えるが、AI使用者の俺からすればAIの方が断然いい。
なぜなら、自分が好きなキャラクターにデザインできるからだ。
俺のAIであるイヴは、元気ハツラツな妹キャラに設定してあり、容姿はスレンダーかつ発達途中の女の体をイメージした作りになっている。
ただ単に、俺が妹キャラ好きなだけだ。
しかし、こうやって自分がイメージする好きなキャラクターにデザインできるということを純粋に考えてみると、マイク機能よりも使ってみたいと皆が思うということはわかってくれるだろう。
そんな素晴らしい発明をした父さんは、一昨年自殺した。
警察も俺たち家族も必死に調べたが、自殺の原因は未だにわかっていない。
ただ、明らかになっていることは、自殺する前に父さんが研究していた、AI化の研究データが何者かに盗まれたことだけだった。
俺も父さんがしていた研究については全く知らないのだが、母さんに聞いたところ、AI化というのは、スマホに連動している首輪のようなものを首に取り付け、スイッチを押すことで作動し、取り付けた人の意識だけをAIが住んでいる仮想空間へ飛ばすとか送るとか。
実際に体験してみないとわからないよな……
色々考えていたら、真希との集合時間の15分前になっていた。
朝ご飯は食べた、歯磨きもした、ジャージに着替えた、防具と竹刀も持ったしスマホ用のイヤホンも耳にはめている。
よし、準備オッケー。
「いざ、敵なしの市大会へ! 」
と言って、玄関を出た。
梅雨前の独特な暑さが俺を襲った。