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名も無き戦場  作者: 六花
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ヴァルク編第八話「暁光の月 八の日」

朝。


黒鉄傭兵団の詰所は、いつも通り騒がしかった。


武器の手入れをする者。


依頼書を眺める者。


酒を飲みながら談笑する者。


様々な人間がそれぞれの時間を過ごしている。


その一角で、ヴァルクは黙々と剣を磨いていた。


討伐依頼を終えた翌日。


久しぶりにまとまった休みになるはずだった。


少なくとも、そう思っていた。


「ヴァルク」


呼ばれて顔を上げる。


そこにはミラが立っていた。


帳簿を抱えたままの、いつもの無表情。


嫌な予感しかしなかった。


「依頼です」


短い言葉。


ヴァルクは即座に答える。


「断る」


「受理済みです」


間髪入れず返ってくる。


いつもの流れだった。




ミラは紙を机の上へ置いた。


ヴァルクはそれを手に取る。


数秒後。


眉間に皺が寄った。


「護衛?」


珍しい。


というより、ほとんど受けたことがない依頼だった。


黒鉄傭兵団は討伐が専門だ。


魔物。


盗賊。


危険地帯。


そういった依頼なら慣れている。


だが護衛は違う。


守る相手がいる。


ヴァルクは昔から、この手の依頼を好かなかった。


理由を考えることはない。


考えたところで気分が悪くなるだけだ。


紙を机へ戻す。


「他にやる奴はいないのか」


「います」


「ならそいつにやらせろ」


「指名依頼です」


会話はそれで終わった。




ヴァルクは深く息を吐く。


面倒だった。


護衛は性に合わない。


目の前の敵を倒す方が遥かに楽だった。


「相手は」


「視察団です」


さらに嫌だった。


貴族絡み。


その言葉だけで十分だった。


ヴァルクは椅子にもたれかかる。


「断る」


「不可能です」


感情の無い声。


事実だけを告げる。


ミラらしい返答だった。




しばらく沈黙が続く。


やがてミラはもう一枚の紙を差し出した。


封蝋付き。


見慣れない紋章。


ヴァルクはそれを受け取る。


そして表情が止まった。


「……なんだこれは」


「王命です」


それだけだった。


説明もない。


余計な言葉もない。


だが十分だった。


ヴァルクは黙る。


数秒。


それから天井を見上げた。


「最悪だな」


小さく呟く。


心の底からそう思った。




王命。


その言葉が出た時点で終わりだった。


受ける受けないの話ではない。


従うしかない。


ミラは何も言わない。


ただ次の帳簿を開いている。


すでに話は終わったらしい。




ヴァルクは立ち上がる。


剣を腰へ差す。


荷物を確認する。


そして出口へ向かった。


「行き先は」


振り返らずに聞く。


「王都です」


その言葉に、ヴァルクの手が僅かに止まった。


ミラは何も言わない。


説明もない。


必要ないと思っているのだろう。


ヴァルクも何も聞かなかった。


ただ小さく息を吐く。


「……そうか」


それだけだった。




詰所を出る。


朝の空は高かった。


護衛依頼は好きではない。


王都も好きではない。


理由はある。


だが思い出したい理由ではなかった。


今さら考えることではない。


過去は終わった。


そう言い聞かせるように歩き出す。


それでも胸の奥に残る僅かな違和感だけは、消えなかった。


街道の先。


王都。


そこには、自分が知らない世界がある。


そして、知りたくもない過去が眠っている気がしていた。

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