第二十八話 先輩
「……はい。アウル・ストラウドです」
エインが答えると、女は僅かに目を細めた。
「ふうん。あんまり強そうには見えないわね」
『なんだコイツ、いきなり失礼な奴だな』
何と返したものか迷っている間に、女は半歩横へ動き、今度は別の角度からエインを眺めた。
「ねえ、ハロルドさんもそう思うでしょ?」
「強そうに見えるかは知らないが、候補生時代のお前と比べて見劣りはしない。聞き分けがいい分、俺としては評価は上だ」
「ちょっと、それはないんじゃない? 私だってちゃんと話は聞いてたでしょ」
「聞いたあとで、言った通りに動けばな」
女は口を開きかけたが、すぐにエドガーへ顔を向けた。
「ねえ、聞いた? 久しぶりに会ったのに、この言い方」
「よく覚えていてくださるということですよ」
「そういう話じゃないんだけど」
エドガーは小さく笑い、立ったままのエインへ椅子を勧めた。
「すみません、紹介がまだでしたね。こちらはカレン・ライトナーさんです。現在は教皇直属の聖灯卿を務めています」
『聖灯卿って……一等より上のやつか?』
(……ああ。確か、教皇直属の聖灯士だ)
『なんでそんなやつに呼び出されんだよ』
(私に聞かれてもな……)
エインは椅子へ腰を下ろしながら、改めて女を見た。ハロルドと軽口を交わす姿からは、そんな高位の人物だとは思わなかった。
「こんな感じですが、聖灯士の最高戦力の一人ですよ」
「こんな感じは余計よ。ちゃんと仕事はしてるんだから」
「ええ。忙しい中でも顔を見せてくれるので、私も嬉しく思っています」
カレンは何か言い返そうとして、やめた。そのまま向かいの椅子へ座り直す。
「……まあ、近くまで来たついでだけどね」
エドガーは穏やかに頷いた。聖灯卿を迎えているというより、昔から知る相手の訪問を喜んでいるようだった。
「それで、私に何かご用でしょうか?」
「ああ、そうでした」
エドガーはエインへ向き直った。
「カレンさんは任務で近くまで来たそうで、私のところへ寄ってくれたんです。それで昔の話になりましてね。アウル君も孤児院の出身だったと話したところ――」
「私が会ってみたいって言ったの」
カレンが引き取り、扉の近くに立つハロルドへ目を向けた。
「それで、ハロルドさんに呼んできてもらったわけ」
「俺は使い走りじゃないんだがな」
「でも、どこにいるか知ってたでしょ? 助かったわ。ありがと」
ハロルドは短く息を吐いたが、それ以上は言わなかった。
「急に呼び出してしまって、悪かったですね」
「いえ。今日は任務もありませんから」
エインが答えると、カレンは身を乗り出した。
「アンタ、どこの孤児院にいたの? 私、あちこち顔を出してるから、知ってるところかもしれないわ」
(分かるか?)
