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1話 接触

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朝の教室は、どこか無機質だった。


壁面は補強材で覆われ、窓には薄く透明な防護フィルムが貼られている。床には細かな溝が走り、衝撃や熱を逃がす構造になっていた。


――”感覚(センス)”耐用教室。”感覚(センス)”の行使を前提とした、半ば訓練場のような空間だ。だが、そこにいるのはどこにでもいる高校生たちだった。


数人の生徒が教室の一角に集まり、声を上げる。


「今の見たか? 圧縮だぞ、あれ」

「見た見た。けど、まだ甘いって。制御荒いし」


ひとりの男子生徒が軽く手をかざす。次の瞬間、空気がわずかに沈み、中央に置かれた的が見えない力に押し潰されるように歪んだ。


ピシ、と乾いた音。「おお……」と小さなどよめきが起こる。誰も驚きはしない。ただ評価する。それが当たり前だからだ。


――”感覚(センス)”。生まれ持った力。個人ごとに異なり、強さも用途も様々。この教室にいるほとんどの生徒が、それを持っている。


「次、白雪」


教師の声が空気を引き締める。呼ばれた少女が静かに立ち上がる。銀色の長い髪がわずかに揺れた。


白雪(しらゆき) 美景(みかげ)


ざわり、と空気が変わる。彼女は設置された小型の的の前に立ち、何も言わず手を振った。


その瞬間、空気が凍りつく。床を走るように氷が広がり、的を中心に一気に覆い尽くす。透明な氷は濁りなく、静かにそこに“存在していた”。


一瞬の静寂。


――パキン。


氷は内側からひび割れ、砕ける。砕けた氷片は白い粒となって散り、ほどなく床へと消えていった。


「……終わりです」


それだけを告げ、美景(みかげ)は席へ戻る。


「……十分だ」


教師の短い評価。それで十分だった。誰もが理解している――格が違う。


その一連を、教室後方から眺めている少年がいた。蒼月(あおつき) (そら)。腕を組み、ただ見ているだけ。興味があるのかないのかすら分からない。


「……蒼月。お前もやれ」


視線が一斉に集まる。空はわずかに目を伏せ

「……必要ありません」

と静かに答えた。


一瞬の沈黙。「は?」「またそれかよ」と笑い混じりの声が漏れる。教師が眉をひそめる。


「必要ない、とはどういう意味だ」

「そのままです」


空は動かない。


「俺は”感覚(センス)”を使いません」


ざわ、と空気が揺れる。だがそれは感心ではない。露骨な失笑だった。


「……使わない、じゃなくて」

「使えない、だろ」


くすくすと笑いが広がる。


無感覚者(ナンセンス)ってやつ?」

「今どき逆にレアだな」

「いやレアっていうか、ただのハズレだろ」


悪意は軽い。だが、確実に線が引かれている。

教師はそれを咎めない。


「……いい。座っていろ」


とだけ言った。それで終わりだった。


空は何も言わない。何も返さない。ただ前を見ている。――慣れている。それだけのことだった。


そのときだった。視線を感じ、わずかに顔を上げる。教室前方で、白雪 美景(みかげ)がこちらを見ていた。感情は読めない。ただ観察するような目。やがて何事もなかったかのように視線を外す。


――関係ない。


そう判断し、空は再び前へと視線を戻そうとする。


だが次の瞬間、「っ―」すれ違いざまに肩がぶつかり、体勢が崩れる。咄嗟に伸ばした手が掴んだのは、細い手首


――白雪 美景(みかげ)


ひやりとした感触。一瞬、時間が止まる。


触れている。確かに。


その瞬間、わずかに“何かが流れ込むような感触”があった。美景(みかげ)の目がわずかに見開かれる。空もまた、無意識にその手を握っていた。


「……悪い」


すぐに手を離す。何事もなかったかのように立ち直る。だが、その冷たさだけが微かに残っていた。ただの体温ではない、もっと別の何か。言葉にできない違和感。


「前見て歩けよ」


ぶつかった生徒が舌打ち混じりに吐き捨てる。「……ああ」と短く返し、空は席へ戻る。


教室は再び日常へと戻っていった。


だがその一瞬の接触は、誰にも気づかれないまま、確かに何かを残していた。


ーーーーー


昼休み。


教室のざわめきは、どこか浮ついていた。


笑い声、椅子を引く音、弁当の蓋を開ける音。何気ない日常の中で、空は一人、席に座ったまま動かなかった。


誰とも話さない。


誰も話しかけない。


それが当たり前の距離だった。


「……なあ」


不意に、声が落ちる。

机に影が差した。

顔を上げるまでもなく、誰かが立っているのが分かる。


「さっきの見たか?」


答えない。

視線も向けない。

それでも、相手は気にした様子もなく続けた。


「白雪と、手ぇ握ってたやつ」


くす、と後ろで笑いが漏れる。


「お前さ、何してんの?」


軽い口調。

だが、その奥にあるものは明確だった。


空は何も言わない。

ただ、前を見ている。


「いやマジでさ、調子乗りすぎだろ」

無感覚者(ナンセンス)のくせに」


笑いが広がる。


「つーか、触っただけで何か変わると思ってんの?」

「ワンチャン”感覚(センス)”でも移るとか?」


「きも……」

「必死すぎだろ」


コツン、と机に指が当たる。


「お前さ」


正面から、声。


「白雪と同じ土俵に立てると思ってんの?」


「――無感覚者(ナンセンス)だろ、お前」


断定。


「触っていい相手と悪い相手くらい、分かれよ」


空気が、わずかに濁る。


――嫉妬。


「いいよなぁ、お前は。何も持ってないくせに」

「逆に才能だろ、それ」


笑い。


「……なんか言えよ」


机が叩かれる。

ガン、と音。

だが空は、動かない。


「……別に」


それだけ。


その一言が、さらに場を荒らしかけた――


「――まぁまぁ、落ち着けって」


別の声が、割って入る。

少しだけ、空気が止まった。


振り向いた先に立っていたのは、どこか気の抜けた笑みを浮かべた茶髪の少年だった。


「いやいや、そこまで言うほどでもなくね?」


軽い口調のまま、空を取り囲む少年たちの方を見る。


「……は?」

「いや、手が当たっただけだろ。お前らの方が騒ぎすぎ」


一瞬の沈黙。


「……なんだよ、お前」

「なんとなく、気になっただけ」


肩をすくめる。


空気が、わずかに変わる。


露骨な対立になるほどではない。


だが、続けるには少し面倒な空気。


「……チッ」


舌打ち。


「行こうぜ、つまんねぇし」

「だな」


足音が遠ざかる。

ざわめきが戻る。


何事もなかったかのように。


「……災難だな」


茶髪の少年――夜長(よなが) 星馬(せいま)が軽く言う。


空は、顔を上げない。


「……別に」


同じ言葉。


同じ温度。


星馬(せいま)は一瞬だけ空を見て、


「そっか」


それ以上は何も言わなかった。

軽く肩をすくめて、自分の席へ戻っていく。


教室は、いつも通りだった。


空はまだ、何も変わらない。

ただ、そこにいるだけだった。


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