初めての男
何を…言っているの?
初めて聞いたその言葉に耳を疑う。
男から目が離せない。
冗談や、妄言を言っているようには見えない。
大体の男は、アーリヌのことを事細かに聞いて浮かれて最後に馬鹿を見る。
もう二度と帰ってくることはない。
それが私たちの仕事だった。
男は沈黙を貫く私たちの顔を交互に見る。
どういった経緯でここに連れてこられたのかなんて知らない。
そんな男の言葉に何の意味があるの?
ベッドから呆れたように鼻からため息か苦笑か、どちらともつかない声を漏らす。
「まぁいい。」
苦しそうに漏れる声を押し殺し、重たそうな体をベッドから動かす。
ただただ、二人は床に足がつく時の、その鈍い音を黙って聞いていた。
立ち上がった男からは、パキパキと骨の鳴る音がする。凝り固まった体をほぐすように、手を肩に当て、首を大きく回した。
あの腕に広がる模様は何…。
イグリスの人間じゃないことは確か。
アーリヌの餌食になる人間のことなど、興味もなかった。
一歩、また一歩、男は背を向けドアへ向かう。
ドアノブに手をかけた瞬間、
「アーリヌは…」
ぽつりとケプネが震える声を絞り出した。
男はドアを開ける手を止め、身動きひとつ取らず立ち止まっている。
タリヤは、止めようとケプネを見た。
いつも一緒にいた彼女の見たことのない、絶望と希望の入り混じる表情を目の当たりにして、口を静かに閉じた。
「アーリヌは…魔族のサキュバスです。」
それだけ言うとケプネは顔を伏せた。
裏切りを企てていることがもしバレたら…
それがとても怖かった。
たったその一言を聞き終わると、男は外へと消えていった。
バタン。
ドアが閉まり、静まり返る部屋。
「もう、嫌なの…。もうやりたくないの。ごめん、ごめんねタリヤ。」
涙の中から声を絞り出す。
両手で顔を押さえて、力無くしゃがみ込んだ。
「ううん、わかってる…わかってるよ。」
二人は優しく抱きしめ合った。




