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名も無き戦場  作者: 六花
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レイ編第七話「暁光の月 五の日・届いた言葉」

街道には風が吹いていた。


互助会の支援員が立ち去るのを見送りながら、レイは小さく息を吐く。


説明は終わった。


最低限必要なことも伝えた。


本来なら、ここで役目は終わりだった。


それでも。


少しだけ気になってしまう。


視線の先には航がいた。


相変わらず何を考えているのか分からない顔をしている。


不機嫌なのか。


困っているのか。


何も思っていないのか。


それすら分からない。


流転者はみんなそうだった。


最初は。


言葉が通じない。


常識も通じない。


自分がどこにいるのかさえ分からない。


だから、レイは歩き出した。


航も何も言わず後ろをついてくる。


しばらく進む。


会話はない。


いや、できない。


何かを話しかけても伝わらない。


伝わったとしても、それが本当に伝わったのかは分からない。


それでも。


沈黙は嫌いじゃなかった。


道端の看板が目に入る。


レイは足を止めた。


古くなった木製の看板。


目的地までの距離が書かれている。


そして、何となく思いつく。


試してみよう。


看板を指差す。


「もじ」


返事は期待していなかった。


ただ聞かせてみただけ。


けれど。


「……もじ?」


レイは思わず目を瞬いた。


返ってきた。


同じ音だった。


たどたどしい。


意味を理解したわけでもない。


それでも。


返ってきた。


「うん。もじ」


自然と口元が緩む。


少しだけ。


本当に少しだけ。


繋がった気がした。


レイは自分を指差した。


「レイ」


次に航を指差す。


「こう」


航は考える。


ほんの少しだけ。


それから自分を指差した。


「航」


そして。


「レイ」


レイは息を止めた。


覚えた。


自分の名前を。


それだけのこと。


本当にそれだけのことだった。


けれど。


流転者の支援をしていると分かる。


それがどれほど大変なことなのか。


言葉の通じない世界で。


知らない人間の名前を覚えること。


それは最初の一歩だ。


だからレイは笑った。


「うん」


それ以上の言葉は必要なかった。


風が吹く。


空には雨雲が集まり始めていた。


航は空を見る。


レイも同じように見上げる。


まだ何も始まっていない。


けれど。


きっと大丈夫だ。


そんな根拠のない確信が、少しだけ胸に残っていた。

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