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赤燈の街  作者: 漱木幽
9/12

 ※



 塔の広場は視界を遮らんばかりの人で溢れかえっていた。

 街の中心、塔を囲うように円形を描くこの広場には、そう多くの人が集まれるようには見えないが、驚くべきことに街のほとんどの人間が集まり、肩を寄せ合っていた。

 これだけの人が集まっているのに、聞こえてくるのは無邪気な子供の声ばかりだ。分別をわきまえている大人たちは、皆一様に口を引き結んで時を待っている。

 リーシャに連れられたマリアベルは、塔の裏側から広場に入り込んだ。学生の一団はほとんどが入口周辺に犇めき、雑踏の向こう側を見渡そうと時折つま先立ちを試みる者も居るが、徒労に終わっているようだ。前の者の背中しか見えず、場がどうなっているのかさっぱりわからない。

「あそこ」

 リーシャは生徒を器用にかきわけて、隅の方で所在なさげに俯いているフランネを見つけ出して指さした。マリアベルは親友の姿をとらえると、居心地の悪さが胃の中で音を立てて暴れ出したように顔をしかめた。

 リーシャは黙ってマリアベルの背中を叩いた。なかなか駆け寄っていこうとしないマリアベルを急かすかの如く、その頻度はだんだんと増え、体重が乗って来ている。

 このままでは目の前に放りだされてしまう―― マリアベルは一歩二歩と歩幅を増やして、フランネへと近づいていった。フランネはかなり近づくまでマリアベルの接近に気付かなかった。

 ほとんど目前に立つと、フランネはようやくゆっくりとした動作で顔を上げ、迫ってきた相手がマリアベルだと知ると、驚きと―― おそらく積もり積もった「言いたいこと」が溢れだして、泣き笑いのような表情になった。

「マリー……」

「その、フランネ…… あのね」

 お互い言うべきことはあったはずなのだが、本人を前にすると、言葉が喉につっかえる。二人で顔を突き合わせたまま、あうあうと空気を呑みこむことを繰り返すこと、

「悪かったわ。あんたのことも考えないで」

 マリアベルがぶっきらぼうにそう謝罪するまで続いた。

 フランネにしてみれば、その言葉で気持ちの半分が救われたようなものだった。未だほんのすこしだけ影のある笑みを浮かべると、また滲んできた涙を誤魔化すように、不意にマリアベルに抱きついた。

「ちょっ」

「良かった、マリー…… 私、なんて言っていいかわからないけど、あなたがここに来なかったら、みんなもっとあなたのこと変な目で見るんじゃないかって、心配で」

「…………」

 マリアベルの謝罪に対しては、「赦す」とも「赦さない」とも言わない。最初から恨んでなどいない、とでも言うかのように。この善良な友人をこんなふうに不安なままにさせておいたことを、マリアベルは大きく後悔した。くびもとに回された腕を撫でると、自分よりも背の低い友人の体が震えだす。どうやら本格的に涙腺が決壊してしまったようだ。

 もっとずっと小さなころのことを思い出して、マリアベルは苦笑した。フランネは昔から泣き虫だ。すぐに泣きやむけれど、放っておいてはずっと泣きやまない。背中をあやすように軽く叩きながら、絵本でしか見たことがない、色素の薄い静かな平原のような髪にほおずりをする。心なしか、草原に咲く小さな花のような香りがした。

「ごめん、もう大丈夫だから。……大丈夫よ」

 ひとしきりフランネの肩の震えが止まるってから、マリアベルはハンカチを取り出して手渡した。フランネはそれを遠慮がちに受け取ると、恥ずかしそうに周囲を気にしながら、ようやくマリアベルの体を解放した。

「あ、あの、その。ごめんなさい……」

「あたしが謝ってんのよ。あんたは気にすることなんてひとつもないわ」

 ほんとうはつられて泣いてしまいそうだったが、どうにか作り笑いをすることで耐える。――ここで二人とも泣いてしまったら、どうしようもない茶番だ。そんな気がして、マリアベルは意地でも涙を見せるわけにはいかなかった。

「あたしはもう平気。意地はあるけど、これからはもうちょっとうまくやるから」

 フランネが泣きやむ間、考えていた文句を口にする。それでもフランネは不安そうな顔をする。これまでは予想済みだ。

「そんな顔しないで。今度はあんたに黙ってることはしないわ。……あんたの話もちゃんと聞く。だから、その――」

 頬を掻く。用意した言葉といえ、いざ口にすると気恥ずかしさがあった。

「これからも巻き込まれて、っていうか、なんだろ。……そうだ。もう泣かせたりしないから、ね!」

 纏まらなくなって強引な言葉で締めくくれば、ようやくフランネは苦笑しながら頷いた。――これでよかったろうか。いろいろ足りない気がする。マリアベルは慎重に自分の口にしたことを吟味し始めたが、よくわからなかった。本音を口にすることには慣れていない。普段から本音をぶちまけているつもりでも、過激な発言で本音を覆い隠しているからだ。

