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14話 雪の脆さ

昼休み。


ざわつく教室の中で、空は自分の席から立ち上がった。


視線の先には、美景がいる。

いつも通り静かに席に座っているように見える。けれど、どこか落ち着かない空気を纏っているのが分かった。


空は短く息を吐いてから、その席へ向かった。


「白雪、ちょっといいか」


美景の肩が、ぴくりと震えた。


空はその反応を見て、やはりと思う。

今日ずっと、美景はどこか張り詰めていた。

教室で話しかけてきた時からずっと、何かを抱え込んでいる顔をしていた。


美景はゆっくりと顔を上げる。


「え、えぇ」


声が少しだけ揺れていた。


「私も、話したいことがあったの」


珍しく、明らかに動揺している。

そのことが、かえって空の決意を固めた。


二人は連れ立って教室を出る。


廊下を歩き、人気の少ない校舎の端へ向かう。

そして辿り着いたのは、以前、美景に”感覚(センス)”のことを追及された空き教室だった。


扉を開けて中へ入る。

差し込む昼の光が、静かな教室の床を淡く照らしていた。


空は部屋の中を見回しながら、小さく言う。


「ここに来たのも、随分と前に感じる」


少しだけ口元を緩める。


「一ヶ月も経ってないのにな」


その言葉に、美景がわずかに目を伏せた。


「う……」


それから、申し訳なさそうに続ける。


「あの時は、問い詰めるような真似をしてごめんなさい」


空は小さく首を振った。


「別にもう気にしてない」


それは本心だった。


「なんだかんだ、俺にとっては必要なことだったしな」


実際、あの時に踏み込まれたからこそ、自分も”感覚(センス)”やVECに向き合うしかなくなった。

あれがなければ、今ここにはいないかもしれない。


美景はその返事に少しだけ安堵したように見えた。

だが、それでも表情の奥に沈んだものは消えない。


空はそこで本題へ入る。


「今日はその話じゃなくて」


できるだけ声をやわらかくして、美景を見る。


「白雪、俺に話したいことあるんだろ?」


その言い方に、美景はほんの少しだけ目を見開いた。

それから困ったように、わずかに口元を緩める。


「えぇ……」


小さく息を吐く。


「ごめんなさい、気を使わせたわね」


今日だけで、何度この少女に謝られたか分からない。


空は何も言わず、ただ黙って美景の次の言葉を待った。


美景はしばらく俯いていたが、やがて静かに話し始める。


「猫屋隊長からは話を聞いた?」


「あぁ」


空は短く頷く。


「あれが五年前の黒幕の一体で、原核種(オリジン)っていう高位種(ハイエンド)より強い化け物で、”増殖(ブリード)”って呼ばれてるとこまでは」


「そう……”増殖(ブリード)”」


その名を口にした瞬間、美景の声がわずかに硬くなる。


そして、ゆっくりと顔を上げた。


「実は私は、五年前の大災害の時に、あの異形に遭遇しているの」


「――!」


空は驚きのあまり、すぐには声も出なかった。


ただ、美景を見つめる。


美景はその視線を受け止めたまま、静かに続けた。


「私たちは一家で、突如現れた大量の異形から避難するために、瓦礫の山となった街を走った」


その声は落ち着いている。

けれど、それは必死に抑え込んでいるだけだと分かった。


「そこに、やつは現れたの」


美景の指先が、制服の裾をぎゅっと掴む。


「目の前で、父が殺された」


空は思わず息を呑んだ。


教室の静けさが、急に重たくなる。


美景はなお続ける。


「母はそれを見て錯乱する私と美晴に、ただ『逃げなさい!』って叫んだ」


声がわずかに震えた。


「私はまだ幼かった美晴を抱えて逃げた」


その言葉の先が、何となく分かってしまう。


「何も出来ずに、母を見殺しにして」


ぽた、と。


美景の頬を伝った雫が、床へ落ちる。


それが一つでは終わらない。

次々に零れ落ちていく。


「逃げることしか出来なかった!」


美景の声が、初めて強くなる。


「もう二度とあんな思いをしないために、強くなったはずだった!」


胸の奥に抱え込んできたものが、一気に溢れ出したみたいだった。


「なのに、なのに……」


その声が震える。


「実際にあいつを目の当たりにしたら、動けなくて……」


雫が止まらない。

それでも美景は、逃げるみたいに目を逸らさず言葉を吐き出す。


「蒼月くんがいなかったら、私は殺されてた……」


さっきまでの強さが嘘みたいに、その声が小さくなっていく。


「私はあの時から何も変わってない」


絞り出すような声だった。


「弱いまま、何も……」


そう言って、美景はとうとう俯いた。


肩が小さく震えている。


空はすぐには言葉を返せなかった。


返せるはずがない、と思った。


五年前。

原核種(オリジン)増殖(ブリード)”。

目の前で父を殺され、母に逃がされ、幼い妹を抱えて逃げた少女。


その記憶がどれほど深く、美景の中に食い込んでいるのか、簡単に理解できるものじゃない。

それでも、神社で美景が止まった理由だけは、嫌というほど分かった。


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