『いや、覚えてねぇな』
「……それが、分からないんです。いた頃のことも、ほとんど覚えていなくて」
「場所も? 誰かに聞いたことはないの?」
「孤児院の出身だとは聞いていますが、詳しいことまでは」
答えながら、エインはアウルの反応を待った。
『ジジイにも、どこの孤児院かまでは聞いてねぇよ』
カレンは少し意外そうにしていたが、それ以上は尋ねず、背もたれへ身体を戻した。
「……そう。じゃあ、同じところかどうかも分からないのね」
「カレンさんも孤児院で?」
「ええ。エドガーさんは、その頃からの知り合いよ」
「小さい頃から、よく知っています」
「余計な話はしなくていいからね」
「まだ何も言っていませんよ」
エドガーが笑うと、カレンは念を押すように一度だけ指を向け、それからエインへ顔を戻した。
「まあ、どこの出身でもいいわ。私が先輩なのは変わらないし」
「……先輩、ですか?」
「そう。よろしく、後輩」
机越しに手が差し出された。エインはその手を握りながら尋ねた。
「聖灯士として、ということですか?」
「違うわよ。孤児院出身の先輩ってことよ」
「……孤児院出身というだけで?」
「別にいいでしょ。細かいことは気にしない」
カレンは握った手を一度上下に振ってから離した。
「それと、私のことはカレン先輩って呼びなさい。聖灯卿だの何だのって呼ばれるより、その方がいいわ」
「いや……えーっと」
「いいから。ほら」
続きを待つ顔を向けられ、エインは一拍置いた。
「……よろしくお願いします。カレン……先輩」
「よろしい」
満足そうに頷くカレンを見て、ハロルドが腕を組み直した。
「後輩を困らせるなよ」
「困らせてないでしょ。挨拶しただけじゃない」
『本当になんなんだ、コイツ……』
エインは聞こえない声には答えず、机の上へ手を戻した。
◇
「そうだ。アンタ、孤児院には顔を出したりしてる?」
カレンが思い出したように尋ねた。
「いえ。自分がいた場所も分かりませんから」
「自分のところじゃなくてもいいのよ。教会の孤児院なら、近くにもあるでしょ」
エインは少し考えてから、首を振った。
「行ったことはありません。何をしに行けばいいのかも、考えたことがなかったので」
「そんなの、手伝えることはいくらでもあるわ。寄付でもいいし、子供の相手でもいい。人手もお金も、余ってるところなんてそうないんだから」
「カレン先輩は、そういうことを?」
「近くへ行くことがあればね。私も拾われて、育ててもらった側だもの。今は少しくらい返せるでしょ」
何でもないことのように言って、カレンは机へ肘をついた。
「アンタも、まだ何もしてないなら一度来てみなさいよ」
「一度、と言われても……」
「明日ならどう? 任務は入ってるの?」
「今のところはありませんが」
「なら決まりね。近くの町に、私の知ってる孤児院があるの。一緒に行きましょ」
エインは思わずハロルドを見た。目が合うと、彼は僅かに肩を竦めた。
「俺を見ても仕方ないだろう。お前の休みだ」
向かいでは、カレンがもう明日のことを考えているらしかった。
「朝に出れば、向こうでゆっくりできるわね。帰りも遅くならないし」
「待ってください。私はまだ行くとは言っていません」
「あら、何か予定があった?」
「調べ物の続きをしようかと」
「本なら帰ってきてからでも読めるでしょ。私は明後日には次の任務へ行くんだから、案内できるのは明日だけよ」
返す言葉を考えていると、隣からエドガーが口を開いた。
「一度、見に行ってみてもいいと思いますよ。何かをしなければと、難しく考える必要はありません。まずは、どんな場所なのか知るだけでも」
「しかし、急に伺って迷惑ではありませんか?」
「私が行くところよ。今更、一人増えたくらいで驚かないわ」
そう答えてから、カレンは言葉を続けた。
「無理な寄付をしろって言ってるんじゃないの。できる奴が、できることを少しずつ返せばいい。それだけよ」
エインは机へ目を落とした。孤児院について、自分が知っていることはほとんどなかった。アウルがそこにいたという話も、育ててくれた人がいたという事実も、言葉として聞いているだけだ。
(どうする?)
『どうするって言われてもな。これはもう、逃げられねぇだろ』
(……そうだな)
エインは顔を上げた。
「分かりました。ご一緒します。ただ、子供の相手には慣れていませんよ」
「最初から上手くやろうとしなくていいわよ。私もいるんだから」
カレンは笑うと、さっそく立ち上がった。
「じゃあ、明日の朝。支部の正面口で待ってて。動きやすい格好で来なさいよ」
「何をする予定なんですか?」
「行けば分かるわ」
『今日はそればっかりだな』
エインも椅子から立ち上がり、小さく息を吐いた。
「……分かりました、カレン先輩」
カレンは満足そうに頷いている。
『……やっぱり面倒くせぇ話じゃねぇか』
エインは否定せず、目の前の先輩を見た。呼ばれて来ただけのはずが、いつの間にか明日の予定まで決まっていた。
お読みいただき、ありがとうございます。
毎日お昼12時に更新予定です。
楽しんでいただけましたら、評価やブックマークで応援していただけると嬉しいです。