 マリアベルもフランネも互いに何を口にしていいかわからずに黙りこんでいると、傍で黙っていたリーシャが咳払いをする。二人してリーシャに視線を集中させると、彼女が何か言う前にキーンというようなハウリングが耳を劈いた。

「そろそろ始まる」

 ハウリングが収まってから、リーシャが淡々と告げる。

『あー、本日は―― えー』

 ノイズと共に壮年の男性の声が広場中に響き渡った。どうやら異例の告別式が始まったようである。

 声は魔術で拡散させているのか、いやに不明瞭だ。しかし、三人にはその声に聞き覚えがある。現学長のデニス博士の声だ。

 デニス博士は冴えない挨拶をし、手紙に記されていた内容を引用した説明を口にする。まったく恰好のつかない開式であったが、誰も何も言わない。ただ火が消えたような表情で呆然と塔を見上げている者がほとんどだ。

 マリアベルも式が始まってからは、黙りこくって成り行きに任せていた。もともとフランネに会いにいくという名目でここにやってきたに過ぎないので、内容自体はどうでもよかった。

 淡々と気が抜けたように進行していく式。進行役のデニスの言葉は、一言一句たりともマリアベルの心の中には残らなかった。これがフランネの言った通り、街の人々の「気持ち」を考えて催した者なら、こんな滑稽なこともあるまい―― などと考えながら。

 かわるがわる街のお偉いがたが挨拶をしていき、式はいよいよ終盤に差し掛かった。マリアベルがふと俯いていた顔を上げると、その頬をひっぱたくように、ひと際張り上げたデニス博士の声が聞こえてくる。

『さあ、みなさん、『灯りを燈す』を! 我々をこれまで照らし続けた魔女に、最期の挨拶と感謝を!』

 ぼんやりと立ち尽くしていた人々が、この世でもっとも初歩の魔術―― 『灯りを燈す』を使用し始めた。この魔術は主にランプやろうそくに火を燈すのに使うが、指先から小さな光の球を発っすることもできる。ただ、それらは少しの時間ですぐに消滅してしまって証明のようには扱えない。

 街の空を照らしていた光の色と同じ色が、人々の指先から柔らかな輝きと共に放たれる。小さな火柱はまるで柱型の花火のように、しばらく空中にわだかまっては次々に散って消えていった。

 マリアベルにもこの『灯りを燈す』魔術は扱うことが出来る。『花火』の魔術はこれの派生であるからだ。

 しかし、マリアベルは魔術を使うどころではなかった。彼女は気付いてしまったのだ。

 人々が何かに操られるように魔術を使い始めた時、煉瓦造りのくすんだ塔が、注意しなければわからないくらいの赤い光の微粒子を纏い始めたことに。

 魔術を使う人が増えるごとに光の強さは増していったが、結局は微々たるもので、そばにいるフランネやリーシャもそれには気付いていないようだった。――集団で白昼夢でも見ているのか。マリアベルあ怖くなった。あの光が見えているのは、もしやあたしだけなのか―― と。

 デニス博士の声とともに追悼の儀式は終わりを告げた。それでも塔は光り続けている。人々はまったく気がつかず、マリアベルはいよいよ疑いを強めた。

『お集まりいただいてありがとう。本日はこれで閉式とさせていただきます』

 さっきとは打って変わって気が抜けたようなデニス博士の閉式の宣言とともに、人々がぞろぞろと自分の住処へと戻り始めた。『声の拡散』の魔術発動を終了させる時のハウリングで我に帰ったマリアベルは、同じく気が抜けたように立ち尽くしているフランネを捕まえて訊ねた。

「ねぇ、フランネ。変なこと訊いていい?」

「……え、何?」

 憔悴しているわけでもないのに、ぼんやりとワンテンポ遅れた返事をするフランネ。マリアベルは煩わしさを押しのけて、なるべく興奮と動揺が悟られないように、落ち着いた口調で言った。

「今、あんたにはあの塔がどう見える?」

「えっ?」

 フランネはぎくっとしたように塔を振り返るが、すぐに小首をかしげながら、訝しげな視線をマリアベルに向ける。

「なんともないと思うけど、どうかした?」

「……そう。見間違いだったのかもね。なんか光ったような気がしたんだけど」

 未だに光っているように見えることは伏せた方が良い。とっさの判断で、マリアベルは肩を竦めておどけたふりをした。

「やめてよ。びっくりしちゃったじゃない」

 フランネはやっといつもの調子で笑いながらそう言った。

 マリアベルは光る塔をなるたけ見ないように努めながら、「また言えないことが増えてしまった」と、フランネの泣き腫らした目元を窺い、沈んだ気持ちでこっそり溜息をついた。



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